羽の生えた男

ざしきあらし

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  男の背中には、立派な羽が生えていた。幼いころに羽があることを理由にいじめられてから、男は羽を隠して生き続けてきた。羽は男の成長とともに大きくなる。気づかれればまた何か言われる。それを恐れて、男は羽を押さえつけるように体に包帯をぐるぐると巻き付けた。きつく、きつく巻き付けるため、常に苦痛に耐える生活を送る羽目になっていた。
  物理的な苦痛を伴う隠し事の反動か、羽を見られてもいいことなんかないんだと強く思う一方で、これから出会うであろう大切な人になら、見られてもいい、きっと相手は見てもなんとも思わないだろうと、根拠も何もない幻想を心の隅に抱いていた。勝手に思い込み、男は勝手に安心していた。

  そんな男に、ある時恋人ができた。相変わらず、男は羽を隠し続けている。
決して羽のことを忘れているわけではないが、恋人といるときに羽のことは考えないようになっている。男は羽を気にしていない。
  だから、羽を見られてしまった。些細な、ミスである。男の家に恋人が泊まりに来ていた時。風呂から上がった男が上半身裸で出てきたのだ。
  羽を見るなり、恋人は悲鳴を上げる。
どうしたんだよと、男はへらへらと笑いながら恋人に近づくと、近寄るな、と叫ぶ。
「よく見れば、あなたの肌はスーパーに売られている鶏肉のような肌をしているわ。」
 と、恋人は罵倒した。
「そんなことはない。よく見てくれ。」
 と、男は近づく。
  実際に、男の肌は鳥肌ではない。羽が生えているだけである。一般の人と何ら変わりない肌である。
  いや、来ないでと、恋人は拒絶する。
  よく見てくれ、そんな、そんなことはないんだとさらに男は近寄るが、恋人は聞く耳を待たない。
  羽を見ただけで、恋人は男の肌が鳥肌であると決めつけてしまった。
  その後、恋人は散々罵倒し、男の家を去った。

  時がまた流れ、男は社会人になった。相変わらず、羽を隠し続けている。羽を隠すために毎日包帯を巻き続けたため、羽は小さく弱弱しく、しかしそこにちゃんと存在し続けていた。
  就職し、スーツを着るようになった。
  会社内で人と接する、接しながら仕事をする。そのスーツの下には羽がある。誰にも言えない。相談できない。
  男は羽を隠し続けている。

  そしてついに、男は疲れ果ててしまった。
  明日のことを考えることができない程、男は疲れてしまった。
  夜、住宅街を歩く。男は空を見上げない。
  スーツに袖を通し、羽を隠して。普通に生きる。それが男には、もうできない。

  普通とは、何だろう。普通とはみんなと同じことであろうか。羽はみんなには生えていない。であればわたしは普通ではない?普通ではないものに手を差し伸べるものはいるか?否、そんなものはいない。過去の恋人はわたしを許してくれなかった。もうわたしは羽を誰かに見せるとこができない。怖いんだ。拒絶されるのが。自分が普通じゃないという事実を、突きつけられるのが。
  わたしは疲れてしまった。

  男は会社に行かなくなり、人から隠れて生活するようになった。
  ふと、死のうと思い立った。何の前触れもなく、突然に。死ぬのであれば別に人の目なんて気にしなくていい。どうでもいいんだ、と男は開き直ったように自宅から外に出る。せっかく死ぬなら外がいいと、変な清々しさを閉ざした心から引っ張りだし、ついでにワイシャツも引っ張り出し、外を歩く。
  川にやってきた。流れは緩い。だが川の深さはそこそこありそうだ。
  男はじゃぽじゃぽと川に入っていく。
  すると、男の後ろから、後を追うようにじゃぽじゃぽと水音がする。次第に音は近づき、突然男は肩をつかまれる。男は自殺を止めに来たんだなと察し、抵抗する。
  しかし男は力負けし、ものすごい勢いで川岸まで引っ張られていく。誰が引っ張っているのか、まだ顔が確認できない。引っ張られ続ける男。
  川岸付近の浅瀬まで来たとき、男を引っ張り続けている人物が男から手を離した。
  何をするんだと男は言うが、声に力が入らない。膝にも力が入らず、男は立ち上がれない。気づけば、男は涙を流していた。
  男が視線を上げると、そこには人がいた。男を川岸まで引っ張った人だ。とても力が強そうには見えないが、その人の目は、らんらんと輝いている。なぜ命を絶とうとしたんだ。生きろ。目がもうそう訴えかけているが、その人はさらに言い放つ。
「死ぬな。」
  生きろ、とは言わなかった。生きろ。生き続けろ。時にこの言葉は呪いのように重く心にのしかかる。
 死ぬなと言われた男は耐えきれなくなり、さらに涙を流す。
  羽を隠すうちに人と関わることを避けていた。ちょっとした日常会話はするが、そこに深い関りはない。羽が生えているという簡単に明かすことのできない秘密を抱える以上、後ろめたい気持ちが会話に表れ、続かない。秘密にしなきゃという強い使命感は、長い年月で歪み、日常会話の中で、明らかに感じる抵抗を生み出してしまった。そんな男にとって、死ぬなという単語は、あまりにも大きく、そして力強い言葉だった。
  濡れたワイシャツが透けて、背中の羽が顔をのぞかせる。         泣き続ける男はハッとし、羽を隠そうとするが、もう遅かった。男を助けた人物は羽に気づいていた。
  男は絶望する。そして背を向け、また川に向かって歩き出す。
  すると、あろうことか、男を助けた人は羽を素敵だといった。耳を疑い振り返る男。二人は見つめ合う。
  疑いと、呪いの込められた視線。生きる希望でらんらんと輝いている視線。男は生きる希望でらんらんと輝いているその視線に、何の偽りがないと察し、また涙を浮かべる。男の目から、死を選んだ理由を理解したもう一人は、じゃぱじゃぱと駆け寄って男を抱きしめた。
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