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第三章 擬似恋人としての日々
健の元カレ
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六月。梅雨に入ると室内はジメジメと湿気が多くなり、過ごしにくくなった。マンションの窓から見える公園の緑は、雨にぬれて鮮やかな緑色をしている。
とっぷりと日の暮れた窓の外ではしとしとと雨が降り続いている。その日は珍しく直人も健もバイトがなく、部活が終わって二人揃って家に帰ってきた。いつものように食事を終えると、リビングのソファで肩がふれあいそうなぐらいの距離に座って音楽を聞いていた。
「健はテレビ見たいと思わないの?」
リビングには四十インチのテレビが設置してあるのだが、直人がここに越してからは一度も電源が入ったことがない。もしかしたら、あまりテレビを見ない直人に健が合わせているのではないかと不安になった。
「俺、音楽好きだし、テレビ見なくても平気だし」
「で、でも、こんな大きなテレビあるのに……」
直人の言葉に健は俯いた。
「それ、元カレの、なんだ……」
あぁ、そうだった。直人がここに住む前、健は元カレとここで生活していたのだ。
「ご、ごめん……。なんか、辛いこと思い出させちゃった、よね」
申し訳ない気持ちでいっぱいになって、思わず俯く直人の手を健はそっと握った。その手が温かく、直人が顔を上げると、健の顔が触れそうなほど近くにあり、目を見開いた。でもその距離感は全く嫌なものではなかった。
「ううん。大丈夫。今は、直人がいてくれるから……」
窓を打ちつける雨音が部屋に静かに響いた。健は直人の手を解き、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「元カレの大輝とは高校一年の時に出会ったんだ」
「同級生?」
「うん。同じクラスで。最初は気の合う友達だったんだけど、明るくて優しいし、すごく面白い子。一緒に過ごすうちに、もっと親密な関係になりたいと思って、ダメ元で思い切って告白した。俺、中学の時にゲイって自分で分かっていたけど、怖くて好きな子ができてもそれまでは好きな気持ち押し込めていたんだ。でも、その時初めて伝えることができて、オッケーもらえたんだ」
受け入れてもらえた時のことを思い出しているのか、健の頬が綻んだ。
「そうなんだ」
健はさらに話を続けた。
「付き合い始めてから、本当に楽しくて。将来のこととかいっぱい話したなぁ。本当は同じ大学に行こうって言ってたんだけど、結局違う大学になっちゃって。でも、一緒に暮らそうねって約束してたから、ここで同棲してた」
楽しい日々を思い出していたのか、健は目を伏せながらも微笑んでいた。その姿を見ると直人の心の奥で何かがざわついた。それは今まで感じたことのない、重い暗い感情だった。そして、健の表情が元カレを恋しく思っているように見えて、イヤだった。
「この部屋、意外と広いでしょ? だからよく、お互いの大学の友達を呼んで一緒に食事したりしてた。俺も学部の友達呼んだりして、俺が作った食事をみんなが美味しいって食べてくれるのがすごい嬉しかった」
そう語ると、急に健の表情が曇った。
「ちょうど今年の三月、うちの大学の卒業式の日に友達から電話で言われた。『実は大輝と付き合ってる』って――」
あの日、橋の上で健が泣いていたのは、友人からそのことを伝えられたからだったのか。それとも、直接元カレの大輝と話をしたのだろうか。
「そう……だったんだ……」
健は一瞬、唇をギュッと引き結んでから口を開いた。
「二人とも大切だったから、余計ショックで……。誰も信じられなくて、誰にも相談できなくて――」
その時の健の気持ちを考えると、直人は胸が苦しくなった。健に目を向けると、涙をうっすらと浮かべている。健を泣かせた人たちへの怒りと、泣いている健を慰めたいと言う気持ちが入り混じる。今までに感じたことのない、強い感情が湧き上がってきた。
「健は悪くないよ」
直人の口から出てきた言葉は、今まで聞いたことがないほど低かった。自分でも怒りがお腹の中でぐるぐる渦巻いているのが分かる。
「ううん。俺も悪いんだよ。だって大輝のこと、高校からの友達って紹介してたからさ。二人の様子を見抜けなかったし」
直人はかぶりを振って、健の手を自分の手で包み込んだ。
「そんなことはない。それは、健が相手のことを信じていたからでしょ? 健の優しさだって。大輝くんはきっと、健の優しさにつけこんだんだよ」
その言葉を聞くと、健の目からは大粒の涙が溢れ出した。今までずっと溜め込んできていた堰が切れたように。
