贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第8話「文化祭(2日目朝)」

壱:黒縄と朱羅(深夜)

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「目白氏の正体……それは、節木高校で理科教師をしている、不知火氏だったのです! ババーン!」
 数時間前、黒縄と朱羅は五代から不知火の正体を聞いた。
 不知火の顔写真を見た黒縄は文化祭で彼とすれ違った思い出し、「アイツか」と舌打ちする。
「なら、まだ学校にいるはずだな?! 五代、クソガキと蒼劔が戻ってきたら、部屋に閉じ込めとけ! さっさと済むだろうが、一応朝まで足止めしとけよ。行くぞ、朱羅!」
「は、はい!」
 黒縄は朱羅を連れ、再度学校へと戻っていった。
 背後で五代がぶどう飴を咥え、「モガモガ」言っていることに気づかないまま……。

        ・

 2人が学校にたどり着いた頃には、文化祭は終わっていた。生徒や一般客の姿はなく、閑散としている。
 校内には見回りの教師が数人いるだけで、例の不知火の姿も見当たらなかった。
「クソッ、入れ違いになったか?」
「五代殿に目白の現在地を聞いてみます」
 朱羅はスマホで五代に連絡を取った。
『……なんじゃらほい?』
 五代は小声で応答した。入れ違いに節木荘に戻ってきた陽斗と蒼劔に聞かれないためだろう。
 朱羅もそれを察し、小声で尋ねた。
「あの、目白は今どこにいますか? 学校にはいないようなのですが」
『んーっとねぇ』
 五代は正直に「今」、不知火がどこにいるのか答えた。
『北海道だね』
「北海道……」
 朱羅は車がオホーツク海に突っ込んで行こうとしていたトラウマを思い出し、青ざめた。どこからか潮の香りが漂ってきている気がした。
 横で聞いていた黒縄も「北海道だァ?!」と声を荒げる。
「ンなわけねェだろ?! いくら目白とはいえ、そんな一瞬で北海道まで逃げられるわけが……」
『でもぉ、オイラのレーダーわ、目白はそこにいるって感知してるんだよぉ? そりゃぁ、今まで何のレーダーにも引っかからなかった目白がこぉんなベストタイミングで引っかかるなんてあり得ないけどぉ、行ってみる価値はあるんでない?』
「……仕方ねェな」
 黒縄は忌々しそうに顔をしかめ、車に乗り込んだ。
 慌てて朱羅も運転席へと乗り込む。
「行くのですか?」
「あぁ。仮に偽物だったとしても、霊力をたどってヤツの本当の居場所を知ることは出来る。ただ、本当にヤツならそんなヘマはしねェだろうがな」
「……承知致しました」
 朱羅は主人の意思を確認し、車を北へ向けた。

        ・

 黒縄の車には術がかかっており、通常の車よりもスピードが速く出る上、異形のように物体をすり抜けることが出来る。
 つまり、前方を走っている車や建物を無視して一直線に走ることが出来るため、通常なら何時間もかかる道のりを、1時間で駆け抜け、目的の北海道までたどり着いた。
「……そんな格好で寒くないか?」
「……」
 不知火は文化祭の時と同じ格好のまま、オホーツク海を眺めていた。秋とはいえ、北海道は寒く、彼の格好はこの場の気候に合っていなかった。
 黒縄と朱羅は防寒着をきちんと着込み、不知火と対峙した。黒縄は黒い毛糸の帽子に黒い耳当て、黒いコート、黒いネックウォーマー、黒いスノーブーツ、という真っ黒尽くし、朱羅はワインレッドのロングコートに赤と黒のタータンチェックのマフラー、ワインレッドの革の手袋というシックなスタイルだった。いずれも妖力で作り出した物で、黒縄は朱羅の格好を一目見て「スカしてンじゃねェよ」と膝裏を蹴りつけていた。
 不知火は黒縄と朱羅に気づき、振り返る。その覇気のない真っ黒な瞳を見て、朱羅は訝しげに眉をひそめた。
(……この方、本当にあの目白なのでしょうか? 殺意が感じられないというか、のように見えるというか……)
 一方、黒縄は目白を眼前にして、興奮していた。目白に違和感を持つ余裕などなく、彼を睨みつける。
「お前、目白なんだろう? 死にたくなければ、俺の質問に答えろ」
「……」
 すると不知火は突然走り出した。そのまま逃げ出そうとする。
「あっ! オイ、待て!」
 黒縄は咄嗟に鎖を放ち、目白を捕らえた。
 直後、目白の体が、無数の黒い札と化した。
「はァ?!」
「なんと?!」
 黒縄も朱羅も驚き、目を丸くする。
 その間に札達はバラバラに散っていき、姿をくらました。
「あっ、ちょっ、オイ!」
「ま、待って下さいぃー!」
 2人は目についた札の群れをそれぞれ追いかけていった。

