心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
265 / 314
最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第四話「大通り蚤の市」⑵

しおりを挟む
 女性は蜜蜂の世話のために屋上へ残り、由良とナナコだけで階段を降りた。
 コンクリート造の古い雑居ビルで、飲み屋や小さな店が所狭しと並んでいる。看板のネオンが魅惑的で、一度迷い込んだら出られなくなりそうな危うさがある。大通りや商店街ほど人はいない。
 屋上へ続く階段はロープが張られ、「関係者以外立ち入り禁止」の張り紙がしてあった。由良とナナコはロープをまたぎ、さらに下を目指した。
 間もなく、玄関ホールに出た。両開きの重いガラス扉を二人で押し、開く。扉の先は大通り沿いの歩道に続いていた。
「わぁ、すごい賑わっていますね!」
 ナナコは大通りの賑わいを目の当たりにし、目を輝かせた。
 道路の中心を路面電車が行き交い、線路脇には無数の露店がひしめき合っている。ライムライトからは見えなかったが、移動遊園地やサーカスの曲芸師も来ていた。客の〈探し人〉も大勢集まり、思い思いに楽しんでいた。
「そういえば、昔は大通りでオータムフェスをやってたって、おじいちゃんが言ってたなぁ。名前は別だったみたいだけど」
 一説によると、オータムフェスの起源は戦後に大通りへ集まった闇市だったという。
 復興後、闇市は洋燈町骨董秋祭りと名を変え、毎年秋に大通りで骨董市とフリーマーケットをやるようになった。路面電車廃線と自家用車増加に伴い、場所を洋燈商店街、名前はオータムフェスと改めたが、今なお洋燈町民に親しまれている。かつての骨董市を思わせる風景に、由良は心惹かれかけた。
「いけない、いけない。ナナコさんを病院まで送らないと」
 はた、と由良は自分が一人で立っていることに気がついた。右を見ても、左を見ても、ナナコはいない。
「まさか、蚤の市に行ったんじゃ……」
 由良は青ざめた。あの人混みの中からナナコを探し出すなど、不可能に近い。



 この場に留まるか探しに行くか迷っていると、見覚えのある学ランの青年に話しかけられた。
「あれ? 人探ししてるお姉さんじゃん。さっきぶりー」
「貴方は……斜め歩き走法の達人さんじゃないですか」
「なんか俺、すごいあだ名付けられてない?」
「ね。ナリ君、達人だったんだ」
 青年は苦笑し、一緒にいた女子学生も笑う。
 青年は由良が未練街の商店街で会った、最初の〈探し人〉だった。人混みから出るヒントをくれた恩人でもある。
 彼の隣にはその時にはいなかった、セーラー服姿の女子学生がいた。青年と仲睦まじく、手を繋いでいる。彼女が男子学生が待ち合わせしていた「カノジョちゃん」なのだろう。
 未練街の数少ない顔見知りと遭遇し、由良は少し心が落ち着いた。
「ちょうど良かった。喪服を着た若い女性を見かけませんでしたか? 私のツレで、さっきまでここにいたんですけど」
「それなら、蚤の市ですれ違いましたよ。流しソバの屋台にいました」
「流しソバ?」
「お蕎麦屋さんがやってるから、そうめんじゃなくてソバが流れてくるんですって。周りの子供達と一緒に、必死になって食べてましたよ。あんな細い体によく入るなーって、まじまじと見ちゃいました」
 あのあたりです、と男子学生は流しソバの屋台がある場所を指差した。遠くて見えづらいが、確かにナナコらしき黒い人影がこちらに背を向け、半分に割った竹の前に立っているのが見えた。
「ありがとうございます。お二人もデート、楽しんでください」
「は、はい……」
「あ、改まって言われると照れるなぁ」
 二人はそろって、頬を赤らめる。
(青春だねぇ。本当の歳は知らないけど)
 由良は二人と別れ、ナナコのもとへ急いだ。



 学生達が言っていたとおり、ナナコは一心不乱にソバをすすっていた。灰色の麺ではなく、緑色の茶そばだ。
 竹箸を巧みに操り、目の前を流れてくる茶そばを的確につかむ。そのままつゆを溜めた竹の椀へ浸し、一気に啜った。あまりの気迫に、大人は誰も近づけない。子供は彼女が見逃した茶そばを目当てに、下で待ち構えていた。
「あの、ナナコさん?」
「……」
「ナナコさんってば」
「……」
「急にいなくなられては困ります。お腹が空いていたならそうと、はっきり言ってください」
「……」
 聞いているのかいないのか、応答はない。由良を無視し、ひたすら茶そばを啜っている。
「ナナコさん? 聞こえてます?」
 由良はナナコの肩を叩き、再度声をかけた。
 すると、ナナコは茶そばをむぐむぐと咀嚼しながら、煩わしそうに振り返った。
「……貴方、誰ですか?」
「え?」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...