贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第1話「映える心霊スポット」

漆:陽斗と霊力

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「……俺が聞きたいくらいだ」
 途端に、蒼劔は渋い顔をした。蒼劔にも何故、人間であるはずの陽斗に異形が見えているのか、分からなかった。
「お前は異常なまでに強い霊力を持っている。素養のある術者が何年も修行し、ようやく会得するほどのな」
「いやぁ、それほどでもー。ところで術者って何?」
「霊力を自在に操り、術と呼ばれる特殊な能力を使って、異形から人間を守っている連中のことだ。奴らは、人でありながら異形を認識出来る。術者の家系ならば、先天的に霊力が強くともおかしくないが……お前、名前は?」
「陽斗だよ。贄原陽斗」
「にえはら?」
 陽斗の名字を聞き、蒼劔は眉をしかめた。
「何処かで聞いたことがあるような、無いような……」
「珍しい名字でしょ? 僕、同じ名字の人と会ったことないんだー」
 陽斗はそう言ったが、蒼劔には心当たりがあるのか、暫く考えていた。
 しかしいくら思い出そうとしても思い出せず、「まぁいい」と諦めた。
「少なくとも、俺が知っている術者の中に"贄原"はいない。お前が異形を見えるようになったのは、後天的なものだろうな」
「そりゃそうだよ。うちは代々、農家だもん。妖怪を見たのだって、今日が初めてだったし」
 嘘である。陽斗が異形だと気づいていなかっただけで、今まで散々彼らを見てきた。初めてどころか、毎日のように見ていた。
 蒼劔も直感的に陽斗を疑い、「本当か?」と念押しして確認した。
「強い霊力を持つ人間の周囲には、異形が寄りつきやすい。今まで何の影響も無かったとは思えないな……妙な生き物に話しかけられたとか、妙な事件や事故に巻き込まれたことなどはなかったか?」
「だから無いってば! 事件どころか、交通事故だって滅多に起こらないような田舎に住んでたんだよ? 変な事件が起きてたら、絶対に覚えてるはずだって! 節木市に引っ越してからも、特に変わったことはなかったし!」
 陽斗は勘違いされたくない一心で主張した。
 頑なに否定する彼に、蒼劔も「ならいいんだが」と、それ以上追求するのを諦めた。
(どうせ、自宅へ送り届けたらそれまでの仲だ。肩入れする必要はあるまい)
 代わりに、今後どう過ごせば安全かアドバイスした。
「強い霊力を持っている以上、今日あったようなことは、今後も必ず起こる。とりあえず、妙な連中には近づくな。ひと気のない路地や廃墟は異形が潜んでいる可能性が高いから、避けて通れ。特に、夜は危険だ。人の目には見えぬ夜闇に紛れ、襲撃の機会を窺っているからな」
「そーけん君も鬼なんでしょ? 他の異形さんみたいに、人を襲うの?」
 瞬間、蒼劔の顔から表情が消えた。
「……だったら、どうする?」
「え?」
 交差点の信号が赤に変わり、蒼劔は静かに車を止める。信号の赤い光が、運転席の蒼劔を不気味に照らした。
 近くに民家やコンビニは無く、交差点で止まっている車は陽斗達を乗せた車以外にない。今襲われれば、助けを求めるどころか、ここにいたことさえ知られないまま、この世からおさらばするだろう。
「……冗談だよね?」
 陽斗が恐る恐ると尋ねると、蒼劔は真顔で振り返り、答えた。
「あぁ。冗談だ」
「だ、だよねー!」
 冗談だと分かり、陽斗はほっと息を吐いた。命の恩人である蒼劔を疑っていたわけではないが、完全に信用出来るほど付き合いが深くもなかった。
 やがて信号が青に変わると、蒼劔は前に向き直り、再び車を走らせた。
「俺は体内で妖力が無尽蔵に発生する特異体質だから、妖力も霊力も摂取する必要がない。先程、手から刀を出していたのを見ただろう? あれは俺の妖力を固めて作ったものだ。あのように妖力で作った武器を使い捨てに出来るのは、この体質だからこそ成せる芸当というわけだ」
「良かったー……そーけん君は強いから、僕じゃ全然相手にならないよ」