        ・

 朱羅が追いかけて行った札の群れが止まったのは、閑散とした公園だった。無我夢中で追いかけたので、まだ北海道にいるのか、東北へと渡ったのかは定かではなかった。
 札の群れはイワシの群れのようにぐるぐると回遊し、空中に球体を作っていたが、朱羅が追いついたタイミングで形を成し、人型へと変わっていった。
 やがて目の前に作り出された人間を見て、朱羅は青ざめた。
「黒縄様……?!」
 現れたのは、黒縄その人だった。
 先程と同じ防寒着姿で地上へ降り立ち、クスクスと笑っている。
「シュラ、オレを殺せるカ?」
 札で作られた黒縄は片言で朱羅に尋ね、袖から鎖を放った。
 朱羅は背中に背負っていた金棒を握り、鎖を叩き壊す。鎖はいともたやすく砕け、散り散りの破片と化した。
「……当然です。貴方は、私の主人ではありませんから」
 そう黒縄を睨みつける朱羅の目は、闇の中で金色に輝いていた。

       ・

 偽物の黒縄を倒した後、朱羅は新たに黒縄を見つけた。ひと気のない通りを、注意深く歩いている。先程の黒縄と同じように防寒着を着ていた。
(あの黒縄様は本物でしょうか? それとも……)
 朱羅は建物の陰に身を隠し、様子をうかがった。
 先程は札が変化する様子を目の前で見ていたため、黒縄が偽物だとハッキリ分かった。
 だが、あの黒縄はどちらなのか分からない。喋らせればすぐに偽物だと確信出来るが、それでは手間取ってしまう。
(何かないでしょうか? 本物の黒縄様にあって、偽物の黒縄様にない物は……)
 その時、朱羅のスマホが鳴った。黒縄からだった。
「あっ、スマホ!」
 朱羅は本物の黒縄しか持っていない物に気づき、思わず声を上げた。
 直後、通りを歩いていた黒縄がぐるっと首を回転させ、朱羅を捕捉した。
「ひっ?!」
 そのあまりにホラーな動きに、朱羅は悲鳴を上げ、逃げ出した。
 偽物の黒縄は無表情で後を追い、鎖を放ってくる。
「ひぇぇっ! 黒縄様ぁー!」
 朱羅は藁にもすがる想いで黒縄からの着信に応じ、助けを求めた。
 電話の向こうの黒縄は詳しくは語らず、
『今すぐ建物の屋上に上がれ』
と指示した。
「承知致しましたぁー!」
 朱羅はその場から跳躍し、近くに建っていたビルの壁へと着地する。そのまま重力に逆らい、壁を登って屋上まで到達した。
 偽物の黒縄は鎖を壁に向かって放ったが、思うように引っかからず、苦戦していた。
「黒縄様、着きました!」
『おっしゃぁッ、行くぜ!』
 電話から聞こえる声とは別に、離れたところからも黒縄の声が聞こえた。
 そちらを見ると、黒縄も朱羅と同様にビルの屋上に立っていた。
「黒縄様ー!」
『動くなよ、朱羅!』
 朱羅が呼びかけると、黒縄はこちらを振り返って忠告した。
 直後、空から大量の鎖の破片が降ってきた。破片は黒縄と朱羅がいるビルの屋上だけを避け、街全体に降り注ぐ。
 破片は地上にいた偽物達に当たるとそのまま貫通し、構成していた札達をバラバラに砕いた。バラバラになった札もまた別の鎖の破片によって幾度も射抜かれ、原型がなくなっていく。
 異変を察した偽物や札は建物の中へと避難したが、鎖の破片は地面で跳ね返り、偽物や札がいる屋内へも飛んで行った。
「あわわわ……」
 朱羅はどうすることも出来ず、ただただ屋上で震える。
 その近くで、黒縄は鎖が偽物と札を破壊していく様を冷たく見下ろしていた。偽物の中には朱羅や蒼劔、陽斗の姿もあったが、いずれも鎖に射抜かれ、消えていった。
「目白……お前だけは絶対に許さない。必ず尻尾をつかんでやる」
 全ての偽物と札を消し去った頃には、日付が変わり、朝が近づいてこようとしていた。
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