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第20話:精霊の祠

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「元々、うちの精霊様は森からいらっしゃったんだ」

 お城を出て、移動中の馬車内にて。
 ……馬車っていうか、人くらい大きなウサギが引いてるんですがね? まぁ気にしないでおきましょう。とにかく馬車で移動中に、デノンさんがいろいろとお話しをしてくれました。
 ちなみにゴンさんは横を並んで走っています。入れませんしね?

「もう100年も前になるらしい、ひい爺さんたちの話だな。この国は森に守られるように存在しているが、それは時として森からの驚異を招き入れる諸刃の剣だった訳だ」

「ん~、まぁそうでしょうねぇ」

「そうしなけりゃ一族を守れないくらいに弱かったからな、フィルボは。……で、その昔、ホントにやばい獣が国を襲った。邪獣っつう巨大な漆黒の猛獣だったらしい」

「邪獣ですかぁ……この森、そんな大物まで住んでいたんですねぇ」

 デノンさんのひいお爺さん達は、その邪獣に対抗するために騎士団を投入し徹底抗戦。しかし、まるで刃が立たず何人もの犠牲が出てしまったらしいです。
 まぁ、邪獣って言ったら霊獣と対局を成す、邪悪な気に染まった獣ですからね……人類ごときがどうこうできる相手ではありませんとも。かつての騎士団にノーデさんほどの力を持つ人がいなかったとしたならば、お話しにならない程の絶望的存在でしょう。
 このままでは国家転覆……そう覚悟を決めねばならない状態に陥ったそうです。

「そんな時に、森から精霊様が顕現してくれたのさ。精霊様はその力で邪獣を翻弄し、そのまま森に追い返してくれたって話だ。……ひい爺さん達は、そんな精霊様を崇め祠を作って祈りを捧げるようになった。んで、精霊様もなんでか森に帰らず、この国に腰を落ち着けてくれて国を潤してもらってるって訳だ」

「んん? フィルボは森を信仰してるんですよね? 今の話だと、そのままその精霊様が信仰の対象みたいな感じですけど」

「あぁ、そこは精霊様のお達しさ。森が潤えばそのまま自分の力も増す。だから森を信仰し、森と共に生きることが何より自分の為になるってな? おかげで森に鍛えられ、俺らフィルボもそこそこに戦えるまでになったよ。今では他国に侵略され難くなってきたから、商人を迎えての交易すら可能になったんだ」

 なるほどですねぇ。
 彼らが森を信仰する根本的な要因は、そこだった訳ですね。
 ……しかし、百年前の精霊様ですかぁ。

『……ゴンさん?』

『…………なんだ』

『ゴンさんが守護者として森に居付いたのも、百年前ってお話しでしたよねぇ? これ、偶然ですか?』

『…………』

 なんとなぁく気になるので、念話で少し確認いたしましたが……だんまりですか。
 邪獣なんてものがいる森に、霊獣であるゴンさん。そして森にいた上位精霊。
 偶然とは言い難い役者の揃い方してますよねぇ。

『少なくとも、今は貴様が気にする事ではないわ。済んだ話故な』

『まぁそうなんでしょうけどね~』

 はぐらかされてしまいました。
 けどまぁ、何もないと言われるよりはいいお答えでしたかね? いずれは話してくれそうな空気です。
 今は、その精霊様に集中しましょうか。

「ん、もうそろそろ付くな」

 そんな事を考えていたところで、ナイスタイミングにデノンさんが到着を知らせてくれます。
 場所は、王都内の農業用スペース。お城から南西にしばらく進んだ場所、とのことですが……。

「農業用の区画に祠が建ってるんですか?」

「逆だなぁ。祠が建ったから一番に土壌が良くなり、そこを中心に農業用区画が出来上がっていったのさ」

 なるほど、とても理にかなっています。

「さ、到着したぞ」

 馬車……うしゃ? が停止し、目的地についたことを示します。
 私は浮いてるから揺れとかはわかりませんでしたが……デノンさんはやれやれといった感じに腰をトントンしてますねぇ。可愛い。
 さて、ここに土壌汚染の原因があればよいのですが……。

「……ふわぁ」

 兎車を出て、最初に出たのはため息でした。
 私の視界には、一杯に白桃がごとき目に優しいピンクが広がっていたのです。

「ヤテンの畑さ。綺麗だろ?」

 えぇ、えぇ、それはもう。
 なんという色鮮やかな絨毯でありましょう。風にざわめく度にその絨毯は表情を変え、まるで寄せては返す白波のような情緒を見せています。
 淡桃の波が引けば、そこから葉や茎による鮮やかな緑も垣間見え、まったく視界を飽きさせません。
 やはりヤテンは味だけでなく、その美しさも大切な要素なのですね……これは、ガラスのポットも至急用意しておかないと。
 もっとも香り高く、もっとも色鮮やかな瞬間をお茶にできたら、それはどれだけ素晴らしいことでしょう。

「祠はこの奥にあるんだが……お~い?」

『ちんくしゃ、何をぼうっとしておるか』

「はっ!」

 いけないいけない。いつの間にかゴンさんも合流していた様子。
 さっき集中しないとと言っておきながら、なんたる体たらくでありましょう。
 ヤテン畑に一筋走る小道に進んでいくお二人を、私は慌ててフヨフヨとおいかけます。
 はたして、こんな素敵な空間で祀られている精霊様とは、どのような御方なのでしょう?
 
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