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第三章 擬似恋人としての日々
俺の恋人です
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直人と健の関係は軽音部ではまだ公にしていない。でも部員たちは、直人と健の距離が近くなってきているのを、薄々感じているようだった。
「直人先輩、最近、雰囲気変わりました?」
後輩で、健と同級生の拓真が話しかけてきた。
「僕、そんなに変わった?」
拓真は大きく頷いた。
「はい、なんか落ち着いた、というか。いつも表情が柔らかいというか」
「そ、そっかなぁ……」
拓真にそう言われると、なんだか恥ずかしくなって、俯いてしまった。
「いや、そうじゃなくて――」
拓真の声色が少し変わったので顔を上げると、拓真の視線の先には――。
健を目で追っているのが分かった。
――あぁ、拓真はもしかしたら、健のことが――。
そう考えると、胸の奥がじくりと痛んだ。
拓真は直人との会話を終えると、健に話しかけた。健への視線の送り方、話しかける表情を見ると、ただの部活仲間という感情以外のものが見え隠れしていた。そう思うと、なぜか胸の奥がざわついた。
なんだろう、この感情……。
今までに感じたことのない感情が全身を駆け巡る。得体の知れない気持ちに、翻弄された。それと同時に、なんだか分からないが、健のことを独り占めしたいという気持ちが膨れ上がった。そう思った途端、拓真と話している健の元に自然に足が向かっていた。
「健、今日バイトだったよね?」
すると健は嬉しそうに直人を見ながら「覚えてくれてたんだ」と言った。
「今日、僕もバイトでさ。一緒に帰りたいから、どこかで待ち合わせしない? それか僕の方が早く終わるんだったら、健のバイト先まで迎えにいってもいいし……」
そこまで言うと、急に今まで言ったこともないことを口から出しているのに気づき、恥ずかしくなった。
しかし健は、今まで見たことがないほど嬉しそうに目を細めて破顔した。
「迎えにきてくれるの? 嬉しいっ! 俺、夜の九時までだけど、直人は?」
健が直人のことを名前で呼んでいることに気づいたのか、拓真の眉間に深く皺が刻まれた。それを横目でチラリと見ると、直人は心の中がなんだかスッキリしたように感じた。
「僕は八時過ぎには終わるから、健のカフェに行ってもいい?」
「うん! もちろんっ!」
今までお互いバイトがある日は、それぞれ別々に帰っていたのだが、今日、初めて自分が健と一緒に帰りたいと思って誘ってみた。自分で何かを選択したことがないのに、健のことに関しては自らやりたいと思うことをやってしまう。
――少しは恋人っぽくできてるかな?
そう思うと嬉しくて顏が自然とほころんだ。
バイト終わりに、健の働く駅前のカフェへと立ち寄った。思いの外、早く到着してしまい、健が終わるまで外で待っておこうと思ったが、まだ営業時間だったので中に入ってコーヒーを飲みながら待とうと注文口へ向かった。直人の姿を見た健は、嬉しそうに隣に立っていた同僚に「彼氏の直人です」と紹介した。それを聞いた直人は面食らったが、健は至って自然にその言葉を口にしていた。
「へぇー、健くん、彼氏いたんだ! 知らなかった」
直人のオーダーしたコーヒーを作りながら健と二人で雑談している。店内にオーダーする人がいないので、手持ち無沙汰だからか。
「最近、付き合い始めたんですよ。ね? 直人」
健に急に話を振られて、直人はコクコクと頷くしかなかった。健の隣にいた同僚が、直人に目を向けた。それは直人を見定めようとしているような女性特有の目つきだった。まるでお前は健には相応しくないと言われているようで、身がすくんだ。
「直人くんって、健くんの大学の先輩?」
同僚から笑顔を向けられているが、その目は笑っていない。
「……はい」
自分の中身のなさを見透かされているようで、恥ずかしくなった。直人は俯くしかなかった。
「そっかぁ。健くん、ずっと元気なかったんだけど、最近、明るくなったと思っていたんだよね。直人くんのおかげだったんだ」
その言葉に驚き、目を見開いた。ゆるゆると顔を上げると、その同僚は心から安堵した表情をしていた。よっぽど健のことを心配していたのだろうか。それほど健の状態が今までよくなかったと言うことを意味していた。
「そ……う、ですか」
なんとか絞り出した言葉は、掠れていた。自分が少しでも健の役に立てていたのだと思うと、少しホッとした。
「うん。恋愛の力ってすごいね」
――恋……愛?
