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番外編
室井くんと時川さんの雑談
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【室井くんと時川さんの雑談】
夕方。目の前に座る時川さんはメニュー画面を見下ろしながら言った。
「でも君はあれだよね」
「はい?」
「隠すのが上手いね」
「……」
まぁ、必然的にこの人と二人になるのだろうなとは思っていた。
谷田さんの授業はかなり長引くことで有名だ。初めから遅刻は想定内。陽太さんからは「だいぶ遅れる」と連絡が入っている。理由は分からないが何にせよ、陽太さんと共にいる幸平先輩も「だいぶ遅れる」ことになる。
謙人さんは基本的に遅刻するので、初めから時間通りを想定されていない。となると、この飲み会に俺の次に一番乗りするのはこの人になるわけで。
「室井くんは使い分けてるだろ」
「何をですか」
「一人称」
「……」
時川さんも時川さんで若干遅刻していた。こんな全員遅刻することある? とは思うが、あるのだ。ハッピーアワーに駆け込んだ時川さんは、追われているのか? と疑うほど秒で注文していたビールを既に半分ほど飲んでいる。
陽太さんと幸平先輩が無事お付き合いを始めてから、まだ一ヶ月程度しか経っていない。
つまりは俺が正式に幸平先輩に振られてから、一ヶ月だ。
落ち込んだは落ち込んだけど、最初から俺の恋なんて失恋確定なのであって、これは別に、一ヶ月前からの落胆ではなく、六年ほど続く落胆だ。
分散されてるだけまだマシとも取れるし、蓄積されてるので最悪とも解釈できる。ただまぁ、慣れていることは確かである。
俺が、恋を隠すことにも落ち込むことにも。
「気付いてましたか」
「僕、と俺、を使い分けてるよな。気付いてないの、鈍感チームだけだろ」
「谷田さんと幸平先輩?」
「いや、溝口さんも」
俺はその言葉を聞いた瞬間、思わず時川さんの肩を掴みかかりそうになって、堪えた。代わりと言っては何だが、時川さんのつまみのウズラの卵を二つ食う。
「あっ、私の卵!」
「まっじで、それですよ」
「私の卵」
「陽太さん、ほんとあの人も大概鈍感野郎ですからね」
「卵が」
さすがは時川さんだ。まだ陽太さんとは関わりが薄いと言うのに、あの人の本質をよく見抜いている。
谷田さんは論外として、幸平先輩は確かにかなりの鈍感だ。それが色恋だけに特化しているのか否か、これは非常に微妙なところだけれど、とにかくあの人は俺から向けられる恋愛感情にとことん疎かった。
そのせいであんな、最悪なタイミングで告白することになったのである。時川さんは「別に最悪でもないだろ」と否定していたが、他人だから言えるんだ。俺にとっては最悪だった。
あんなところで言うつもりなかったのに。あれじゃまるきり、陽太さんと幸平先輩の後押しだし、実際に二人は付き合っている。
いや、俺がどうこうしなくてもあの二人なら最終的に交際に発展していたのだろう。それもそれでかなりキツイが、いずれにせよ、あんな風に伝えるつもりはなかった。
あんな風に伝えるまで、幸平先輩は俺の好意に微塵も気付いていなかった。
確かに大学に入って、二人がそういう関係だと気付いた時から、俺はかなり絶望したので意地悪をしてしまったとは思う。だとしてもだ。
中高時代はそれなりに、幸平先輩と仲良くしていたつもりだった。謙人さんたちといるときの下品な話や『性格悪いな』と捉えられる発言も自重し、かわいい後輩でいた、
それなのに幸平先輩は気付かない。確かに俺にアピールが足りなかったかもしれない。……足りなかったか? 高校も追いかけて、くそ興味ねぇお花係なんかにもなって、幸平先輩に話しかけていたのに。
まぁ、あの人の鈍感なところも『良さ』の大きな要素でもあるので、勿論嫌いじゃないし好きである。
だから幸平先輩はいい。幸平先輩の鈍感は愛嬌であって可愛い。
で、陽太さん。
は?
「室井くん、私の卵全部食べたね」
「俺だってなんか食べたいし」
「はいはい」
と時川さんはタブレットで新しく煮卵を注文しつつ、言った。
「幸平くんがいないと、『俺』使いがちだよな。かわいこぶってんの?」
「ぶっても良いじゃないですか。僕のがかわいいでしょ。見かけ怖い人の陽太さんより」
「はは。可愛い可愛い」
「俺が幸平先輩と出会ったの、俺が中一の時なんです。そん時は僕って使ってたんですよ。だからそのまま」
「なるほどな。可愛い後輩でいたかったんだな」
「つうか、陽太さんですよ。あの人は本気でただの鈍感ですから。かわいこぶってるとかでなく」
「天然なのか」
時川さんは「あのオーラを放ちながら、実はぼうっとしてるタイプなのか?」と言って、ビールを口にする。
思い出すだけでムカムカする。中学の時から陽太さんはそうだった。
「陽太さんにさ、俺は、何回も『幸平先輩いい人ですよね』『幸平先輩唇むぎゅっとして笑うの可愛くないすか?』とかわざと幸平先輩の話してたのに、一個も気付かねぇんだもん」
「あー、確かにむぎゅっとしてるかも。猫みたいな口してる時あるなあの子」
「それに対して陽太さん、『コウちゃんは優しい』『あれ、可愛いよな』とか言うだけですよ。日によっては『お前の可愛いは浅い』って変なキレ方してくるし。でもあの人は、俺から幸平先輩への好意に全く気付いてなかった。好意っつうか、恋愛だと思ってなかった」
「張り合いがない」
「いや、ほんとに」
時川さんはそこで眉根を寄せ、「でも変だな」と言う。
「私が煽った時はしっかりキレてたけど」
「はぁー?」
「舐められてんじゃないか、君」
「ちっ。いや、あれっすよ。時川さんが妙に色気あるからですよ」
「はは」
時川さんは声だけ笑って、目は笑ってるのか笑ってないのか全く分からない表情をする。たまにこういう表情をするのは、何なんだろう。
「陽太さんがあんなんだから、俺も陽太さんに意地悪とか出来ねぇし」
「何なら仲良かったんだろ? 君たち」
「俺が? 陽太さんと? あー……まぁ、結構一緒にいたかも」
「ふぅん」
「だって面白いんすもん陽太さんの周辺。つうか、謙人さんの周辺? ノリ合うので」
「ほぉ」
「時川さんも仲良くなれると思いますよ。あ、謙人さんも『俺、時川さんだいぶ好き』って言ってました」
「それはどうも」
本当にありがたいと思っているのか? と疑ってしまう唇を歪めるだけの笑い方をする。これも時川さんが、よく見せる表情だ。他意はないようだけど。
「何がきっかけで幸平くんを好きになったんだ?」
すると、時川さんが突然言った。
まさか時川さんから聞かれるとは思わなかった。
谷田さんからはズカズカと踏み込まれていて、俺はいつも「言いません」と突っぱねて終わるだけだ。
時川さんはいつも俺たちのやり取りを見ているだけだった。なのでこれは、俺にとって意外な質問。
少し驚いたが、まぁ、時川さん相手ならいっか。
自分でも驚くほど素直に話しだした。
「別にそんな、大した話じゃないです。あの二人に比べれば」
「大も小もないと思うが」
「……幸平先輩が優しかっただけです」
時川さんはちょこっと首を傾げる。メガネは度が入っているのかいないのか分からないほど屈折がなく、そのお綺麗な目がよく見える。
「係が一緒になって、幸平先輩は俺に水やりとか色々教えてくれて。……デケェ虫がいたんですよ」
「虫?」
「女子が怖がって、虫を追い払ってほしいって俺に言ってきたんです。でも俺だって虫は嫌だった。そしたら幸平先輩が追い払ってくれて」
時川さんは「幸平くん、その辺物怖じしないもんな」と納得した。俺は「えぇ」と頷き、続きを語る。
「虫苦手なの? って聞かれたんです。はい、って答えたら、そっかって笑ってくれて」
「笑顔が想像つく」
「はい。まじでそれだけなんです。でも幸平先輩っていつも優しくて、すげぇ良いなって思ったんです」
幸平先輩の笑顔は今も昔もあんまり変わらない。ほんのりとした、溢れるような笑い方をするのだ。
「後から思うと、虫なんてたとえば陽太さんでも谷田さんでも、時川さんでも追い払えたと思うんですけど」
「谷田くんは無理だと思う」
「そうかもですけど、でも陽太さんが追い払っても別に好きにはなってなかった。だから何で好きになったかって言われても、分かんないんですよね」
「そんなもんだよな」
時川さんもうっすらと笑みを描いた。谷田さんは激しく大笑いすることがあるが、俺は、幸平先輩や時川さんが大口開いて笑っている姿を見たことがない。
でもきっと陽太さんの前なら、幸平先輩も「あはは」と声を上げて笑うのだろう。
それを考えるとやっぱり胸がキツくなる。でも、不思議と、以前ほど苦しくはなかった。
「この話初めてしました。つうか、幸平先輩の話をしたの初めてかも」
こうしてようやっと、幸平先輩のことを口に出せたからかもしれない。
時川さんは軽く目を細めた。
「よく何年も隠したな」
「打ち明ける人もいなかったし。時川さんみたいにテキトーに、話半分に聞いてくれるダチいたら話せてたかもしれませんね」
「話半分じゃないよ。大本気だぜ」
「いやだってそれハイボール何杯目ですか?」
「はは」
こういうところがテキトーなのだ。雑な感じを出して生きるのが上手いと感心する一方で、こういった妙な人間は、他人を狂わせるのだろうなとも思う。
「酒飲んでても話は聞ける」
「熱心な感じがないんですよアンタには。また新しい恋しなよ、とかも言わないしさ」
「始めようと思って始めるもんでもないだろ」
「……そっすねー」
これも、ロマンチックなのかテキトーなのか曖昧な発言だ。谷田さんとかは「出会いだ! 新しい出会いが必要!」と大声で言い始める。それが悪いとは言わないが、俺からすると時川さんくらいフラットな構えの方が居心地がいい。
また、時川さんが、
「私としては、あのカップルが来る場にいても室井くんが平気なのかは気になる」
と質問をする。そして俺もまた、「うーん」と素直に答えた。
「だって謙人さんと陽太さん面白いし。それに、幸平先輩見てたいし」
「ふぅん」
「幸平先輩、食べるの遅くて良いですよね」
「確かに、私が完食する頃には大体中盤だな」
「あれ面白くて好きです。つうか、普通に時川さん飯食べるの早いのも面白い」
「それ面白いのか?」
食べるのも早いし、飲むのも早い。時川さんは苦笑してから、「まぁ」と言う。
「室井くんは後輩だから今日はタダ飯だ。たくさん食べるといい」
「っしゃ」
「で、泣きたくなったら私や谷田くんが話聞いてやるよ」
「谷田さんはなー」
「室井くんは谷田くんをこき下ろすよな」
「だって声でかいし」
「ははっ」
何やかんやで友達が大好きな時川さんは、心からおかしそうに笑った。
《後書き》
お久しぶりです!SKYTRICKです。6セフの書籍購入ありがとうやレビューありがとう😭というお礼としてアップしてみました。良ければ購入サイトなどで☆を投げてやってください!すると私が踊るシステムになってます。
夕方。目の前に座る時川さんはメニュー画面を見下ろしながら言った。
「でも君はあれだよね」
「はい?」
「隠すのが上手いね」
「……」
まぁ、必然的にこの人と二人になるのだろうなとは思っていた。
谷田さんの授業はかなり長引くことで有名だ。初めから遅刻は想定内。陽太さんからは「だいぶ遅れる」と連絡が入っている。理由は分からないが何にせよ、陽太さんと共にいる幸平先輩も「だいぶ遅れる」ことになる。
謙人さんは基本的に遅刻するので、初めから時間通りを想定されていない。となると、この飲み会に俺の次に一番乗りするのはこの人になるわけで。
「室井くんは使い分けてるだろ」
「何をですか」
「一人称」
「……」
時川さんも時川さんで若干遅刻していた。こんな全員遅刻することある? とは思うが、あるのだ。ハッピーアワーに駆け込んだ時川さんは、追われているのか? と疑うほど秒で注文していたビールを既に半分ほど飲んでいる。
陽太さんと幸平先輩が無事お付き合いを始めてから、まだ一ヶ月程度しか経っていない。
つまりは俺が正式に幸平先輩に振られてから、一ヶ月だ。
落ち込んだは落ち込んだけど、最初から俺の恋なんて失恋確定なのであって、これは別に、一ヶ月前からの落胆ではなく、六年ほど続く落胆だ。
分散されてるだけまだマシとも取れるし、蓄積されてるので最悪とも解釈できる。ただまぁ、慣れていることは確かである。
俺が、恋を隠すことにも落ち込むことにも。
「気付いてましたか」
「僕、と俺、を使い分けてるよな。気付いてないの、鈍感チームだけだろ」
「谷田さんと幸平先輩?」
「いや、溝口さんも」
俺はその言葉を聞いた瞬間、思わず時川さんの肩を掴みかかりそうになって、堪えた。代わりと言っては何だが、時川さんのつまみのウズラの卵を二つ食う。
「あっ、私の卵!」
「まっじで、それですよ」
「私の卵」
