117 / 314
秋編②『金貨六枚分のきらめき』
第四話「イチョウ色の約束」⑵
しおりを挟む
由良達は壁に目を凝らし、伊調が描いた作品を探す。絵の他にも写真や工芸品なども飾られていた。
いずれの作品も洋燈町にあるイチョウがモデルで、洋燈町で生まれ育った由良にとっては懐かしいものばかりだった。見覚えのある景色を見つけては立ち止まり、熱心に見入る。
次第に中林や紅葉谷との距離は広がり、遂には二人を見失ってしまった。
「あれ? 中林さんと紅葉谷さん、先行っちゃったのかな?」
その時、ヒヨドリの鳴き声と共に、何処からか風が吹き込んできた。通路からかと思いきや、壁紙に描かれたイチョウの木と木の間が風の出どころだった。
壁紙のイチョウの木は風で揺れ、由良の頭上に大量の葉を降り注ぐ。本物の葉ではなく、天井を照らしていたイチョウの葉の形の照明である。展示されていた絵の中のイチョウの木も、同様に風で揺れていた。
ヒヨドリの鳴き声も、イチョウの木にとまっているヒヨドリの写真から聞こえた。写真の中のヒヨドリはせわしなく首を動かし、周囲を警戒していた。
「絵が動くなんて、すごい演出……と言いたいところだけど、なんか違和感あるな」
由良は思い切って、目の前に舞い落ちてきた葉を空中でつかんでみた。
不思議なことに葉には実体があり、黄色いセロファンで作ったかのように透き通り、表面がつるつるしていた。
「……最新のプロジェクションマッピングは、実際につかめるのかしら?」
由良は「そんなわけがない」と頭では理解しつつも、自問自答してみる。係員に確認しようにも、周囲には誰もいなかった。
来た道を引き返してもみたが、地上へ続く階段は消え、代わりにイチョウの壁紙が張られた壁が立ちはだかっていた。
「これじゃイチョウの散歩道じゃなくて、イチョウの迷路じゃない」
由良は壁に手を当て、深くため息をついた。
「……。……」
「ん?」
ふいに、遠くから人の声がした。
由良は壁の向こうからかと思い、耳を当ててみる。が、声は壁からではなく、壁の反対方向……展示室の奥から聞こえた。
「誰かいるの?」
由良は声を頼りに、イチョウの森を進む。
ヒヨドリの写真を通り過ぎ、さらに奥へと進むと、壁に一枚の絵が飾られていた。
「……この絵、洋燈神社だ」
それは洋燈商店街の奥にある、洋燈神社の絵だった。淡い色づかいで、御神木である大きなイチョウの木と鳥居が描かれている。
その木の真下に、二人の若い青年が向かい合って立っていた。一人は中性的な顔立ちの黒髪の美青年で、もう一人は凝った仕立てのスーツを着ている。後者の青年はこちらに背を向けて立っているため、顔は見えない。
由良は絵に近づき、耳を澄ます。するとイチョウの葉ずれの音に混じって、絵の中から二人の会話が聞こえてきた。
「そういうわけだから、お前も協力してくれないか? タマ」
どうやらスーツを着た青年が、黒髪の青年に何か頼み事をしていたらしい。
黒髪の青年は「分かったよ」と観念した様子で微笑んだ。
「僕から父さんに買い付けへ同行させてもらえるよう、頼んでみる。一緒にいい店を作ろうじゃないか」
「ありがとう。お前のような頼もしい親友がいてくれて、助かるよ」
二人は固く握手を交わす。
額縁の外にいる由良の存在には気づいていないようだった。
「せっかく神社に来たんだ、ついでに願掛けしていこう。財布は、と……」
スーツの青年がポケットから財布を取り出そうとしたそのはずみに、同じポケットに入っていた金貨が一枚落ちた。
金貨は石畳の参道へ落下し、風に吹かれてコロコロと転がってくる。そのまま鳥居を越え、額縁を越えて、由良の目の前に転がり落ちた。
「おっと」
由良は絵の下へ両手を差し出し、金貨を受け止める。絵の中の二人は金貨がポケットから落ちたことに気づかず、参拝している。
由良は手を開き、金貨を確認した。最近作られたものなのか、汚れも劣化もなく、照明を反射してピカピカと輝いている。五百円玉よりも二回り大きな金貨で、表面には見慣れた建物が彫られていた。
「これ、懐虫電燈?」
それはかつて由良の祖父が営んでいた喫茶店、懐虫電燈だった。玉蟲匣に改修する前の、由良にとっては懐かしい姿が彫られている。裏にも漢字で「懐虫電燈」と、はっきり彫ってあった。
由良は金貨を見て懐かしく思うと同時に、既視感を抱いた。
(この大きさ、建物の絵、四文字の漢字って、もしかして……)
「〈心の落とし物〉からもらったコインと、同じもの?」
