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第2章「スライム相手に、ざまぁ」

第二話

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 翌朝、ヨシタケはザマルタから装備を借り、森へ出かけた。
 夜の森とは違い、穏やかな空気が流れている。あれだけうろついていたモンスターも見当たらなかった。

「昼間は初心者レベルのモンスターしかいないから大丈夫ってザマルタが言ってたけど、本当に剣だけで大丈夫なのか?」

 ヨシタケは出発前にザマルタから言われたアドバイスを思い出し、不安になる。

『相手の弱点を叫びながら剣を振れば、イチコロですって! スライムくらいなら、私でも倒せますし』
「……まぁ、スライムってゲームの中じゃ最弱モンスターだし、俺でも倒せるかな」

 その時、藪の中から何かが飛び出してきた。

「うぉっ?! 何だ?!」
「……」

 現れたのは、表面がツルッとした楕円形で、透き通った青い色をした生き物……スライムだった。ヨシタケの前に現れ、ジッとその場に留まっている。
 目や口などの顔のパーツはなく、どっちを向いているのか分からないが、絶好の攻撃チャンスだった。

「よ、よし、今のうちに……」

 ヨシタケは腰に差していた剣を鞘からゆっくり引き抜くと、両手でしっかり柄を握り、スライムに向かって剣を振り下ろした。

「こ、このモンスター界の最弱野郎!」
「……!」

 ザマルタのアドバイス通り、スライムの弱点(?)を叫びながら、切りかかる。
 しかし剣はスライムの皮膚を傷つけることなく、その弾力で跳ね返されてしまった。ヨシタケは反動で後ろへよろめき、尻餅をついた。

「いてっ! 弾力、すご?!」
「……」

 スライムはヨシタケにジリジリと近づいてくる。
 表情は分からないが、ヨシタケに怒っているように見えた。

「それにしても、何で切れなかったんだ? 剣の刃が錆びてるわけでもないし……実は最弱モンスターじゃないとか? 他にスライムの弱点ってあったか?」

 ヨシタケはスライムの弱点を思い出そうと、頭を働かせる。
 しかし本物のスライムの弾力を体感したことで、かえって「実はスライムって強いのでは?」とスライムの強みばかりが目についた。

(顔が無いからどっち向いてるか分かんねぇし、外見は絶妙的に気持ち悪いし、表面がヌメヌメしてるし、弾力が高い分、当たったら痛そうだし……やべぇ、スライム最強じゃね?)

 その時、ヨシタケが悩んでいる隙を突き、スライムが飛びかかってきた。

「……!!」
「ギャーッ! 襲ってきたー!」

 ヨシタケは絶叫し、剣を放り出して逃げ出す。
 スライムはその弾力を生かし、びょんびょんと跳ねながらヨシタケを追ってきた。徐々に、確実に距離を詰めてくる。

「来んな! 俺を倒しても、何もドロップしねぇぞ!」
「……! ……!」
「ダメだ、全然言葉通じねぇ! やっぱ、スライム最強じゃねぇか! 誰だよ、モンスター界最弱モンスターとか言ったやつ! 俺だけど!」

 すると、頭上から女性の声が聞こえてきた。

「いや、合ってるよ。スライムは最弱のモンスターだ。後は呪文を唱えるだけでいい。〈ザマァ〉とね」
「え? 〈ザマァ〉?」

 その瞬間、スライムが内側から爆発した。
 スライムの体はバラバラになり、周囲に飛び散る。ヨシタケの体にも大量に降りかかった。

「うぉっ、急に爆発した?!」
「へぇ、上出来じゃないか。スライムにここまでのダメージを与えて倒すなんて、スライム愛好家達から非難されそうだ」

 頭上から聞こえていた声の主はヨシタケがスライムを無事倒したのを見届けると、「よっと」と彼の隣に降り立った。
 大きな白いとんがり帽子を被り、白いローブを纏った美女で、手には金で出来たホウキを持っていた。コスプレでないとすれば、明らかに魔女だった。

