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第1部 第2章「深夜悪夢」
第1話『美術館へようこそ』⑶
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展示室は入口から入ってすぐにある大きな空間から、いくつもの小さな展示室に枝分かれしている。壁やパーテーションで隔たれているため、わざわざ中を覗かなければ様子を窺い知ることは出来ない。
馬場は「そのうちの一室に、あの女が潜んでいるかも」と恐怖していた。
有村が絵を探していると、視界の端で何かが走り去っていくのが見えた。
一瞬、馬場が言っていた女のことが頭をよぎり、顔がこわばる。だが、それが走っていった方を恐る恐るたどると、顔をほころばせた。
「まぁ~! どうちたの、ニャーちゃん? 迷子になちゃたの?」
そこにいたのは一匹の三毛猫だった。
三毛猫は有村を振り向くように一瞥すると、小さな展示室の一つに入っていった。
「待って、ニャーちゃん!」
有村は三毛猫を追いかけ、展示室へ駆け込む。
直後、有村は横から走ってきた象にはねられた。展示室の天井スレスレの大きさの子象だった。
「ぐぇっ」
有村は象にはね飛ばされ、その先の壁に飾られている大きな絵の中へと入った。荒れた海の絵で、巨大なクジラが悠然と泳いでいた。
「た、助け……!」
有村は溺れ、助けを求める。海は果てしなく続いており、出口らしきものはなかった。
手足をバタつかせては、何度も海水を飲む。やがて体力を使い果たすと、有村は苦悶の顔で沈んでいった。
その様子を、絵の中のクジラが物珍しそうに眺めていた。
一方、洞島は有村が入った展示室とは別の展示室で、強化ガラスを割るのに手頃な絵を見つけていた。
「お、いいのみっけ」
茶色い馬の顔が描かれた絵だった。競馬場をバックに、歯を剥き出しにして笑っている。毛の一本一本が丁寧に描かれており、目玉や歯に至っては本物のようにツヤツヤしていた。
絵の大きさも申し分なく、洞島がギリギリ両手で持ち上げられるくらいだった。
「よし、これを入口に……」
洞島は絵を持ち上げようとして、ふと手を止めた。運ぶより先に、絵に触れたくなったのだ。
どんな感触なんだろう? 本物の歯と同じなんだろうか? それとも、全く別の感触なんだろうか? 考えれば考えるほど、触りたくなる。
今なら、口うるさい学芸員はいない。誰にも咎められず、思う存分触れられる。
「ちょっとだけ……ちょっとだけだから……」
洞島は絵の馬の歯に向かって、手を伸ばす。
すると洞島の太い指が歯に触れる寸前、絵の中の馬が首をもたげ、洞島の手に噛みついた。
「いぎゃぁぁぁーッ!」
洞島は悲鳴を上げ、腰を抜かす。洞島の手は食いちぎられ、傷口からドクドクと血が流れていた。
馬は絵から頭を出し、洞島を見下ろす。白かった歯は、洞島の血で真っ赤に染まっていた。その真っ赤な歯で、ニカッと笑った。
「有村さん! 馬場さん! 助けて!」
洞島は叫び、逃げ出す。幸い、馬は頭しか描かれていなかったため、追いかけて来られなかった。
助けを求め、大きな展示室に戻る。しかし有村も馬場もいなくなっていた。
「有村さん……? 馬場さん……?」
代わりに、先程はいなかった石膏像達が大勢集まっていた。白い人間の石膏像で、五体満足な像もあれば、頭や手足のいずれかが欠けている像もある。
石膏像達は洞島を見つけるなり、彼女を捕らえた。
「いやーッ! 離して! 離してったら!」
石膏像達は自分達が元々展示されている部屋へと洞島を連れて行った。展示室の一角に彼女を立たせ、その両腕を屈強な肉体の石膏像達につかませる。
他の石膏像達は液体の石膏で満ちたバケツを手に、洞島へとにじり寄った。
「何……? 何なの……?」
洞島は怯え、震える。
次の瞬間、石膏像達は洞島に向かって液体の石膏を一斉にぶっかけた。洞島の体は余すところなく、石膏に包まれた。
石膏は急速に固まり、洞島を動けなくする。いくら力を加えても、全く動かない。それどころか、体が石膏そのものになったかのように、あらゆる感覚を失ってしまっていた。
「私が何したって言うのよ! こんなことして、タダじゃおかないんだからね! どうせ、中に人間が入ってるんでしょ?! 絶対、警察に突き出してやる!」
洞島は唇の隙間から抗議した。昼間、彼らの体をベタベタ触ったり、欠けのある像を「失敗作」だと馬鹿にしたことは、都合よく忘れている。
石膏像達はその恨みをぶつけるように、洞島の唇の隙間から石膏を流し込んだ。吐き出しても吐き出しても、流し込まれる。何の変哲もないバケツから、無限に石膏があふれ出ていた。
