正義の公安魔法科にスカウトされたけど、敵の方が正義に見える件

猫と犬

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4話 覚悟の刻

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「あいつ?」

「あいつが俺を誘拐した張本人だ」

 長髪から視線を外すことなく小声で問うた響に、啓介も同じように小声で返答する。
 響は小さく頷くと、静かに立ち上がる。啓介と長髪の間に立ち塞がるように割って入り、敵意のこもった目で長髪を睨んだ。

「あなたが啓介君を誘拐した犯人、そうだよね?」

「半分は正解だ。オレは確かにそこのガキを連れ去った。だが誘拐じゃない。捕獲だ」

 途端響の纏う空気がガラリと一変する。
 普段の彼女を包む朗らかな雰囲気はどこへやら、冷たく張り詰めた気配が彼女を包み込んだ。

「その捕獲って言葉、嫌いだから訂正して。……反吐が出る」

 啓介は唾を飲み込んだ。本当に響の口から出たのか疑いたくなるような荒々しい言葉とゾッとするような低い声音。
 いつもなら「反吐が出る」なんて言葉使わないし、さらに言えば「嫌い」ではなく「あんまり好きじゃない」とオブラートに包むはずだ。
 相手を言葉で攻撃し、恐怖を植え付けることだけを考えた彼女の姿勢に、啓介は戦慄せずにはいられなかった。

「悪かった。詫びよう」

 長髪はそうは言ったが、両手を顔のあたりまで上げて、口元を歪めている彼の態度からは謝罪の二文字は見えてこない。
 実際、彼が悪びれていないのは、

「あなたは誰?啓介君を誘拐したのはあなたの独断?それとも上からの命令?」

 響の問いかけに対しての

「名乗る義理などない。オレは上からの指示でガキをユウカ……捕獲しただけだ」

 という返答の節々から伝わってくる。
 誘拐を捕獲と言い直したのは響を煽るためだろう。現に彼女の眉はぴくりと僅かに吊り上がり、握り拳はプルプルと震えている。

「それで……」

 男は不意に足元のガラスの破片を拾い上げると、前腕を鞭のようにしならせて響に投げつけた。
 破片は一切動じない彼女の頬を掠め、髪の毛を数本切り落として背後の壁に突き刺さる。
 挑発とも威嚇とも取れる行動に、響は僅かに顔を顰めた。

「俺はいつまで待っていればいい?」

「待つって何を?」

「とぼけるな」

 長髪は髪をかきあげると、振り返って背後に回り込んでいた大地・柚葉両名を視界に収めた。

「そこの二人、隠れてコソコソ移動していたな。お前が喋ることでオレの注意を引き、その間に二人はオレの死角に入ることでいざ戦闘になった時、状況を優位に進めることができる……おおかたそんな算段だろう」

 確かに大地と柚葉は長髪の背後――4時と8時の方角にいる。12時の方角の響を合わせれば綺麗に3方向包囲だ。
 長髪は既に不利な状況に身を置いていると考えるのが普通。3方向から攻撃されればどんな大人でもひとたまりもない。
 
 そう、普通に考えれば、である。
 助けに来てくれた時の大地といい、倒れた人を見ても顔色ひとつ変えない女子高生2人組といい、何か並々ならぬものを啓介は感じ取っていた。
 どこか自分の住んでいる世界とは別の世界を彼らは生きているのかもしれない――。
 そんな啓介の推測は、先の長髪を包囲するための3人の連携で確信に変わった。
 3人が3人とも同一の目的のために動いていた。そこに言葉やジェスチャー、アイコンタクトは存在しなかった。
 間違いなく3人はこういったシチュエーションに慣れている。
 そしてそれは、彼女らが対峙している長髪にも言えることだった。
 包囲されても一切動じる気配がないのは、こんな状況を掃いて捨てるほど経験したからだろう。
 3人が包囲を完成させようとしているのを知りつつ、敢えてそのままにしていたのは、包囲しても意味ないよ、という無言の意思表示なのかもしれない。
 もしそうだとしたらこの男は響達より何枚も上手うわてと考えるのが妥当か。
 仮定の上の仮定。If on If. でもなんとなくこの想像は当たってる気がしていた。

「へえ、包囲されるって分かってて放置してたんだ」

「その通り」

「バカじゃないの?」

 響は乾いた笑い声を立てた。
 煽るための笑いではない。煽ったことがないからいざやるとなるとやり方が分からない――なんて可愛らしい理由でもないだろう。このとってつけたような笑い方は緊張笑い、Nervous laughterというやつだ。
 彼女も啓介と同じように長髪の言葉の節々から仄めかされる圧倒的自信を感じ取り、静かに戦慄しているに違いなかった。
 彼女の絹の額に浮かんだ僅かな汗からもそれを観察することができた。

「バカかどうかはオレが決めることじゃない。お前たちが決めることだろう」

 一歩。
長髪が前に出た、ただそれだけで空気が変わった。
倉庫内を満たしていた空気が、まるでスイッチを切り替えたように静止し、次の瞬間、圧力を孕んで流れを変える。
 響の喉が音もなく鳴った。
 倉庫に立ち込める空気は鉛のように重たく、ひとつ息を吸うだけで胸の奥まで圧し潰されそうだった。誰もが言葉を飲み込み、ただ沈黙だけが支配する。倉庫に取り付けられた埃まみれの時計の針の音さえ、どこか遠く感じられるほど、時間も動きを止めたかのようだった。

