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夏編②『梅雨空しとしと、ラムネ色』
第三話「映画館雨宿り」⑵
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「ようこそ、映画館〈雨宿り〉へ」
由良が入口の前で突っ立っていると、階段の先にある扉から燕尾服の紳士が現れた。姿勢のいい初老の男性で、撫でつけた黒髪のところどころに白いものが見える。
紳士はゆっくりと階段を降り、由良の前にたどり着くと、優雅に礼をした。
「私は支配人の軒崎と申します。当館はただいま、『ジューンブライド〈ビー玉の約束〉』を上映中です。ご覧になられますか?」
「……えぇ、ぜひ」
由良は頷いた。知らないタイトルの映画だったが、雨が収まるまでの暇つぶしになるなら、何でも良かった。
それに、これだけ建物に贅を尽くしている映画館がどのような映画を上映しているのか、興味もあった。
「では、チケットをどうぞ。料金は二百五十円になります」
「二百五十円? 安過ぎませんか?」
「通常料金は千円なのですが、残り上映時間が全体の四分の一ですので、お値段もそのように。十五分ほどの短い時間ではありますが、楽しんでいって下さいね」
支配人は由良から代金を受け取ると、ポケットからチケットを取り出した。空色の厚紙で出来たチケットで、映画のタイトルとラムネのイラストが白いインクで箔押しされていた。
支配人はラムネの絵に被らないよう、慎重にハンコをチケットへ押し、由良に渡した。雨の中に建つ、映画館〈雨宿り〉と思しきレトロな建物が描かれたハンコで、金色のインクが空色の紙に映えている。まるで、ハンコもチケットのデザインの一部のようだった。
「へぇ……素敵なチケットですね」
ペラペラの紙に文字が印刷されているだけのチケットしか知らない由良にとって、映画館〈雨宿り〉のチケットは衝撃的だった。宝物を扱うような手つきで、両手でチケットを受け取ると、思わず感嘆の声を漏らした。
支配人は由良の反応に気を良くしたのか、穏やかに微笑んで言った。
「お気に召したのでしたら、ぜひお持ち帰りになって下さい。本日の思い出になれば、幸いでございます」
「ありがとうございます」
由良はチケットを折り曲げないよう、大切に鞄の中へ仕舞った。
由良は支配人と共に階段を上り、劇場の扉の前に立った。
「この先、下り階段となっております。お足元にお気をつけ下さい」
支配人は扉を開き、由良を劇場内へ誘導する。中は薄暗く、スクリーンだけがぼうっと浮かんで見えた。
由良は「ありがとうございます」と支配人に会釈し、劇場へと足を踏み入れた。背後で扉がゆっくりと、音もなく閉まる。支配人は他に仕事があるのか、劇場には入って来なかった。
客席は大学の教室のように扇型で、前の席へ行くほど高さが低くなっていた。おかげでどの席からでもスクリーンが見やすくなっている。暗いため、ホールのように華美な造りになっているかどうかは分からなかった。
客はチラホラおり、皆途中で入ってきた由良には目もくれず、夢中になって映画を鑑賞していた。
(そんなに面白い映画なの?)
由良は一層興味を惹かれ、手近な椅子に座った。映画館のものとは思えないほどふかふかで、座り心地が良かった。
物語は終盤で、スクリーンにはウェディングドレスが纏った女性が教会の祭壇の前に立っている姿が映し出されていた。
女性はこちらに背を向けて立っているため、顔は見えない。細身で、背の高い女性だった。
カメラは徐々に女性から引いていく。教会には彼女の他に誰もおらず、新郎や神父すらもいない。女性は無人の教会にただ一人、取り残されているらしかった。
『結婚式当日。いくら式場で待っていても、彼は現れませんでした』
ウェディングドレスの女性のものと思われる声が、劇場内に響き渡る。
十代後半くらいの、若い女性の声だった。由良はその声を何処かで耳にしたことがあるような気がして、眉をひそめた。
『彼が私を騙していたのだと知ったのは、式を取りやめて帰宅し、部屋の惨状を目の当たりにした瞬間でした。彼は私の全てを奪い、遠い異郷の地へと逃げ去ったのです』
荒らされた部屋と、部屋から金目のものを盗んでいく男の姿が、フラッシュバックのように一瞬、スクリーンに映し出される。
男は飛行機で海外へと渡った末に、車に轢かれて死んだ。耳をつんざくような車のブレーキ音が、場内に鋭く響いた。
『一体、何が彼をあのように変えてしまったのでしょう? あの頃の彼は私と同じように、純粋に夢を追っていたはずなのに……』
女性は薬指に嵌めていたビー玉の婚約指輪を外すと、振り向き様に客席へと投げつけた。同時に、女性の顔がハッキリと見え、由良は思わず「あっ」と声を漏らした。
