贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第6.5話「祖母の絵」

漆:過去は思い出に

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「うわぁぁっ!」
 豹変した祖母の姿に、陽斗と、記憶の中の陽斗が同時に叫んだ。
 見れば、陽斗の手をつかんでいる祖母の手も無数の蛾が集まって形成されている。蛾の1匹1匹がモゾモゾと蠢き、目玉のような模様を一斉に陽斗へ向けていた。
「嫌だ、離して! 僕、食べても美味しくないよ!」
「そうだよ! 僕よりも美味しいもの、いっぱいあるって!」
 記憶の中の陽斗は祖母の手から逃れようと、もがく。
 陽斗も過去の自分の言葉に同意し、心の中で頷いた。
 しかし祖母に似た何かは陽斗の手を引くのをやめず、老人とは思えない怪力をもって、彼を洞窟の奥へ引っ張っていった。骨張った祖母の指が幼い陽斗の細く柔らかな手首に食い込み、記憶の中の陽斗が「痛っ」と悲鳴を上げた。
「お、おばあちゃん、助けて! 僕、食べられちゃう!」
 記憶の中の陽斗は目の前の祖母が偽物だと分かっているらしく、何処かにいるはずの本物の祖母に助けを求めた。
 しかし周囲には祖母どころか、人の気配すらなく、虫や鳥の鳴き声だけが騒々しくこだましていた。陽斗の助けを求める声は、洞窟中で虚しく響いていった。
「だ……大丈夫だよね? このまま死んだりなんかしないよね?」
 現在の自分が生きていると分かっていながらも、陽斗は身の危険を感じていた。
 陽斗は今目の前で起こっている出来事を覚えていなかった。偽物の祖母に連れ去られるなどという衝撃的な出来事をなぜ全く覚えていないのか不思議だが、覚えていない以上、この先何が起きるのか全く予測がつかなかった。
「い、一旦起きよう! それで、五代さんに原因を聞けば……!」
 陽斗はなんとか夢から脱出しようと、昨夜五代にやってもらったように自分の頬をつねろうとした。だが、どんなに力を込めても腕は全く上がらず、鉛のように重かった。
 その間にも偽物の祖母は陽斗の手を引き、洞窟の奥へ奥へと引っ張っていく。その先には巨大な何かが潜み、闇の中で瞳を爛々らんらんと輝かせていた。
「ギャーッ! 蒼劔君、助けてー!」
 陽斗は恐怖のあまり、来るはずのない蒼劔に助けを求めた。
 するとその直後、陽斗の手を引いていた偽物の祖母の体が青い光の線によって真っ二つに断ち切られた。
「あっ……」
 偽物の祖母は青い光の粒子となって、消えていく。何匹かの蛾が祖母の体から飛び立とうとしたが、いずれも青い光の線によって切られ、同様に粒子に変わっていった。手を形成していた蛾が消滅し、祖母の偽物が持っていた懐中電灯が音を立てて地面に落下する。
 陽斗は祖母が偽物だと分かっていながらも、その姿が消えていくのを見て、悲しくなった。
「ウォォォ……!」
 今度は洞窟の奥から唸り声がした。記憶の中の陽斗が目をやると、闇の中で巨大な何かが青い光の粒子を発しながら、もがいていた。先程爛々と輝いていた瞳に、青い光を帯びた一振りの刀が突き立っていた。
「あれは、蒼劔君の刀……!」
 見覚えのある刀を目にし、陽斗は歓喜する。何処かにいるはずの蒼劔の姿を探したい衝動に駆られたが、体が動かせず、やきもちした。
「大丈夫か?」
 その時、背後から声をかけられた。記憶の中の陽斗が振り返り、声の主を見上げる。
 そこには陽斗が待ちわびていた蒼劔が立っていた。祖母の偽物が持っていた懐中電灯が地面に転がり、彼の顔を薄っすら明るく照らしている。
 蒼劔は哀れむような眼差しで陽斗を見下ろしていた。
「蒼劔君! 来てくれたんだね!」
「うわぁぁん!」
 陽斗は、蒼劔が助けに来てくれたことを心の底から喜んだ。
 記憶の中の陽斗も蒼劔を見て安堵したらしく、泣きじゃくりながら蒼劔のもとへ駆け寄り、足に抱きついた。どういうわけか、蒼劔の姿は透けておらず、記憶の中の陽斗も彼を認識できていた。
「よ、よしよし……もう大丈夫だぞ」
 蒼劔は陽斗に抱きつかれて驚いているらしく、慣れない手つきで陽斗の頭をなでた。蒼劔の手は冷たく、大きかった。
「ち、違うんだよ、蒼劔君! これは僕の意思じゃないんだ! 体が勝手に動いちゃうんだよ!」
 さすがの陽斗も、高校生にもなって泣きじゃくりながら抱きつくのは恥ずかしかったらしく、必死に蒼劔に言い訳する。
 しかし蒼劔は陽斗の言葉を無視し、「家は何処にあるんだ?」と一方的に尋ねてきた。
「何言ってるの? 節木荘に決まってるじゃん。蒼劔君も一緒に住んでるでしょ?」
 陽斗は何故蒼劔がそんなことを尋ねるのか分からず、聞き返す。記憶の中の陽斗も蒼劔の声が聞こえるのか、山の麓を指差し「このお山の下」と答えた。
 すると蒼劔は「この山の麓だな」と、記憶の中の陽斗の言葉のみを聞き、頷いた。そのまま陽斗を抱き上げ、山を下っていく。
「ど、どうしたの、蒼劔君?! 僕が勝手に寝ちゃったから、怒ってるの?」
 陽斗は何故蒼劔が自分には答えてくれないのか分からず、困惑する。
 それでも蒼劔は陽斗に答えてくれない。陽斗を無視しているというよりも、そもそも彼の声が聞こえていない様子だった。
 その直後、世界が一瞬で青い光の粒子となり、砂のように崩れ落ちた。洞窟が、森が、蒼劔が……全てが青い光の粒子となって消滅し、やがて目の前が真っ暗になる。
「蒼劔君?! 何処に行っちゃったの?! ねぇ!」
 陽斗は消えた蒼劔に向かって、必死に呼びかけた。
 しかし蒼劔は何処にもおらず、陽斗の声だけが闇に虚しく吸い込まれていった。