「陽太さん、ほんとあの人も大概鈍感野郎ですからね」
「卵が」
さすがは時川さんだ。まだ陽太さんとは関わりが薄いと言うのに、あの人の本質をよく見抜いている。
谷田さんは論外として、幸平先輩は確かにかなりの鈍感だ。それが色恋だけに特化しているのか否か、これは非常に微妙なところだけれど、とにかくあの人は俺から向けられる恋愛感情にとことん疎かった。
そのせいであんな、最悪なタイミングで告白することになったのである。時川さんは「別に最悪でもないだろ」と否定していたが、他人だから言えるんだ。俺にとっては最悪だった。
あんなところで言うつもりなかったのに。あれじゃまるきり、陽太さんと幸平先輩の後押しだし、実際に二人は付き合っている。
いや、俺がどうこうしなくてもあの二人なら最終的に交際に発展していたのだろう。それもそれでかなりキツイが、いずれにせよ、あんな風に伝えるつもりはなかった。
あんな風に伝えるまで、幸平先輩は俺の好意に微塵も気付いていなかった。
確かに大学に入って、二人がそういう関係だと気付いた時から、俺はかなり絶望したので意地悪をしてしまったとは思う。だとしてもだ。
中高時代はそれなりに、幸平先輩と仲良くしていたつもりだった。謙人さんたちといるときの下品な話や『性格悪いな』と捉えられる発言も自重し、かわいい後輩でいた、
それなのに幸平先輩は気付かない。確かに俺にアピールが足りなかったかもしれない。……足りなかったか? 高校も追いかけて、くそ興味ねぇお花係なんかにもなって、幸平先輩に話しかけていたのに。
まぁ、あの人の鈍感なところも『良さ』の大きな要素でもあるので、勿論嫌いじゃないし好きである。
だから幸平先輩はいい。幸平先輩の鈍感は愛嬌であって可愛い。
で、陽太さん。
は?
「室井くん、私の卵全部食べたね」
「俺だってなんか食べたいし」
「はいはい」
と時川さんはタブレットで新しく煮卵を注文しつつ、言った。
「幸平くんがいないと、『俺』使いがちだよな。かわいこぶってんの?」
「ぶっても良いじゃないですか。僕のがかわいいでしょ。見かけ怖い人の陽太さんより」
「はは。可愛い可愛い」
「俺が幸平先輩と出会ったの、俺が中一の時なんです。そん時は僕って使ってたんですよ。だからそのまま」
「なるほどな。可愛い後輩でいたかったんだな」
「つうか、陽太さんですよ。あの人は本気でただの鈍感ですから。かわいこぶってるとかでなく」
「天然なのか」
時川さんは「あのオーラを放ちながら、実はぼうっとしてるタイプなのか?」と言って、ビールを口にする。
思い出すだけでムカムカする。中学の時から陽太さんはそうだった。
「陽太さんにさ、俺は、何回も『幸平先輩いい人ですよね』『幸平先輩唇むぎゅっとして笑うの可愛くないすか?』とかわざと幸平先輩の話してたのに、一個も気付かねぇんだもん」
「あー、確かにむぎゅっとしてるかも。猫みたいな口してる時あるなあの子」
「それに対して陽太さん、『コウちゃんは優しい』『あれ、可愛いよな』とか言うだけですよ。日によっては『お前の可愛いは浅い』って変なキレ方してくるし。でもあの人は、俺から幸平先輩への好意に全く気付いてなかった。好意っつうか、恋愛だと思ってなかった」
「張り合いがない」
「いや、ほんとに」
時川さんはそこで眉根を寄せ、「でも変だな」と言う。
「私が煽った時はしっかりキレてたけど」
「はぁー?」
「舐められてんじゃないか、君」
「ちっ。いや、あれっすよ。時川さんが妙に色気あるからですよ」
「はは」
時川さんは声だけ笑って、目は笑ってるのか笑ってないのか全く分からない表情をする。たまにこういう表情をするのは、何なんだろう。
「陽太さんがあんなんだから、俺も陽太さんに意地悪とか出来ねぇし」
「何なら仲良かったんだろ? 君たち」
「俺が? 陽太さんと? あー……まぁ、結構一緒にいたかも」
「ふぅん」
「だって面白いんすもん陽太さんの周辺。つうか、謙人さんの周辺? ノリ合うので」
「ほぉ」
「時川さんも仲良くなれると思いますよ。あ、謙人さんも『俺、時川さんだいぶ好き』って言ってました」
「それはどうも」
本当にありがたいと思っているのか? と疑ってしまう唇を歪めるだけの笑い方をする。これも時川さんが、よく見せる表情だ。他意はないようだけど。
「何がきっかけで幸平くんを好きになったんだ?」
すると、時川さんが突然言った。
まさか時川さんから聞かれるとは思わなかった。
