贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10話「ブラック・クリスマス」

捌:ケーキ屋、クリスマス繁忙期

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 日が落ちた名曽野市は、昼間以上の賑わいを見せていた。
 仕事終わりの会社員やら五代の嫌いなリア充やらが浮き足立った様子で、街を行き交っている。サンタからプレゼントをもらえなくなった年齢になっても、クリスマスイブというだけでテンションが上がっているらしい。
「ケーキを……どなたかケーキを買ってくれませんか……? ショートケーキとチョコレートケーキがありますよ……。小さめのホールケーキなんで、一人でもペロッと食べられちゃいますよ……」
 幸せに包まれた街の一角で、陽斗はマッチ売りの少女よろしく、寒さに震えながらケーキを売っていた。サンタの衣装を身に纏い、ワゴンいっぱいに用意されたケーキを店先で売っている。
 陽斗がいくら呼びかけても、通行人達は彼の姿が見えていないかのように無視し、目の前を通り過ぎていく。予約していたケーキを店まで取りに訪れた客も、ワゴンのケーキには見向きもしない。中にはチラッとワゴンへ視線をやる者もいたが、決して安くない値段を見て、立ち止まるまでには至らなかった。
 おかげでワゴンに大量の箱入りホールケーキが山のように積まれたまま、バイトを始めて六時間以上が経とうとしていた。
「……全く売れんな」
 蒼劔はケーキ屋の屋根に腰掛け、退屈そうに見下ろす。ワゴンで売られているケーキには小豆が入っていないため、興味を示さなかった。
「暇なら、蒼劔君も呼び込むの手伝ってよ! このままじゃ、年を越せないよ?! 僕が!」
「それは困る」
 陽斗に頼まれ、蒼劔は渋々屋根から降りる。
 そして要望通り、陽斗の隣に立って呼び込み……するのではなく、陽斗に向かって猛スピードで飛んできたミサイル型の魚の妖怪を素手で捕まえ、脅した。
「ケーキを買え。買わないなら殺す」
ギョッ?!」
 魚の妖怪は驚き、目を剥く。
 いとも容易く捕まったことに驚いているのか、捕まって早々ケーキを買うよう脅されていることに驚いているのか、判別がつかなかった。
「さすがに妖怪さんはお金持ってないんじゃ……」
「オェッ」
「持ってた?!」
 陽斗の予想とは裏腹に、魚の妖怪は尖った口からケーキの代金分の硬貨を吐き出した。
 それを蒼劔は空中でつかみ、何食わぬ顔で陽斗に差し出した。
「ほら」
「あ、ありがとう……」
 陽斗は恐る恐る両手で硬貨を受け取る。硬貨は濡れてはいなかったが、妙にひんやりとしていて、磯臭かった。
「ショートケーキとチョコレートケーキ、どっちがいいかな?」
「ショートケーキでいいんじゃないか? チョコより売れ残っているし」
「じゃあ、はい」
 陽斗は代金を仕舞い、ワゴンに積まれていた箱入りのホールショートケーキをひと箱、魚の妖怪に差し出した。
 箱には取っ手がついていたが、
ギョギョ……(訳:やれやれ、とんだ面倒な人間に関わっちまったぜ)」
 魚の妖怪は取っ手を無視し、尖った口先で中のケーキごと箱を貫いた。
 その状態のまま口先を上へ向け、陽斗に襲いかかった時のように、一瞬で飛び去っていった。
「この調子でお前に引き寄せられてきた異形にケーキを売りつけてれば、全てのケーキをさばける。どうせ、店にいる店員も通行人もまともにお前を見ちゃいない……バレはしないだろう」
「うーん。ちゃんとお金はもらってるのに、なんだか騙してる気分」
「では、お前が残りのケーキを全て買い取るか?」
「それは嫌だ!」

