悪夢症候群

緋色刹那

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第4部 第1章「天使ちゃんと悪夢ちゃん」

第4話『待合室、再び』⑷

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 どうやらカオリがいなくなったことで、会社の上司も変わってしまったらしい。
 現実の上司は気さくで、思いやりの人だった。あの人なら、指名手配中の常時を匿ってくれたかもしれない。常時は「他人には頼れない」と確信した。
 変装のため、大通りから少し奥に入ったところにある古着屋へ入った。店員も客も常時に気づかず、素通りしていく。
 購入した服を試着室で着替え、店を後にしようとしたその時、見覚えのある制服の二人組が入ってきた。警察官だった。
「警察です。少し、店内を見て回ってもよろしいでしょうか?」
「は、はい。構いませんが……」
 店内に緊張が走る。
 常時はやむなく、レールにかかっている服と服の間に隠れた。警察官は常時の前を何度か通ったが気づかず、店を出て行った。
 常時は安堵し、外へ出ようとした。しかし服がレールに引っかかっているのか、身動きが取れない。
「すみませーん! 引っかかって出られないんですけどー!」
 呆れられるのを覚悟で、店員や客に声をかける。
 だが、彼らも常時に気づかない。目の前で立ち止まり、服を物色する客ですらも、「この服ダサいなぁ」と呟くだけで、常時の存在には全く気づかなかった。
(なんだ、この店……?! 何で気づかないんだ?! 人がレールに引っかかってるんだぞ?! 気づけよ!)
 やがて閉店時間になり、常時は他の服と共に段ボール箱へ詰められた。大の男が入れる大きさではなかったが、なぜかフタは閉まった。
 どこかへ運ばれ、降ろされる。人の気配がなくなったので顔を出してみると、先が焼却炉になっているベルトコンベアに乗せられていた。
「やばいやばいやばい……!!!」
 慌てて箱から脱出し、ベルトコンベアに逆らって走る。焼却炉はゴウゴウと音を立て、古着の入った段ボール箱を次々に飲み込んでいった。
 常時はとっさに箱から子供用のピンクのダッフルコートを取り出すと、ベルトコンベアの隙間に噛ませた。ベルトコンベアは徐々にスピードが落ち、しばらくして完全に止まった。
「今のうちに……!」
 常時はベルトコンベアを駆け抜け、洋服屋の裏口から外へ出た。
 裏口の先は河川敷が広がっていた。川べりに、例の双子の少女が並んで立っている。
「あンのクソガキども!」
 常時は怒りに任せ、双子を川へ突き飛ばそうとした。怒りで我を忘れ、街中に河川敷が広がっている違和感に気づけなかった。
 常時の体は双子をすり抜け、豪快に水しぶきを上げ、川へ落下する。
 双子の顔はのっぺらぼうで、川に落ちた常時を指差し、ケタケタと笑っていた。
「このッ! カオリの代わりに悪夢を見るとは言ったけどなぁ……度が過ぎるんだよ、性悪! 俺は電話の女に頼まれただけって言っただろ?! 元はと言えば、お前らの親が悪いんだ! 俺やあの女の恨みを買うような悪事をしたから! 恨むなら、親を恨め! フランス人形みたいな格好しやがって……そんなに人形が好きなら、人形になってしまえ!」
 常時は岸へ戻ろうと、もがく。
 しかしもがけばもがくほど沈み、気づけば水面が遥か先に広がっていた。川に底はなく、このまま沈めば二度と地上へ戻れなくなりそうだ。
 生き物も漂流物も、何もない。川は底へ近づくほど暗く、光が届いていなかった。
(何なんだ、この川……深海か? このまま沈んだら、悪夢の中で死んじまうのかな……)
 息ができず、頭がボーッとしてくる。
 社会的地位を追われ、檻の中で惨めに死を待つよりかは、いくらかマシな死に思えた。
「……!」
 いつ訪れるか分からない死を待っていると、どこからか声が聞こえてきた。
 声とともに、水面から何かが近づいてくる。逆光でよく見えなかったが、目の前まで来たところで、ようやく分かった。
「正夢さん!」
「カオリ?!」
 それは人魚の格好をしたカオリだった。
 カオリはポロポロと涙を流しながら、嬉しそうに常時を抱きしめた。



 カオリの声は、常時が目を覚ましても聞こえていた。
「正夢さん!」
「カオ、リ……?」
 寝たきりだったカオリは涙をいっぱいに浮かべ、常時の手を握っている。今は常時が長椅子に寝ていて、立場が逆転していた。
 そばにはカオリの他に、カオリの主治医や看護師がいて、こちらを心配そうに見下ろしていた。
「良かった。奥さんが目を覚まされたって聞いて来たら、今度は旦那さんが倒れられるなんて。びっくりしちゃいましたよ」
「奥さん、ずっと声をかけていらっしゃったんですよ」
 常時は夢の中で、カオリが人魚になって助けに来たのを思い出した。
(そうか。あれは、本当にカオリの声だったんだな。あのまま沈んでいたら、俺は死んでいたかもしれない)
 病室を見回したが、双子の姿はなかった。
 仕事を終え、帰ったのだろう。常時が無事だと知ったら、どんな顔をするだろうか?
 常時は想像しようとして、やめた。今はカオリが起きて、そばにいてくれるだけで幸せだった。
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