「ま、魔女?! 本物?」
「一応ね。名はザマァーリン。今は隠居して、日がな一日人間観察に励んでいる。君が一人でも冒険を続けられたのなら、手を貸すつもりはなかったのだけれどね」

 ザマァーリンは呆れた様子でヨシタケの額を指でつん、と突いた。

「君、女神の話をちゃんと聞いていなかっただろう? いや、女神がちゃんと説明していなかったのかな? ともかく、これでは世界は救われない。私が直々に、君に戦い方をレクチャーしてあげよう」
「救われないって……ザマスロットがいるじゃないですか」
「彼はダメだ。彼では聖剣エクスザマリバーは抜けない。素質はあったが、君を陥れるという重罪を犯してしまったからね。救うどころか、世界の敵になるかもしれない」

 ザマァーリンは預言めいたことをこぼしつつ「さて、」と手を叩き、話を戻した。

「君はこの世界での戦い方について、どれだけ理解している?」
「ざまぁが大事とか、敵の弱点を叫ぶとか……」
「オッケー。じゃあ、初歩の初歩から説明するね」




 ザマァーリンは金のホウキを浮かせると、その上に腰掛けて説明し始めた。

「まず、ざまぁが何なのかは理解しているかい?」
「それは分かる。相手の力不足や失敗を笑うことだろ。ラノベだと、自分をパーティから追放した相手に復讐することだな。あ、ラノベって言うのは、俺が前にいた世界の本のことで……」
「知ってる、知ってる。この前も通販で取り寄せて、レーベル全巻読んだばっかだから。いやー、面白いね。あながち間違っちゃいないのが、興味深かったよ」
「でも、そのざまぁとこの世界での戦い方に、どういう関係が?」

 ザマァーリンは散り散りになったスライムの残骸を手で指し示し、「大有りだよ」と答えた。

「この世界において、ざまぁは武力だ。見たまえ、このスライムを」
「見事にバラバラですね」
「彼は君のざまぁに怒り、爆発したんだ。私が君に唱えるよう言った〈ザマァ〉は、ざまぁをエネルギーに変えるトリガーのようなものさ。いくら渾身のざまぁを言ったとしても、呪文を唱えなければ攻撃は発動しない」
「だから弱点を言っても、切れなかったのか……」
「そして、発動する魔法の威力や属性は、ざまぁを言われた相手の感情によって異なる。"怒り"なら炎、"悲しみ"なら水、"ショック"なら雷、"無力感"なら風、という風にね。先程のスライムだと、君のざまぁに怒ったから、炎系の魔法が発動したんだ」
「氷は何の感情なんですか? あと、睡魔も」

 ヨシタケはメルザマァルとザマルタにやられた〈ザマァ〉を思い出し、尋ねた。

「氷は"恐怖"だね。なかなか使える人間はいないと思うよ。いたとしたら、かなりの手練れだね」
「へぇ……」

 ヨシタケはメルザマァルを思い浮かべ、青ざめる。

(あいつ、そんなにすごい奴だったのか。もう二度と会いたくないな)

「睡魔は、感じ方によるかな。日向ぼっこをしているかのような感覚の睡魔なら"癒し"……すなわち、光属性の〈ザマァ〉。反対に、闇に落ちていくような感覚の睡魔なら、"絶望"……闇属性の〈ザマァ〉になる。光属性の睡魔なら、眠っている間に回復作用が発動するはずだけど、闇属性の場合は逆に命を削られてしまうね」
「闇属性、怖っ」

(……今朝起きたら、怪我は完治していた。ということは、ザマルタが俺に使ったのは光属性のザマァだったってことか。そりゃそうだよな、教会のシスターが闇属性を使うとは思えないし)

 疑っていたわけではないが、ヨシタケはザマルタが危険な人物ではないと分かり、ホッとした。

「睡魔に限らず、光属性の〈ザマァ〉は心身を癒し、闇属性の〈ザマァ〉は心身を傷つける作用を伴うことが多い。場合によっては、一度の〈ザマァ〉で命を落とすこともある。魔王ザマンやその部下は闇属性の〈ザマァ〉の使い手だから、心してかかるように」
「た、戦いたくねぇ……」
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