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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第四話「大通り蚤の市」⑵
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女性は蜜蜂の世話のために屋上へ残り、由良とナナコだけで階段を降りた。
コンクリート造の古い雑居ビルで、飲み屋や小さな店が所狭しと並んでいる。看板のネオンが魅惑的で、一度迷い込んだら出られなくなりそうな危うさがある。大通りや商店街ほど人はいない。
屋上へ続く階段はロープが張られ、「関係者以外立ち入り禁止」の張り紙がしてあった。由良とナナコはロープをまたぎ、さらに下を目指した。
間もなく、玄関ホールに出た。両開きの重いガラス扉を二人で押し、開く。扉の先は大通り沿いの歩道に続いていた。
「わぁ、すごい賑わっていますね!」
ナナコは大通りの賑わいを目の当たりにし、目を輝かせた。
道路の中心を路面電車が行き交い、線路脇には無数の露店がひしめき合っている。ライムライトからは見えなかったが、移動遊園地やサーカスの曲芸師も来ていた。客の〈探し人〉も大勢集まり、思い思いに楽しんでいた。
「そういえば、昔は大通りでオータムフェスをやってたって、おじいちゃんが言ってたなぁ。名前は別だったみたいだけど」
一説によると、オータムフェスの起源は戦後に大通りへ集まった闇市だったという。
復興後、闇市は洋燈町骨董秋祭りと名を変え、毎年秋に大通りで骨董市とフリーマーケットをやるようになった。路面電車廃線と自家用車増加に伴い、場所を洋燈商店街、名前はオータムフェスと改めたが、今なお洋燈町民に親しまれている。かつての骨董市を思わせる風景に、由良は心惹かれかけた。
「いけない、いけない。ナナコさんを病院まで送らないと」
はた、と由良は自分が一人で立っていることに気がついた。右を見ても、左を見ても、ナナコはいない。
「まさか、蚤の市に行ったんじゃ……」
由良は青ざめた。あの人混みの中からナナコを探し出すなど、不可能に近い。
この場に留まるか探しに行くか迷っていると、見覚えのある学ランの青年に話しかけられた。
「あれ? 人探ししてるお姉さんじゃん。さっきぶりー」
「貴方は……斜め歩き走法の達人さんじゃないですか」
「なんか俺、すごいあだ名付けられてない?」
「ね。ナリ君、達人だったんだ」
青年は苦笑し、一緒にいた女子学生も笑う。
青年は由良が未練街の商店街で会った、最初の〈探し人〉だった。人混みから出るヒントをくれた恩人でもある。
彼の隣にはその時にはいなかった、セーラー服姿の女子学生がいた。青年と仲睦まじく、手を繋いでいる。彼女が男子学生が待ち合わせしていた「カノジョちゃん」なのだろう。
未練街の数少ない顔見知りと遭遇し、由良は少し心が落ち着いた。
「ちょうど良かった。喪服を着た若い女性を見かけませんでしたか? 私のツレで、さっきまでここにいたんですけど」
「それなら、蚤の市ですれ違いましたよ。流しソバの屋台にいました」
「流しソバ?」
「お蕎麦屋さんがやってるから、そうめんじゃなくてソバが流れてくるんですって。周りの子供達と一緒に、必死になって食べてましたよ。あんな細い体によく入るなーって、まじまじと見ちゃいました」
あのあたりです、と男子学生は流しソバの屋台がある場所を指差した。遠くて見えづらいが、確かにナナコらしき黒い人影がこちらに背を向け、半分に割った竹の前に立っているのが見えた。
「ありがとうございます。お二人もデート、楽しんでください」
「は、はい……」
「あ、改まって言われると照れるなぁ」
二人はそろって、頬を赤らめる。
(青春だねぇ。本当の歳は知らないけど)
由良は二人と別れ、ナナコのもとへ急いだ。
学生達が言っていたとおり、ナナコは一心不乱にソバをすすっていた。灰色の麺ではなく、緑色の茶そばだ。
竹箸を巧みに操り、目の前を流れてくる茶そばを的確につかむ。そのままつゆを溜めた竹の椀へ浸し、一気に啜った。あまりの気迫に、大人は誰も近づけない。子供は彼女が見逃した茶そばを目当てに、下で待ち構えていた。
「あの、ナナコさん?」
「……」
「ナナコさんってば」
「……」
「急にいなくなられては困ります。お腹が空いていたならそうと、はっきり言ってください」
「……」
聞いているのかいないのか、応答はない。由良を無視し、ひたすら茶そばを啜っている。
「ナナコさん? 聞こえてます?」