      ・

 陽斗は売れ残りのケーキを買い取りたくない一心で、襲ってきた異形達にケーキを売りつけた。
 最初は罪悪感を抱いていたものの、売っているうちに
「妖怪さんにもケーキの美味しさを伝えてると思えば、いいのかも!」
 と気づいてからは笑顔すら浮かべ、積極的にケーキを売りつけるようになっていった。
「ケーキ、買ってくれませんか? 買ってくれますよね? だって今日はクリスマスイブですからね! ケーキ以外に買う物なんてないですよね?!」
 ワゴンのケーキが減っていくにつれ、陽斗をスルーしていた人間の客も購買意欲に駆られ、ケーキを求めにやって来た。いつしかワゴンの前には列ができ、異形に押し売りせずともケーキが売れるようになっていた。
 しかし陽斗には人間と異形の区別がつかないため、
「なんか、人型のお客さんばっかり来るなー」
 としか思っていなかった。
 ケーキが着々と減っていき、バイト終了の一時間前には、残りの二つとなった。
「あと二つかー。もうすぐ全部売り切れちゃうね」
「あぁ。だが、人も少なくなったな」
 蒼劔の言葉通り、ケーキ屋の周辺からは明らかに人が減っていた。
 異形も押し売りされた他の異形を見て学習したのか、周辺をうろついているだけで、襲って来ようとはしない。
「みんなどこ行ったんだろう?」
「きっと、駅中のイルミネーションを見に行ったのよ」
 そこへ鬼の姿に戻った暗梨が妖力を使い、不知火と共に陽斗と蒼劔の目の前に転移してきた。手ぶらの暗梨に対し、不知火は彼女が購入したゴスロリブランドのものと思われる大量の荷物を両手に抱えていた。
 幸い、周囲に陽斗以外の人間はいなかったため、突然現れた不知火に驚く者はいなかった。暗梨ははなから鬼であるため、常人には見えていない。
「日付が変わってクリスマスになった瞬間に、特別な演出がされるらしいの。それを見たカップルは、永遠に結ばれるそうよ。ま、今の私には関係ないけど」
 暗梨は嫌味ったらしく呟き、あからさまに蒼劔へ憎悪の眼差しを向ける。
 彼女にとって蒼劔は、最愛の鬼を殺した怨敵の一人だった。不知火に大量の荷物を持たせているのも、復讐のつもりなのかもしれない。
「じゃあ、もし成田君と神服部さんがまだイルミネーションを見てたら、ほどきに行ってあげないとね」
「言っておくけど、物理的に結ばれるわけじゃないわよ?」
 暗梨は陽斗に呆れ、冷めた視線を送る。
 陽斗も紺太郎を殺した怨敵の一人のはずだが、「こいつには何も出来ない」とみなされているのか、全く危険視されていなかった。
「で? ここで何をしているの?」
「ケーキを売ってるんだよ。あと二つでノルマを達成出来るんだー。暗梨さんも買ってくれない? 割高だけど、美味しいよ」
「ケーキ……」
 暗梨はワゴンのホールケーキを物欲しそうに見つめる。
 彼女は彼岸華村にいた時はもちろん、外に出てからも、ケーキを一度も口にしたことはなかった。節木荘でのクリスマスパーティで出されたケーキは朱羅のお手製で、市販品ではなかった。
 暗梨はジッとホールケーキが入った箱を凝視すると、「これ、買うわ」と指差した。
「不知火、お会計しといて」
「はいはい」
「あ、ありがとう! 暗梨さん!」
 陽斗は嬉しそうに暗梨に礼を言い、不知火から代金を受け取った。
「勘違いしないでよね。私がケーキを食べたかっただけなんだから」
「それでもありがたいよ! 一つ買い取るのと二つ買い取るのとじゃ、全然額が違うからね! これでなんとか、今年も年を越せそう!」
「あっそ。せいぜい残りの一個も売れるよう、頑張んなさい」
 暗梨は陽斗からホールケーキの入った箱を受け取ると、箱の中から一切れのケーキを手中へ転移させた。それをスナック菓子感覚で口へ運びつつ、駅に向かって去っていった。
「そうそう、さっき岡本君をこっちで見かけたよ。節木市にはお目当ての品が無かったらしい。最後の一箱は彼女に売りつけてみてはどうかな?」
 不知火も岡本の近況を陽斗に伝えると、暗梨の後をついて行った。
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