彼女は扇華恋だった。今よりも幼い顔立ちをしているものの、目元や口元に何処となく面影があった。
由良が入口の前で突っ立っていると、階段の先にある扉から燕尾服の紳士が現れた。姿勢のいい初老の男性で、撫でつけた黒髪のところどころに白いものが見える。
紳士はゆっくりと階段を降り、由良の前にたどり着くと、優雅に礼をした。
「私は支配人の軒崎と申します。当館はただいま、『ジューンブライド〈ビー玉の約束〉』を上映中です。ご覧になられますか?」
「……えぇ、ぜひ」
由良は頷いた。知らないタイトルの映画だったが、雨が収まるまでの暇つぶしになるなら、何でも良かった。
それに、これだけ建物に贅を尽くしている映画館がどのような映画を上映しているのか、興味もあった。
「では、チケットをどうぞ。料金は二百五十円になります」
「二百五十円? 安過ぎませんか?」
「通常料金は千円なのですが、残り上映時間が全体の四分の一ですので、お値段もそのように。十五分ほどの短い時間ではありますが、楽しんでいって下さいね」
支配人は由良から代金を受け取ると、ポケットからチケットを取り出した。空色の厚紙で出来たチケットで、映画のタイトルとラムネのイラストが白いインクで箔押しされていた。
支配人はラムネの絵に被らないよう、慎重にハンコをチケットへ押し、由良に渡した。雨の中に建つ、映画館〈雨宿り〉と思しきレトロな建物が描かれたハンコで、金色のインクが空色の紙に映えている。まるで、ハンコもチケットのデザインの一部のようだった。
「へぇ……素敵なチケットですね」
ペラペラの紙に文字が印刷されているだけのチケットしか知らない由良にとって、映画館〈雨宿り〉のチケットは衝撃的だった。宝物を扱うような手つきで、両手でチケットを受け取ると、思わず感嘆の声を漏らした。
支配人は由良の反応に気を良くしたのか、穏やかに微笑んで言った。
「お気に召したのでしたら、ぜひお持ち帰りになって下さい。本日の思い出になれば、幸いでございます」
「ありがとうございます」
由良はチケットを折り曲げないよう、大切に鞄の中へ仕舞った。
由良は支配人と共に階段を上り、劇場の扉の前に立った。
「この先、下り階段となっております。お足元にお気をつけ下さい」
支配人は扉を開き、由良を劇場内へ誘導する。中は薄暗く、スクリーンだけがぼうっと浮かんで見えた。
由良は「ありがとうございます」と支配人に会釈し、劇場へと足を踏み入れた。背後で扉がゆっくりと、音もなく閉まる。支配人は他に仕事があるのか、劇場には入って来なかった。
客席は大学の教室のように扇型で、前の席へ行くほど高さが低くなっていた。おかげでどの席からでもスクリーンが見やすくなっている。暗いため、ホールのように華美な造りになっているかどうかは分からなかった。
客はチラホラおり、皆途中で入ってきた由良には目もくれず、夢中になって映画を鑑賞していた。
(そんなに面白い映画なの?)
由良は一層興味を惹かれ、手近な椅子に座った。映画館のものとは思えないほどふかふかで、座り心地が良かった。
物語は終盤で、スクリーンにはウェディングドレスが纏った女性が教会の祭壇の前に立っている姿が映し出されていた。
女性はこちらに背を向けて立っているため、顔は見えない。細身で、背の高い女性だった。
カメラは徐々に女性から引いていく。教会には彼女の他に誰もおらず、新郎や神父すらもいない。女性は無人の教会にただ一人、取り残されているらしかった。
『結婚式当日。いくら式場で待っていても、彼は現れませんでした』
ウェディングドレスの女性のものと思われる声が、劇場内に響き渡る。
十代後半くらいの、若い女性の声だった。由良はその声を何処かで耳にしたことがあるような気がして、眉をひそめた。
『彼が私を騙していたのだと知ったのは、式を取りやめて帰宅し、部屋の惨状を目の当たりにした瞬間でした。彼は私の全てを奪い、遠い異郷の地へと逃げ去ったのです』
荒らされた部屋と、部屋から金目のものを盗んでいく男の姿が、フラッシュバックのように一瞬、スクリーンに映し出される。
男は飛行機で海外へと渡った末に、車に轢かれて死んだ。耳をつんざくような車のブレーキ音が、場内に鋭く響いた。
『一体、何が彼をあのように変えてしまったのでしょう? あの頃の彼は私と同じように、純粋に夢を追っていたはずなのに……』
女性は薬指に嵌めていたビー玉の婚約指輪を外すと、振り向き様に客席へと投げつけた。同時に、女性の顔がハッキリと見え、由良は思わず「あっ」と声を漏らした。
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