由良はナナコの肩を叩き、再度声をかけた。
すると、ナナコは茶そばをむぐむぐと咀嚼しながら、煩わしそうに振り返った。
「……貴方、誰ですか?」
「え?」
コンクリート造の古い雑居ビルで、飲み屋や小さな店が所狭しと並んでいる。看板のネオンが魅惑的で、一度迷い込んだら出られなくなりそうな危うさがある。大通りや商店街ほど人はいない。
屋上へ続く階段はロープが張られ、「関係者以外立ち入り禁止」の張り紙がしてあった。由良とナナコはロープをまたぎ、さらに下を目指した。
間もなく、玄関ホールに出た。両開きの重いガラス扉を二人で押し、開く。扉の先は大通り沿いの歩道に続いていた。
「わぁ、すごい賑わっていますね!」
ナナコは大通りの賑わいを目の当たりにし、目を輝かせた。
道路の中心を路面電車が行き交い、線路脇には無数の露店がひしめき合っている。ライムライトからは見えなかったが、移動遊園地やサーカスの曲芸師も来ていた。客の〈探し人〉も大勢集まり、思い思いに楽しんでいた。
「そういえば、昔は大通りでオータムフェスをやってたって、おじいちゃんが言ってたなぁ。名前は別だったみたいだけど」
一説によると、オータムフェスの起源は戦後に大通りへ集まった闇市だったという。
復興後、闇市は洋燈町骨董秋祭りと名を変え、毎年秋に大通りで骨董市とフリーマーケットをやるようになった。路面電車廃線と自家用車増加に伴い、場所を洋燈商店街、名前はオータムフェスと改めたが、今なお洋燈町民に親しまれている。かつての骨董市を思わせる風景に、由良は心惹かれかけた。
「いけない、いけない。ナナコさんを病院まで送らないと」
はた、と由良は自分が一人で立っていることに気がついた。右を見ても、左を見ても、ナナコはいない。
「まさか、蚤の市に行ったんじゃ……」
由良は青ざめた。あの人混みの中からナナコを探し出すなど、不可能に近い。
この場に留まるか探しに行くか迷っていると、見覚えのある学ランの青年に話しかけられた。
「あれ? 人探ししてるお姉さんじゃん。さっきぶりー」
「貴方は……斜め歩き走法の達人さんじゃないですか」
「なんか俺、すごいあだ名付けられてない?」
「ね。ナリ君、達人だったんだ」
青年は苦笑し、一緒にいた女子学生も笑う。
青年は由良が未練街の商店街で会った、最初の〈探し人〉だった。人混みから出るヒントをくれた恩人でもある。
彼の隣にはその時にはいなかった、セーラー服姿の女子学生がいた。青年と仲睦まじく、手を繋いでいる。彼女が男子学生が待ち合わせしていた「カノジョちゃん」なのだろう。
未練街の数少ない顔見知りと遭遇し、由良は少し心が落ち着いた。
「ちょうど良かった。喪服を着た若い女性を見かけませんでしたか? 私のツレで、さっきまでここにいたんですけど」
「それなら、蚤の市ですれ違いましたよ。流しソバの屋台にいました」
「流しソバ?」
「お蕎麦屋さんがやってるから、そうめんじゃなくてソバが流れてくるんですって。周りの子供達と一緒に、必死になって食べてましたよ。あんな細い体によく入るなーって、まじまじと見ちゃいました」
あのあたりです、と男子学生は流しソバの屋台がある場所を指差した。遠くて見えづらいが、確かにナナコらしき黒い人影がこちらに背を向け、半分に割った竹の前に立っているのが見えた。
「ありがとうございます。お二人もデート、楽しんでください」
「は、はい……」
「あ、改まって言われると照れるなぁ」
二人はそろって、頬を赤らめる。
(青春だねぇ。本当の歳は知らないけど)
由良は二人と別れ、ナナコのもとへ急いだ。
学生達が言っていたとおり、ナナコは一心不乱にソバをすすっていた。灰色の麺ではなく、緑色の茶そばだ。
竹箸を巧みに操り、目の前を流れてくる茶そばを的確につかむ。そのままつゆを溜めた竹の椀へ浸し、一気に啜った。あまりの気迫に、大人は誰も近づけない。子供は彼女が見逃した茶そばを目当てに、下で待ち構えていた。
「あの、ナナコさん?」
「……」
「ナナコさんってば」
「……」
「急にいなくなられては困ります。お腹が空いていたならそうと、はっきり言ってください」
「……」
聞いているのかいないのか、応答はない。由良を無視し、ひたすら茶そばを啜っている。
「ナナコさん? 聞こえてます?」
由良はナナコの肩を叩き、再度声をかけた。
すると、ナナコは茶そばをむぐむぐと咀嚼しながら、煩わしそうに振り返った。
「……貴方、誰ですか?」
「え?」
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