「ガボガボガボ……」
体内に入った石膏は、体の中から洞島を固めていく。やがて洞島は叫ぶことすら出来なくなり、苦悶の表情を浮かべたまま固まった。
石膏像達は薄ら笑いを浮かべ、復讐とばかりに彼女の体をベタベタと触っていた。
馬場は「そのうちの一室に、あの女が潜んでいるかも」と恐怖していた。
有村が絵を探していると、視界の端で何かが走り去っていくのが見えた。
一瞬、馬場が言っていた女のことが頭をよぎり、顔がこわばる。だが、それが走っていった方を恐る恐るたどると、顔をほころばせた。
「まぁ~! どうちたの、ニャーちゃん? 迷子になちゃたの?」
そこにいたのは一匹の三毛猫だった。
三毛猫は有村を振り向くように一瞥すると、小さな展示室の一つに入っていった。
「待って、ニャーちゃん!」
有村は三毛猫を追いかけ、展示室へ駆け込む。
直後、有村は横から走ってきた象にはねられた。展示室の天井スレスレの大きさの子象だった。
「ぐぇっ」
有村は象にはね飛ばされ、その先の壁に飾られている大きな絵の中へと入った。荒れた海の絵で、巨大なクジラが悠然と泳いでいた。
「た、助け……!」
有村は溺れ、助けを求める。海は果てしなく続いており、出口らしきものはなかった。
手足をバタつかせては、何度も海水を飲む。やがて体力を使い果たすと、有村は苦悶の顔で沈んでいった。
その様子を、絵の中のクジラが物珍しそうに眺めていた。
一方、洞島は有村が入った展示室とは別の展示室で、強化ガラスを割るのに手頃な絵を見つけていた。
「お、いいのみっけ」
茶色い馬の顔が描かれた絵だった。競馬場をバックに、歯を剥き出しにして笑っている。毛の一本一本が丁寧に描かれており、目玉や歯に至っては本物のようにツヤツヤしていた。
絵の大きさも申し分なく、洞島がギリギリ両手で持ち上げられるくらいだった。
「よし、これを入口に……」
洞島は絵を持ち上げようとして、ふと手を止めた。運ぶより先に、絵に触れたくなったのだ。
どんな感触なんだろう? 本物の歯と同じなんだろうか? それとも、全く別の感触なんだろうか? 考えれば考えるほど、触りたくなる。
今なら、口うるさい学芸員はいない。誰にも咎められず、思う存分触れられる。
「ちょっとだけ……ちょっとだけだから……」
洞島は絵の馬の歯に向かって、手を伸ばす。
すると洞島の太い指が歯に触れる寸前、絵の中の馬が首をもたげ、洞島の手に噛みついた。
「いぎゃぁぁぁーッ!」
洞島は悲鳴を上げ、腰を抜かす。洞島の手は食いちぎられ、傷口からドクドクと血が流れていた。
馬は絵から頭を出し、洞島を見下ろす。白かった歯は、洞島の血で真っ赤に染まっていた。その真っ赤な歯で、ニカッと笑った。
「有村さん! 馬場さん! 助けて!」
洞島は叫び、逃げ出す。幸い、馬は頭しか描かれていなかったため、追いかけて来られなかった。
助けを求め、大きな展示室に戻る。しかし有村も馬場もいなくなっていた。
「有村さん……? 馬場さん……?」
代わりに、先程はいなかった石膏像達が大勢集まっていた。白い人間の石膏像で、五体満足な像もあれば、頭や手足のいずれかが欠けている像もある。
石膏像達は洞島を見つけるなり、彼女を捕らえた。
「いやーッ! 離して! 離してったら!」
石膏像達は自分達が元々展示されている部屋へと洞島を連れて行った。展示室の一角に彼女を立たせ、その両腕を屈強な肉体の石膏像達につかませる。
他の石膏像達は液体の石膏で満ちたバケツを手に、洞島へとにじり寄った。
「何……? 何なの……?」
洞島は怯え、震える。
次の瞬間、石膏像達は洞島に向かって液体の石膏を一斉にぶっかけた。洞島の体は余すところなく、石膏に包まれた。
石膏は急速に固まり、洞島を動けなくする。いくら力を加えても、全く動かない。それどころか、体が石膏そのものになったかのように、あらゆる感覚を失ってしまっていた。
「私が何したって言うのよ! こんなことして、タダじゃおかないんだからね! どうせ、中に人間が入ってるんでしょ?! 絶対、警察に突き出してやる!」
洞島は唇の隙間から抗議した。昼間、彼らの体をベタベタ触ったり、欠けのある像を「失敗作」だと馬鹿にしたことは、都合よく忘れている。
石膏像達はその恨みをぶつけるように、洞島の唇の隙間から石膏を流し込んだ。吐き出しても吐き出しても、流し込まれる。何の変哲もないバケツから、無限に石膏があふれ出ていた。
「ガボガボガボ……」
体内に入った石膏は、体の中から洞島を固めていく。やがて洞島は叫ぶことすら出来なくなり、苦悶の表情を浮かべたまま固まった。
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