「直人……」
「もう泣かなくていいよ。僕がいるから」
直人は涙が止まらない健を優しく抱きしめた。
とっぷりと日の暮れた窓の外ではしとしとと雨が降り続いている。その日は珍しく直人も健もバイトがなく、部活が終わって二人揃って家に帰ってきた。いつものように食事を終えると、リビングのソファで肩がふれあいそうなぐらいの距離に座って音楽を聞いていた。
「健はテレビ見たいと思わないの?」
リビングには四十インチのテレビが設置してあるのだが、直人がここに越してからは一度も電源が入ったことがない。もしかしたら、あまりテレビを見ない直人に健が合わせているのではないかと不安になった。
「俺、音楽好きだし、テレビ見なくても平気だし」
「で、でも、こんな大きなテレビあるのに……」
直人の言葉に健は俯いた。
「それ、元カレの、なんだ……」
あぁ、そうだった。直人がここに住む前、健は元カレとここで生活していたのだ。
「ご、ごめん……。なんか、辛いこと思い出させちゃった、よね」
申し訳ない気持ちでいっぱいになって、思わず俯く直人の手を健はそっと握った。その手が温かく、直人が顔を上げると、健の顔が触れそうなほど近くにあり、目を見開いた。でもその距離感は全く嫌なものではなかった。
「ううん。大丈夫。今は、直人がいてくれるから……」
窓を打ちつける雨音が部屋に静かに響いた。健は直人の手を解き、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「元カレの大輝とは高校一年の時に出会ったんだ」
「同級生?」
「うん。同じクラスで。最初は気の合う友達だったんだけど、明るくて優しいし、すごく面白い子。一緒に過ごすうちに、もっと親密な関係になりたいと思って、ダメ元で思い切って告白した。俺、中学の時にゲイって自分で分かっていたけど、怖くて好きな子ができてもそれまでは好きな気持ち押し込めていたんだ。でも、その時初めて伝えることができて、オッケーもらえたんだ」
受け入れてもらえた時のことを思い出しているのか、健の頬が綻んだ。
「そうなんだ」
健はさらに話を続けた。
「付き合い始めてから、本当に楽しくて。将来のこととかいっぱい話したなぁ。本当は同じ大学に行こうって言ってたんだけど、結局違う大学になっちゃって。でも、一緒に暮らそうねって約束してたから、ここで同棲してた」
楽しい日々を思い出していたのか、健は目を伏せながらも微笑んでいた。その姿を見ると直人の心の奥で何かがざわついた。それは今まで感じたことのない、重い暗い感情だった。そして、健の表情が元カレを恋しく思っているように見えて、イヤだった。
「この部屋、意外と広いでしょ? だからよく、お互いの大学の友達を呼んで一緒に食事したりしてた。俺も学部の友達呼んだりして、俺が作った食事をみんなが美味しいって食べてくれるのがすごい嬉しかった」
そう語ると、急に健の表情が曇った。
「ちょうど今年の三月、うちの大学の卒業式の日に友達から電話で言われた。『実は大輝と付き合ってる』って――」
あの日、橋の上で健が泣いていたのは、友人からそのことを伝えられたからだったのか。それとも、直接元カレの大輝と話をしたのだろうか。
「そう……だったんだ……」
健は一瞬、唇をギュッと引き結んでから口を開いた。
「二人とも大切だったから、余計ショックで……。誰も信じられなくて、誰にも相談できなくて――」
その時の健の気持ちを考えると、直人は胸が苦しくなった。健に目を向けると、涙をうっすらと浮かべている。健を泣かせた人たちへの怒りと、泣いている健を慰めたいと言う気持ちが入り混じる。今までに感じたことのない、強い感情が湧き上がってきた。
「健は悪くないよ」
直人の口から出てきた言葉は、今まで聞いたことがないほど低かった。自分でも怒りがお腹の中でぐるぐる渦巻いているのが分かる。
「ううん。俺も悪いんだよ。だって大輝のこと、高校からの友達って紹介してたからさ。二人の様子を見抜けなかったし」
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「そんなことはない。それは、健が相手のことを信じていたからでしょ? 健の優しさだって。大輝くんはきっと、健の優しさにつけこんだんだよ」
その言葉を聞くと、健の目からは大粒の涙が溢れ出した。今までずっと溜め込んできていた堰が切れたように。
「直人……」
「もう泣かなくていいよ。僕がいるから」
直人は涙が止まらない健を優しく抱きしめた。
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