「むしろ、他者に悪影響を及ぼしている異形から人間を守っているくらいだ。俺の妖力は、他の異形の妖力を浄化させる性質を持っているからな。それに、もしお前を襲うつもりなら、とっくに襲っている。こうしてわざわざアパートまで送るなど、効率が悪い」
「他の鬼さんも、そーけん君みたいな鬼さんだったらいいのにね」
「……そうだな」
 蒼劔は陽斗を拐った二人の鬼を思い浮かべ、顔を曇らせた。
「大半の鬼は平気で人間を騙し、霊力を奪おうとする奴ばかりだ。お前を拐った黒縄という鬼も、その一人だ。妖怪に人間の霊力を食わせて育て、溜まった妖力を一気に吸収することで、精神エネルギーを保っている。工場でお前を捕まえようとしてきた朱羅という赤髪の大男も鬼で、黒縄の従者だ」
「でもあの人、おでこにツノがなかったよね? 本当に鬼なの?」
「妖力を調整すれば、簡単にツノを隠せる。人間社会に紛れて生活している鬼は、周囲に鬼だとバレないよう隠していることが多いな。俺は滅多に人前で姿を現すことはないから、ツノを隠すことはほぼないが」
「じゃあ、しゅらさんとも何処かで会ってたのかもしれないね!」
「……会っていたどころか、お前を気絶させたのは朱羅だ」
 蒼劔はその現場に立ち会っていたことを伏せ、暴露した。
 案の定、陽斗は「えぇ?!」と声を上げ、驚愕した。
「いつ?! 何処で?! あんなにおっきかったのに、全然気づかなかったんだけど!」
「あいつは人間を思いやれる、鬼には珍しい温厚な男なんだが、仕えている主人である黒縄には頭が上がらなくてな……奴の命令であれば、本意でなくとも必ず達成させる。どんなに無茶な依頼でもな」
「こくじょーさんって、悪い鬼さんなんでしょ? 何でしゅらさんは、そんな鬼さんの言うことを聞くんだろうね?」
「本人は"拾ってもらった恩がある"と言っていた。だが、己の信念を曲げてまで返すほどの恩を、あの黒縄が何の見返りもなく与えたとは思えない。あいつは昔から、悪虐の限りを尽くしていたからな」
 蒼劔は今とは全く異なる、かつての黒縄の姿を思い浮かべ、顔をしかめた。
「種族問わず他者の金品を奪い、会うたびに喧嘩を吹っかけてくる鬱陶しい奴だった……今ほど横暴で、姑息な手段を使いはしなかったが。もし、見知らぬ整った顔立ちをした黒髪の少年に声をかけられても、絶対について行くな。そいつが黒縄かもしれない」
「え? こくじょーさんって、子供なの?」
 陽斗は意外そうに声を上げた。朱羅の主人と聞いていたため、てっきり彼と同じか、それよ年上の姿をしているとばかり思っていた。
 蒼劔は陽斗が言わんとしていることを察し、首を振った。
「子供の姿をしているだけで、実際は子供じゃない。俺の倍は生きているジジイだ」
「ってことは……千歳?! すっごいおじいちゃんじゃん! もしかして、しゅらさんもああ見えて、おじいさんなの?」
「いや? 朱羅は三百歳くらいだったはずだ。結構若いだろう?」
「三百歳って、若いの……? というか、しゅらさんってそーけん君より年下だったんだね」
「鬼は見た目と実年齢が異なっている奴が多いからな。死んだ時の年齢のまま、歳を取らないし。中には、見た目を自由に変えられる鬼もいるし」
「なんか……ややこしいね」
 陽斗は鬼の話を聞いているうちに、何が信じられて何が信じられないのか分からなくなってきた。
 今は味方でいてくれている蒼劔でさえ、いつ裏切るとも限らなかった。
「知っていけば、いずれ慣れるさ。異形について、他に聞いておきたいことはないか?」
「あるよ! さっきからずっと気になってたこと!」
 陽斗は元気よく挙手し、質問した。
「そーけん君って、どういう漢字の名前なの? あと、こくじょー君としゅらさんの名前も気になるかな!」
「……いいのか? もっと話しておくべきことがありそうだが」
「だって気になるんだもん。そーめん君って言い間違えそうになるし」
「それは嫌だな」
 陽斗は自宅に着くまでの間、蒼劔から懇切丁寧に名前の漢字を指導された。
 特に蒼劔の「劔」の漢字は説明するのが困難で、理解する頃には陽斗の自宅があるアパートに到着していた。
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