 長髪がさらに一歩前に出る。
 響が長髪の圧にたじろぎ、体を揺らした。彼女の額から汗が滑り落ち、頬、顎と伝って床に落ちる。

「ほら、来ないのか」

 人差し指をクイ、クイと立てて挑発するのを、苦虫を噛み潰したような顔で睨む響。
 柚葉と大地も男が一歩前に出るたびに距離を離されまいと歩みを進めるものの、隙がないのか手を出せずにいる。
 そんな3人の姿を見て長髪は鼻を膨らませて笑みを深める。

「無理だよな。民間人が目の前にいる状態じゃ魔法は使えない。その民間人が友人なら尚更だろう」

「魔法?」

 啓介が思わず聞き返すと、響の眉間に刻まれた皺が一層深くなった。大地も低く唸るように、てめえ……、と怒りを露わにする。

「そこのガキ、魔法が気になるならそこのお友達に聞いてみると良い。色々教えてくれるだろう」

「……靏音さん……」

 その言葉に釣られるように、響がほんの一瞬だけ啓介に視線を向けた。――その隙を長髪は見逃さなかった。

 男は身を屈め、踏み込みの音高く走り出す。
 啓介の目には長髪の姿が消えたようにしか見えなかった。次に長髪が姿を見せたのは響の目の前。彼の素早さに目を見開く彼女の腹に拳を捩じ込んだところだった。

「かは……っ!」

 うめき声を啓介の隣に置き去りにして、響は後方に吹き飛ばされて壁に激突する。鈍い衝撃音が倉庫に響き渡る。

「響っ!!」
「靏音さん!」

 2人の叫びにコホッコホッという血混じりの咳で答えた響は、乱れた前髪の奥から底光りする眼で長髪を睨みつけた。
 拳を叩き込んだ当の本人は自身の拳と大の字の響を交互に見ながら、

「なるほど、拳がぶつかる瞬間後ろに飛んで被害を最小限にとどめたか」

 と呟いた。それから茫然自失の啓介をつまらなさそうに見下ろす。

「哀れなものだな、運命を背負わされた者がここまで無力というのは」

 いっそ憐れむような声音で言ってから、緩慢な動作で拳を振り上げる。無抵抗な赤ん坊を殴るかのように。
 小学生や中学生でも避けられるような単調なモーション。
 とは言え極度の恐怖で体が全く動かない啓介に避けられるはずもなく、来る痛みに備えて目を瞑った。
 
 ……音が消えた。
拳が啓介に届く寸前の時間が、空間ごと凍ったかのように長く引き延ばされる。この時間が永遠に続くと錯覚してしまうほどに。
 
 人の体の作りからして、蹴り技はパンチより格段に威力が上がるという。
 家の玄関前で喰らったキックよりは弱いかもしれないが、目を瞑る直前、大振りの右拳が一直線に狙っていたのは鼻先。鼻柱と呼ばれるこの部分は人間の弱点の一つ。ここに石をぶつけられれば大の大人でも失神してしまうという。
 そんなウィークポイントにこの男の、響を吹き飛ばすほどのパンチが入ればどうなるか。それは火を見るより明らかだろう。

 そんなことを考え、震えながら痛みを覚悟していた啓介はしかし、一向に訪れない衝撃に違和感を覚え恐る恐る目を開けた。
 目の前に広がっていたのは拳――ではない。
 アスファルトの床を突き破り、まるで生き物のように蠢く、無数の太い根っこだった。
 アスファルトの床を突き破り、まるで地の底から湧き上がる憤怒の精霊のように、無数の太い根が蠢き出す。
それはただの植物ではなかった。まるで意思を持ったかのように絡みつき、ねじれ、締めつけ、男の腕を“赦さぬ者”として捕らえた。

 自然の力が、静かに怒っていた。

「もう、これ以上あなたの好きにはさせません」

 柚葉のその声は怒りよりも静かで、しかしどこまでも揺るがない決意を帯びていた。

「ついに魔法を使ったな……‼︎」

 長髪がわずかに口角を上げ、柚葉を見据える。
 彼女は片膝をつき、右手のひらを床に当てていた。周囲に舞う緑の光の粒子が、その姿を神聖なものに見せている。

「柚葉……」

 縋るように呟く大地に、柚葉は声を張り上げてこれを励ます。

「齋藤くん覚悟を決めてください。このままだと全滅です。今は生きて帰ることだけ考えましょう」

 柚葉は大地を見て頷く。その瞳に迷いはない。

「でもその後は……」

「その後はその時考えます。行き当たりばったり作戦です」

 ほんの一瞬、大地は目を見開き、そして軽く笑みをこぼした。

「……そんなの作戦じゃねえよ……」

 大地は目を閉じ深く息を吸い込む。肺いっぱいにこの状況を吸い込んで、全身にそれを行き渡らせる。
 フゥと吐き出した時、彼の瞳には一寸の曇りもない。
 彼は両手を広げるように前に出し、
 
「――覚悟は炎を宿す」

 その言葉と同時に、彼の周囲の空気が揺れる。
 足元に小さな火の粒が生まれ、舞い上がる。
 掌からも火の粉が立ち昇り、やがて一筋の炎の流れとなって伸び、剣の形を成していく。

 熱と光をまとい、刀が生まれ落ちる。
 それはただの金属ではない。
 彼の覚悟が形になった炎の刀。

 大地はそっと柄を握り、顔を上げた。
 刀身はゆらめく焔をまといながらも、芯に一本、真紅の筋が通っている。

「男と炎は完全燃焼がモットーだ‼︎」

 その声音にはもう迷いはなかった。
 刀の炎が、彼の決意を祝福するかのように、一際強く燃え上がった。
 
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