         ・

「ハッ!」
 陽斗は蒼劔へ呼びかけた拍子に、目を覚ました。部屋の電灯が点いており、眩しかった。
「陽斗、無事か?!」
「そんな大袈裟になることないだろ」
 陽斗が目を覚ましたのに気づき、蒼劔と黒縄が顔を覗き込んでくる。蒼劔が心配そうに陽斗の様子を窺っているのに対し、黒縄は面倒そうに眉をひそめていた。
「ご、ごめん、蒼劔君! 僕、どうしてもまたおばあちゃんに会いたくて、つい」
 陽斗は慌てて起き上がり、謝る。
 何か斬ったのか、蒼劔は刀を畳へ突き立ていた。まだ斬って間もないらしく、切っ先からは青い光の粒子が立ち昇っていた。
「つい、じゃねェ! 蒼劔コイツが心配症で、10分置きにテメェの様子を見に来ていたから気づけたものを……!」
「ほ、ほんとにごめん……」
「黒縄、過ぎたことだ。そのへんにしておけ」
 黒縄はまだまだ怒り足りないようだったが、蒼劔に咎められ、渋々怒りを抑えた。
「にしても、テメェの夢の羽根に吸命蛾が取り憑いていたとはな。どうりで、アパート中を探しても見つからねェはずだ」
「僕の?」
 陽斗は夢の羽根を確認しようと、枕を退けた。
 だが、そこにあるはずの夢の羽根がなかった。布団の下にも、服の中にも紛れていない。
「あれっ?! 無い! 何で?!」
「俺が消した」
「消した?!」
 慌てふためく陽斗に、蒼劔は刀を左手に戻し、言った。
「い、いつの間に?!」
「お前が眠っている間に抜き取って、消しておいた。どうやら一度夢に落ちると、抜き取っても夢を見続けるらしい……抜き取った後も、かなりうなされていたぞ」
「おそらく、吸命蛾が取り憑いたせいで、夢の羽根に本来内蔵されていた記憶が書き換えられちまったんだ。あるいは、吸命蛾がテメェを夢の中で殺して、霊力を奪おうとしてたんだろうな」
「……そうかも」
 陽斗は先程見た夢を思い返し、頷いた。
 蛾に変じた祖母、いるはずのない蒼劔、青い粒子となって消滅した世界……全ては、吸命蛾と蒼劔の妖力が夢の羽根に触れたことで生み出された、幻だったのだ。
(そりゃ、そうだよね。ほんとにあんなことがあったら、忘れるわけないもんね。蒼劔君と会ったのだって、最近だし)
 陽斗は幻だったことに安堵し、胸を撫で下ろした。
「夢の羽根がなくなっちゃったのは残念だけど、記憶が書き換わってたら意味ないもんね」
「すまんな。憑依した状態では、俺の刀で斬るしか方法がなかったんだ。必要なら、また五代に作らせればいい」
 その時、隣の部屋から「ひっ!」と五代の悲鳴が聞こえた。ようやく目を覚ましたらしい。
 声を聞いた蒼劔と黒縄は、五代の部屋がある方の壁を忌々しそうに睨んだ。
「五代め……今頃起きたのか」
「肝心な時に限って使えねェな。朱羅も俺の命令を聞かずに、吸命蛾の殺虫剤を探しに沖縄まで行っちまうし」
「朱羅さん、沖縄行ってたんだ……どうりで部屋にいないと思った」
 ふと、陽斗は蒼劔と黒縄と話すうちに、祖母への未練が薄れていくのを感じた。
 祖母の存在を忘れるわけではないが、今は祖母との思い出を振り返るよりも、蒼劔達と過ごすこの瞬間を記憶に留めておきたいと思った。
「ねぇ、黒縄君も朱羅さんと一緒に文化祭においでよ。オカ研のお化け屋敷、面白いよ」
 陽斗は黒縄を文化祭に誘った。
 蒼劔は「本気か?」と驚いていたが、陽斗は本気で五代にも文化祭を楽しんで欲しいと考えていた。
「はァ? 行くわけねェだろ。人間の遊戯なんざ、興味ねェよ。つーか、鬼にお化け屋敷を勧めんな!」
「もしかして黒縄君、お化け屋敷が怖いの? 大丈夫! 2人までなら同時に入れるから、朱羅さんと一緒に回れるよ!」
「そういう意味じゃねぇ!」
「安心しろ、陽斗。黒縄はなんだかんだ暇だから、何も言わずとも勝手に来るぞ」
「誰が暇人だ、ゴラァ! 絶対行かねェからな!」
 と言っていたものの、結局「言うことを聞かなかった朱羅への罰ゲーム」という名目で、黒縄と朱羅も節木高校の文化祭に行くことになったのだった。

(第6.5話「祖母の絵」終わり)
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