いずれの作品も洋燈町にあるイチョウがモデルで、洋燈町で生まれ育った由良にとっては懐かしいものばかりだった。見覚えのある景色を見つけては立ち止まり、熱心に見入る。
次第に中林や紅葉谷との距離は広がり、遂には二人を見失ってしまった。
「あれ? 中林さんと紅葉谷さん、先行っちゃったのかな?」
その時、ヒヨドリの鳴き声と共に、何処からか風が吹き込んできた。通路からかと思いきや、壁紙に描かれたイチョウの木と木の間が風の出どころだった。
壁紙のイチョウの木は風で揺れ、由良の頭上に大量の葉を降り注ぐ。本物の葉ではなく、天井を照らしていたイチョウの葉の形の照明である。展示されていた絵の中のイチョウの木も、同様に風で揺れていた。
ヒヨドリの鳴き声も、イチョウの木にとまっているヒヨドリの写真から聞こえた。写真の中のヒヨドリはせわしなく首を動かし、周囲を警戒していた。
「絵が動くなんて、すごい演出……と言いたいところだけど、なんか違和感あるな」
由良は思い切って、目の前に舞い落ちてきた葉を空中でつかんでみた。
不思議なことに葉には実体があり、黄色いセロファンで作ったかのように透き通り、表面がつるつるしていた。
「……最新のプロジェクションマッピングは、実際につかめるのかしら?」
由良は「そんなわけがない」と頭では理解しつつも、自問自答してみる。係員に確認しようにも、周囲には誰もいなかった。
来た道を引き返してもみたが、地上へ続く階段は消え、代わりにイチョウの壁紙が張られた壁が立ちはだかっていた。
「これじゃイチョウの散歩道じゃなくて、イチョウの迷路じゃない」
由良は壁に手を当て、深くため息をついた。
「……。……」
「ん?」
ふいに、遠くから人の声がした。
由良は壁の向こうからかと思い、耳を当ててみる。が、声は壁からではなく、壁の反対方向……展示室の奥から聞こえた。
「誰かいるの?」
由良は声を頼りに、イチョウの森を進む。
ヒヨドリの写真を通り過ぎ、さらに奥へと進むと、壁に一枚の絵が飾られていた。
「……この絵、洋燈神社だ」
それは洋燈商店街の奥にある、洋燈神社の絵だった。淡い色づかいで、御神木である大きなイチョウの木と鳥居が描かれている。
その木の真下に、二人の若い青年が向かい合って立っていた。一人は中性的な顔立ちの黒髪の美青年で、もう一人は凝った仕立てのスーツを着ている。後者の青年はこちらに背を向けて立っているため、顔は見えない。
由良は絵に近づき、耳を澄ます。するとイチョウの葉ずれの音に混じって、絵の中から二人の会話が聞こえてきた。
「そういうわけだから、お前も協力してくれないか? タマ」
どうやらスーツを着た青年が、黒髪の青年に何か頼み事をしていたらしい。
黒髪の青年は「分かったよ」と観念した様子で微笑んだ。
「僕から父さんに買い付けへ同行させてもらえるよう、頼んでみる。一緒にいい店を作ろうじゃないか」
「ありがとう。お前のような頼もしい親友がいてくれて、助かるよ」
二人は固く握手を交わす。
額縁の外にいる由良の存在には気づいていないようだった。
「せっかく神社に来たんだ、ついでに願掛けしていこう。財布は、と……」
スーツの青年がポケットから財布を取り出そうとしたそのはずみに、同じポケットに入っていた金貨が一枚落ちた。
金貨は石畳の参道へ落下し、風に吹かれてコロコロと転がってくる。そのまま鳥居を越え、額縁を越えて、由良の目の前に転がり落ちた。
「おっと」
由良は絵の下へ両手を差し出し、金貨を受け止める。絵の中の二人は金貨がポケットから落ちたことに気づかず、参拝している。
由良は手を開き、金貨を確認した。最近作られたものなのか、汚れも劣化もなく、照明を反射してピカピカと輝いている。五百円玉よりも二回り大きな金貨で、表面には見慣れた建物が彫られていた。
「これ、懐虫電燈?」
それはかつて由良の祖父が営んでいた喫茶店、懐虫電燈だった。玉蟲匣に改修する前の、由良にとっては懐かしい姿が彫られている。裏にも漢字で「懐虫電燈」と、はっきり彫ってあった。
由良は金貨を見て懐かしく思うと同時に、既視感を抱いた。
(この大きさ、建物の絵、四文字の漢字って、もしかして……)
「〈心の落とし物〉からもらったコインと、同じもの?」
0
あなたにおすすめの小説
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる