悪夢症候群

緋色刹那

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第4部 第1章「天使ちゃんと悪夢ちゃん」

第4話『待合室、再び』⑶

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「どうか……どうか、妻を治してくれ! 俺にはできないんだ……苦しめたり、痛みを与える悪夢しか、見せることができないんだ……」
 再度、平伏する常時に、双子は「いいわよ」とあっさり承諾した。
「その代わり、条件があるの」
「本当は依頼料をもらいたいところなんだけど、おじさんの全財産じゃ足りないから、今回だけ特別ね?」
「……なんでも言ってくれ。妻を救えるなら、俺はどうなったっていい。自首でも自殺でも……」
 すると、双子はキョトンとした。
「あら、自首はダメよ。何のために私達がおじさんをと思っているの?」
「……は?」
 常時は愕然とした。見逃したのは自分の方だと思っていたからだ。
 事件当時、双子も家にいたのは分かっていた。だが、電話の女に「アクムツカイの能力に目覚めるまでは殺してはならない」と言われたので、仕留めなかっただけだ。
 言葉を失った常時を見て、双子はクスクスと笑った。かつて病院の待合室で出会った、幼き夜宵夫婦を思わせる、邪悪な笑みだった。
「私達、見てたの……おじさんがパパとママに悪夢をかけた瞬間を。すぐに追いかけたかったけど、パパとママがケンカを始めたからできなかったわ」
「私達、うんと頑張って考えたのよ? お巡りさんに任せるのは簡単だけど、一生牢獄に入れる程度じゃ、パパとママが受けた苦しみとは釣り合わないもの」
 だから、と双子はカオリを指差した。
「私達、。おじさんから、奥さんという大事なものを奪うためにね。まさか、私達より先にかけてくれるとは思わなかったけれどね?」
「だから、予定を少し変えたわ。奥さんの代わりに、。それなら、ギリギリ釣り合うわ。これが条件よ」
「……分かった」
 常時は息を呑んだ。
 ……甘かった。自分も電話の女も、あの夫婦の子供をみくびっていた。
 アクムツカイの力を抜きにしても、この双子は悪魔だ。四年前に、親子共々始末するべきだったのだ。
 だが一方で、双子を生かしていたからこそ、カオリを助けられる。常時は複雑な心境だった。
「それじゃあ、おじさん。おやすみ」
「代わりに、おばさん。目を覚まして」
 双子はそれぞれ、常時とカオリに手をかざす。
 常時はカオリが目を覚ますのを見届ける前に、深い眠りに落ちた。
 


 常時は目覚ましのアラームで目が覚めた。
 現在の自宅ではなく、一人暮らしをしていた頃のアパートの一室だ。カーテンの隙間から差す朝日が眩しかった。
「カオリ? いないのか?」
 返事はない。それどころか、カオリの持ち物すらなかった。
 常時はあくびをしようとして、左手の薬指から結婚指輪が消えているのに気づいた。部屋中探しても見つからない。
 ふと、常時はおぼろげに覚えていた双子の言葉を思い出した。
『だから私達、おじさんの奥さんに悪夢をかけるって決めたのよ。おじさんから、奥さんという大事なものを奪うためにね』
「そういう……ことか」
 常時はようやく理解した。
 あの双子はカオリが存在しない、もしくは常時とカオリが結婚していない世界の悪夢を見せている。常時にとって、この上ない悪夢だった。
(……昔に戻ったと思えばいい。俺がこうして悪夢にいる間は、カオリは苦しまずに済むんだから)
 気晴らしに、テレビをつける。
 その瞬間、常時はまたも見通しが甘かったと後悔した。夫婦の子供が、その程度の悪夢で満足するはずがなかった。
『四年前に起こったアクムツカイ殺人事件に新展開です。本日未明、警察は実行犯とみられる男を指名手配しました。男はジェーオー株式会社勤務、
「はぁっ?!」
 常時は耳を疑った。
 テレビの画面には、常時の顔写真と事件の詳細が映っている。どのチャンネルでも常時のニュースを報じていた。
「常時さーん? 警察ですけどー。いらっしゃいますよねー?」
 タイミングよく、ドアを叩かれる。
 常時は慌てて着替えると、必要なものをリュックに入れ、ベランダから隣の部屋へ移動した。
 昔、夜宵夫婦に悪夢へ閉じ込められた時はアクムツカイの力が使えなかった。相手がその子供である以上、今回も使えない可能性が高い。
 間もなく、常時の部屋へ警察が突入した。隣の部屋の住人は頻繁に部屋を空けることが多く、身を隠すにはうってつけだった。
(このまま警察がいなくなるまで待とう)
 その時、ポケットに入れていたケータイが鳴った。さほど大きな音ではなかったが、極限に緊張していたせいで過剰に驚いてしまった。
「うぉあっ?!」
「なんだ、今の声は?!」
「隣のベランダから聞こえたぞ!」
 こちらに足音が近づいてくる。
 常時は無我夢中で、地上の茂みへ身を投げた。かなり高さがあったが、茂みがクッションになったおかげで、無傷で済んだ。
 夢の中とはいえ、アクムツカイが見せた悪夢は現実にも影響する。余計な怪我は避けたかった。
 駐輪場から盗んだ自転車を漕ぎ、街へ逃げる。街は隠れられる場所が多く、人混みに紛れられる。うまくいけば、遠くへ逃げられるかもしれない。
 逃げている間も、ケータイは何度か鳴った。
 また鳴ると困るので、着信拒否にした。昔勤めていたブラック企業の上司からだった。
 留守電が何件か入っていたので、一応聞いた。常時を心配しているか、責めているかと思いきや、そのどちらでもなかった。
「ツネトキ君、ニュース見たよ。なんだか大変みたいだが、出社はするんだろう? まさか、指名手配を言い訳に休む気かい? 歩けるなら、早く来たまえ。儂が若い頃はなぁ……」 
「指名手配されてるのに行けるわけないだろーが! さては、俺を会社におびき寄せて捕まえる気だったな! 行くかバーカ!」
 常時は相手に聞こえないのをいいことに、怒りをぶつけた。
 留守電を切り、問答無用で着信拒否に設定する。今まで設定していなかったのが不思議なくらい、クズな上司だった。
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