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第21話:なんぞこれ

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「さぁついたぞ。ココが精霊様の祠だ」

「……ここ、ですか?」

「そうだ」

「……本当に?」

「そうだってば」

「えぇ……」

 ヤテン畑を進むこと、およそ10分。
 その畑の中心地点に存在していた、祠と呼ばれる存在。
 はたしてどんな物かと期待していましたが……これは、これは……。

「なんで保育園になってるんですか……?」

 そう、保育園です。
 ヤテンがぽっかりと開いた区画に運動場が存在し、そこに一本の大きな樹が生えています。
 その樹を柱にしているかのように建築されているのは、ヤテン色に染められたパステルな屋根の一軒家。
 横に広く建てられたその建物からは、「きゃー!」だの「わは―!」だの叫びながら、沢山の少年少女が飛び出し園庭で遊び始めていました。
 うん、まごうことなき保育園です。

「……まぁ、なんだ。精霊様のご意思ってやつだよ。子供の内にこの祠で保育されると、加護が貰えるんだ。大人になっても健やかに過ごせますようにってな。俺らも仕事に専念できるし、結構助かってる」

「えぇぇ、精霊様ご自身が子供の面倒見てるんです? しかもわざわざこんな建物建てて!?」

「あぁ、元々はそこに生えてる一本の樹が精霊様の祠として機能してたんだが、ひい爺さん達に精霊様が言ったんだよ。『国の立て直しをする間、若葉らは私が面倒を見てやる』ってな。それから精霊様が子供を見てくれるようになって、子供が遊べる環境を作って、今の姿になったわけだ」

『…………むぅ』

 お、おぉう、意外にもいいお話しなのでこれ以上のツッコミようがありません。
 精霊様は、この国の民を本当に良く思っていらっしゃるようですね。
 でも、ゴンさんがなんだか遠い目をしているのは何故でしょう?

「さ、入ろうか。今の時間ならすぐに会えると思うぞ」

「あー! 園長先生だ!」

「えんちょー! えんちょーだ!」

「くまだぁぁぁぁぁぁ!!」

 デノンさんが一歩踏み出し、それを子どもらが察知した瞬間、嵐が吹き荒れました。
 そう、子どもは興味が集中するとそこに群がるものなのです。一部除いて。

「おうガキども、今日も元気だなおい」

「わー! わー! 園長がおんなのひとつれてるぞー!」

「えっちだ! えんちょうえっちだー!」

「ふわぁ、おねえさんきれ~」

「くまだぁぁぁぁぁ!!」

 あ、あはは、愛想笑いしか出来ない~。
 ていうかデノンさん園長先生なんですか? 王様なんじゃないんです?

「……まぁ、俺も国の責任者として運営を任されてるってだけの話だよ」

 苦笑いを浮かべつつ施設の中に入っていくデノンさんですが、子ども達のなつきようから見ても、結構突っ込んだお付き合いしているのは明らかです。
 ははぁん、さては足長おじさんやってますね?

「くまだぁぁぁぁぁぁ!! くまだぁぁぁぁぁぁ!!」

『おい、おいちんくしゃ! 此奴等をなんとかせよ!』

「くまだぁぁぁぁぁぁ!!」

 園庭では、ゴンさんが子ども達に群がられて困惑していらっしゃる様子。いやぁ、若いってのは怖いもの知らずで良いですねぇ。
 というか、普通は子どもでもくまさんには近づかないような気がしますけどね~。アグレッシブな子たちだこと。

「あ~、どうにかしたいのは山々なんですがね~。デノンさん見失ったらあれですし、私ちょっと先に行ってますね?」

『なにぃ!? おい、待てちんくしゃ!』

「いやぁ大人気で羨ましいですね~。皆~、このくまさんとい~っぱい遊んであげてくださいね~?」

「「「はーい!!」」」

『ぬおぉぉぉぉぉ!?』

 ふう、これで私の方に来る子はいないでしょ。
 さてさて、デノンさんの所に行きましょうかね~。



    ◆  ◆  ◆



 保育園にふよりと入り込むと、樹の香りがふわりと私を出迎えてくれました。
 建てられてから手入れは怠っていないのでしょう。年季が入った床や壁ですが、どこもささくれ一つなくすべすべです。
 棚は角が丸く作られていますし、段差らしきものはパッと見皆無。子ども達のための環境が取り揃えられた完璧な空間です。しっかりバリアフリーできてますねぇ。
 周りを見回してみると、お城でも見かけたお花が花瓶に差してあるのが見えました。どうやら、あのお花はここの子ども達から貰ったみたいですね。そりゃあ、飾ってあげたくもなるってものですねぇ。