直人と健は、擬似恋人であって、実際に恋をしているわけではない。それなのに、どうしてその言葉が心の奥底に引っかかってしまうのだろうか。直人は不思議でならなかった。
健のバイトが終わり、並んでマンションへ向かう。なんだか心がふわふわしていて、地に足がついていない。なんとか自分の意思を強く保とうとようやく喉から言葉を出した。
「恋人って紹介するなんて、思ってなかったよ」
その言葉を聞くと、頬を赤く染めて健はすまなそうに眉を下げた。
「ごめん。咄嗟に出ちゃった。どうしても、直人を俺の恋人だって紹介したくて……」
それは、まるで自分の彼氏をみんなに知って欲しいとでも言いたげな物言いだった。
「別にいいけど……。でも、みんなに話すの? 部活のみんなとか……」
健のことを助けたいと思って擬似恋人になると決めた。今までのように流されたわけでもない。
「直人が嫌だって言うんだったら、言わないけど……」
しょんぼりと目を伏せている健を見ると、変なことを言ってしまったと理解した。
「いや、そんなことはないよ。健が言いたいと思う相手には言ってもらってもいいから」
そう言うと健は太陽のように明るく笑った。
「ありがとう! なんか現実味が出てきたよね」
直人はその時、健の言った言葉の意味が理解できなかった。
「直人先輩、最近、雰囲気変わりました?」
後輩で、健と同級生の拓真が話しかけてきた。
「僕、そんなに変わった?」
拓真は大きく頷いた。
「はい、なんか落ち着いた、というか。いつも表情が柔らかいというか」
「そ、そっかなぁ……」
拓真にそう言われると、なんだか恥ずかしくなって、俯いてしまった。
「いや、そうじゃなくて――」
拓真の声色が少し変わったので顔を上げると、拓真の視線の先には――。
健を目で追っているのが分かった。
――あぁ、拓真はもしかしたら、健のことが――。
そう考えると、胸の奥がじくりと痛んだ。
拓真は直人との会話を終えると、健に話しかけた。健への視線の送り方、話しかける表情を見ると、ただの部活仲間という感情以外のものが見え隠れしていた。そう思うと、なぜか胸の奥がざわついた。
なんだろう、この感情……。
今までに感じたことのない感情が全身を駆け巡る。得体の知れない気持ちに、翻弄された。それと同時に、なんだか分からないが、健のことを独り占めしたいという気持ちが膨れ上がった。そう思った途端、拓真と話している健の元に自然に足が向かっていた。
「健、今日バイトだったよね?」
すると健は嬉しそうに直人を見ながら「覚えてくれてたんだ」と言った。
「今日、僕もバイトでさ。一緒に帰りたいから、どこかで待ち合わせしない? それか僕の方が早く終わるんだったら、健のバイト先まで迎えにいってもいいし……」
そこまで言うと、急に今まで言ったこともないことを口から出しているのに気づき、恥ずかしくなった。
しかし健は、今まで見たことがないほど嬉しそうに目を細めて破顔した。
「迎えにきてくれるの? 嬉しいっ! 俺、夜の九時までだけど、直人は?」
健が直人のことを名前で呼んでいることに気づいたのか、拓真の眉間に深く皺が刻まれた。それを横目でチラリと見ると、直人は心の中がなんだかスッキリしたように感じた。
「僕は八時過ぎには終わるから、健のカフェに行ってもいい?」
「うん! もちろんっ!」
今までお互いバイトがある日は、それぞれ別々に帰っていたのだが、今日、初めて自分が健と一緒に帰りたいと思って誘ってみた。自分で何かを選択したことがないのに、健のことに関しては自らやりたいと思うことをやってしまう。
――少しは恋人っぽくできてるかな?
そう思うと嬉しくて顏が自然とほころんだ。
バイト終わりに、健の働く駅前のカフェへと立ち寄った。思いの外、早く到着してしまい、健が終わるまで外で待っておこうと思ったが、まだ営業時間だったので中に入ってコーヒーを飲みながら待とうと注文口へ向かった。直人の姿を見た健は、嬉しそうに隣に立っていた同僚に「彼氏の直人です」と紹介した。それを聞いた直人は面食らったが、健は至って自然にその言葉を口にしていた。
「へぇー、健くん、彼氏いたんだ! 知らなかった」
直人のオーダーしたコーヒーを作りながら健と二人で雑談している。店内にオーダーする人がいないので、手持ち無沙汰だからか。
「最近、付き合い始めたんですよ。ね? 直人」
健に急に話を振られて、直人はコクコクと頷くしかなかった。健の隣にいた同僚が、直人に目を向けた。それは直人を見定めようとしているような女性特有の目つきだった。まるでお前は健には相応しくないと言われているようで、身がすくんだ。
「直人くんって、健くんの大学の先輩?」
同僚から笑顔を向けられているが、その目は笑っていない。
「……はい」
自分の中身のなさを見透かされているようで、恥ずかしくなった。直人は俯くしかなかった。
「そっかぁ。健くん、ずっと元気なかったんだけど、最近、明るくなったと思っていたんだよね。直人くんのおかげだったんだ」
その言葉に驚き、目を見開いた。ゆるゆると顔を上げると、その同僚は心から安堵した表情をしていた。よっぽど健のことを心配していたのだろうか。それほど健の状態が今までよくなかったと言うことを意味していた。
「そ……う、ですか」
なんとか絞り出した言葉は、掠れていた。自分が少しでも健の役に立てていたのだと思うと、少しホッとした。
「うん。恋愛の力ってすごいね」
――恋……愛?
直人と健は、擬似恋人であって、実際に恋をしているわけではない。それなのに、どうしてその言葉が心の奥底に引っかかってしまうのだろうか。直人は不思議でならなかった。
健のバイトが終わり、並んでマンションへ向かう。なんだか心がふわふわしていて、地に足がついていない。なんとか自分の意思を強く保とうとようやく喉から言葉を出した。
「恋人って紹介するなんて、思ってなかったよ」
その言葉を聞くと、頬を赤く染めて健はすまなそうに眉を下げた。
「ごめん。咄嗟に出ちゃった。どうしても、直人を俺の恋人だって紹介したくて……」
それは、まるで自分の彼氏をみんなに知って欲しいとでも言いたげな物言いだった。
「別にいいけど……。でも、みんなに話すの? 部活のみんなとか……」
健のことを助けたいと思って擬似恋人になると決めた。今までのように流されたわけでもない。
「直人が嫌だって言うんだったら、言わないけど……」
しょんぼりと目を伏せている健を見ると、変なことを言ってしまったと理解した。
「いや、そんなことはないよ。健が言いたいと思う相手には言ってもらってもいいから」
そう言うと健は太陽のように明るく笑った。
「ありがとう! なんか現実味が出てきたよね」
直人はその時、健の言った言葉の意味が理解できなかった。
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