谷田さんからはズカズカと踏み込まれていて、俺はいつも「言いません」と突っぱねて終わるだけだ。
時川さんはいつも俺たちのやり取りを見ているだけだった。なのでこれは、俺にとって意外な質問。
少し驚いたが、まぁ、時川さん相手ならいっか。
自分でも驚くほど素直に話しだした。
「別にそんな、大した話じゃないです。あの二人に比べれば」
「大も小もないと思うが」
「……幸平先輩が優しかっただけです」
時川さんはちょこっと首を傾げる。メガネは度が入っているのかいないのか分からないほど屈折がなく、そのお綺麗な目がよく見える。
「係が一緒になって、幸平先輩は俺に水やりとか色々教えてくれて。……デケェ虫がいたんですよ」
「虫?」
「女子が怖がって、虫を追い払ってほしいって俺に言ってきたんです。でも俺だって虫は嫌だった。そしたら幸平先輩が追い払ってくれて」
時川さんは「幸平くん、その辺物怖じしないもんな」と納得した。俺は「えぇ」と頷き、続きを語る。
「虫苦手なの? って聞かれたんです。はい、って答えたら、そっかって笑ってくれて」
「笑顔が想像つく」
「はい。まじでそれだけなんです。でも幸平先輩っていつも優しくて、すげぇ良いなって思ったんです」
幸平先輩の笑顔は今も昔もあんまり変わらない。ほんのりとした、溢れるような笑い方をするのだ。
「後から思うと、虫なんてたとえば陽太さんでも谷田さんでも、時川さんでも追い払えたと思うんですけど」
「谷田くんは無理だと思う」
「そうかもですけど、でも陽太さんが追い払っても別に好きにはなってなかった。だから何で好きになったかって言われても、分かんないんですよね」
「そんなもんだよな」
時川さんもうっすらと笑みを描いた。谷田さんは激しく大笑いすることがあるが、俺は、幸平先輩や時川さんが大口開いて笑っている姿を見たことがない。
でもきっと陽太さんの前なら、幸平先輩も「あはは」と声を上げて笑うのだろう。
それを考えるとやっぱり胸がキツくなる。でも、不思議と、以前ほど苦しくはなかった。
「この話初めてしました。つうか、幸平先輩の話をしたの初めてかも」
こうしてようやっと、幸平先輩のことを口に出せたからかもしれない。
時川さんは軽く目を細めた。
「よく何年も隠したな」
「打ち明ける人もいなかったし。時川さんみたいにテキトーに、話半分に聞いてくれるダチいたら話せてたかもしれませんね」
「話半分じゃないよ。大本気だぜ」
「いやだってそれハイボール何杯目ですか?」
「はは」
こういうところがテキトーなのだ。雑な感じを出して生きるのが上手いと感心する一方で、こういった妙な人間は、他人を狂わせるのだろうなとも思う。
「酒飲んでても話は聞ける」
「熱心な感じがないんですよアンタには。また新しい恋しなよ、とかも言わないしさ」
「始めようと思って始めるもんでもないだろ」
「……そっすねー」
これも、ロマンチックなのかテキトーなのか曖昧な発言だ。谷田さんとかは「出会いだ! 新しい出会いが必要!」と大声で言い始める。それが悪いとは言わないが、俺からすると時川さんくらいフラットな構えの方が居心地がいい。
また、時川さんが、
「私としては、あのカップルが来る場にいても室井くんが平気なのかは気になる」
と質問をする。そして俺もまた、「うーん」と素直に答えた。
「だって謙人さんと陽太さん面白いし。それに、幸平先輩見てたいし」
「ふぅん」
「幸平先輩、食べるの遅くて良いですよね」
「確かに、私が完食する頃には大体中盤だな」
「あれ面白くて好きです。つうか、普通に時川さん飯食べるの早いのも面白い」
「それ面白いのか?」
食べるのも早いし、飲むのも早い。時川さんは苦笑してから、「まぁ」と言う。
「室井くんは後輩だから今日はタダ飯だ。たくさん食べるといい」
「っしゃ」
「で、泣きたくなったら私や谷田くんが話聞いてやるよ」
「谷田さんはなー」
「室井くんは谷田くんをこき下ろすよな」
「だって声でかいし」
「ははっ」
何やかんやで友達が大好きな時川さんは、心からおかしそうに笑った。
《後書き》
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SKYTRICK先生の書くお話はどれも読んだ後の幸せな読了感で胸がいっぱいになります。
続きが気になるばかりにレンタルでガーッと読んでしまったので、改めて書籍でも購入させて頂こうと思います、ありがとうございました。