「ん? 守護者様はどうした?」

「子ども達と遊んでるみたいですね~」

「あ~……まぁ、意外な一面だなぁ」

 あ、わかってて乗りましたねデノンさん。
 今から戻って子ども達に何かしら言うのがめんどいんですね? わかりますよ~。
 というわけで、共犯になった私達はそのまま園内のとある場所を目指します。
 その場所……うん、入ってすぐわかりましたよね。だって、溢れんばかりに魔力を感じるんですもん。
 建物を支える柱になっている、大きな樹の根元。そこにある、仏壇のような観音開きの扉。
 わかりやすく言えば、樹に直接作られたお部屋みたいな感じの場所でした。

「精霊様、デノンですよっと」

 デノンさんは、その扉を特に緊張なくノックしています。
 うん、気にした様子はありませんが、魔力が一瞬デノンさんを包んで本人確認してましたね。
 あの時は子ども達に呑まれて気づきませんでしたが、おそらく敷地内を跨いだ段階でも同じようなことされてましたねこれ。私、気づけてないのゴンさんに怒られそう……。

「ん、失礼します」

 私が憂鬱な気持ちでおりますと、デノンさんは扉をゆっくりと開いていきます。
 手招きしているあたり、私が入る手続きもしてくれたんでしょうか? ありがたいことですね。
 という訳で、中に突撃しちゃいましょう!

「しつれいしま~す」

「はぁい、いらっしゃい!」

「もがふ!?」

 中に入った瞬間、私は一人の人物に抱きしめられていました。
 な、な、なんというフレンドリー!?

「あらぁん、とっても可愛らしいお客様だこと! ねぇ、デノンくんもそう思わない?」

「むぐぐ~!?」

「はぁ、まぁ見目麗しいのは認めますけど、とりあえず離してあげたらどうです? 怖がってますよ」

「あらそぉ?」

 もがもがする度に胸いっぱいにアロマな香りが広がっております所、デノンさんのおかげでようやく解放してもらえました。

「びっくりした? ごめんなさいねぇ?」

「い、いえ……」

 困惑のままに抱きしめてきた相手を見ますが……おっと?
 これは、何と言ったらよいのでしょう。

「あの、すみません」

「何かしら?」

「…… 

 目の前にいらっしゃる御方……そう、大変に美しい外見のその方は、なんともアンバランスな方でした。
 まず、最初に抱きしめられた時の印象は、声がダンディってことでした。テンションのせいで結構上ずった感じでしたが、それでも女性をメロメロにできそうなハスキーボイスです。
 胸板も硬かったですし、男性かと思っていたのです。

 しかし……こうして顔付きを見てみると、その自信が失せてしまうくらいに美しいものでして。ついつい質問してしまいました。
 艷やかなストレートの黒髪は肩甲骨まで伸び、髪留めすら滑り落ちそうなキューティクルを見せつけています。

 輪郭は細く、切れ長の瞳が麗しさを演出。さらに長いまつ毛が高貴な見た目に拍車をかけつつ、ズギャンとマウンテンな鼻が美の極地を高らかに宣言しているではないですか。
 うん、ぷっくり唇も相まって、完全に女性にしか見えません。

「んふふ、さぁて、どっちでしょう?」

 でも声がめっちゃダンディ!!
 こうして見ると体つきは男性っぽいです! けど美女なんです! なんでしょう、この背徳的な感じ!?

「あ~、まぁそうなるよなぁ……まぁ、なんだココナ。この方が俺らの土地を守護してくださってる精霊様なんだよ」

「ふふふ、よろしくねん? フランクに、エレメンタルのえっちゃんって呼んでいいのよん?」

 え、えっちゃん……なんというインパクト。
 はたして私は、彼……彼女? ……え、えっちゃんと仲良くなれるのでしょうか……!?
 
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