【完結】1億あげるから俺とキスして

SKYTRICK

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第二章

13 もしも思い出したなら

 念の為芳川に確認すると、《代表は基本的にデリバリーか、コンビニで昼食を買われています》と返ってくる。
 真紀人の話していたことは正しかったらしい。
 ならば、司が作っても構わないだろう。
 それに……。
「喜んでくれそうだし」
 今の真紀人は司をタイプだと言ってくれる。
 まるで恋してるみたいな視線を向けてくるのだ。
 ……昔の真紀人からしたら考えられないことだった。
 九年前の真紀人は、いつも司を揶揄ってばかりだったから。
 司に何か言っては楽しそうに笑う。ふざけているようで、でもいつも優しくて、司も真紀人といるのが心地よかったし、好きだった。
 今の真紀人も優しい。けれど以前と違ってそこにはこちらの胸がむず痒くなってしまうような甘さが滲んでいる。
 今と昔では違う……なのに、どうしてだろう。
 どうしてもこの恋心は終わらない。
「ほんと、なんでだろうな」
 司が好きになったのは司を揶揄う真紀人だ。
 でも今の甘く優しい真紀人に対しても胸がきゅうっと締め付けられる。
 彼の手紙の文字を見るとドキドキするし、また帰ってきてはくれないだろうかと、玄関からの物音を待っている自分がいる。
 今だってお弁当を作りながらも玄関に異変がないか聞き取るため耳を澄ませているし、真紀人の部屋にいるのが慣れなくて、落ち着かない。
 このお弁当を喜んでくれることを、心底望んでしまう。
「はぁ……なんだろうなー、つるくん」
 司は呟き、足元へやってきたつるに微笑みかける。
 つるは「にゃあ」と鳴いて足首に頭を擦り付けてきた。
 改めて、真紀人が猫を飼うとはと意外に思う。高校の頃の真紀人は猫に興味がなさそうだったのに。
 猫に囲われて、うさぎ小屋の近くで二人で過ごした昼休み。あの頃も真紀人は学食へは向かわず、コンビニのパンばかり食べていた。
 ずっと渡してみたかったのだ。
 真紀人へお弁当を。
「……できたっ!」
 簡単なおかずを詰めたものだけれど真紀人へ渡すお弁当が完成する。
 就業時刻を少し過ぎたけれど、真紀人が帰ってくる気配はない。いつも彼が突然現れるのを期待しているが今回ばかりは帰ってこなくてよかったと胸を撫で下ろす。
 どうしても面と向かって渡すのは恥ずかしい。司は苦笑しつつ、弁当箱を冷蔵庫へ収めた。
 夕食の準備も出来たし、今日の仕事はここまでだ。いつものメモには《お昼に食べてください》と弁当の存在を書き記しておいた。
 つると少し遊んでから真紀人の部屋を出る。真紀人からはタクシーで帰るように言われているけれど、司は何だか申し訳なく感じて、電車を使う。
 電車内で携帯を弄る。動画サイトを開くと、ランダムで流れる短い動画の一つに真紀人の姿が現れた。
 司は思わず肩をビクッと震わせる。予告ない真紀人の綺麗な顔は心臓に悪い。
 どうやら無断転載動画らしい、と確認したところで最寄駅に着いた。
 アパートの一室に帰ってきてから先ほどの動画を再生する。数年前に真紀人がメディア出演した際の転載で、タイトルは《顔面圧勝のラビット社長、事故について》と記されている。
 記憶喪失については語られていない。コメントでは『生きててよかった』『モデルみたいなスタイル』『顔小さすぎて震える』『ラビット使うために転職しよかな』と書いてある。
 画面越しの真紀人もとても綺麗だけれど、実際に見たときの真紀人はもっと格好いい。
 出会った時も、すごく整った顔立ちの洒落た人だなとびっくりしたのだ。
 そういえば、と司はパソコンを取り出した。
 高校の時使っていた携帯は真紀人と話さなくなってすぐ後に壊れ、買い替えている。データはパソコンにバックアップを取っていたので無事だった。
 過去の写真フォルダはパソコンに保存されている。二人で写真を撮ったことはないけれど、たまに真紀人へカメラを向けたことがある。
 真紀人は人に撮られるのが慣れていて、平気でニッと微笑んでくれたり、ふざけてポーズを決めてくれた。あの写真たちは今の携帯には移していないけれど、パソコンでたまに眺めている。
「この頃から格好良かったな」
 顔の傍で三本指を立てながら目を細める真紀人の写真をぼんやり眺める。
 これらは殆どが、真紀人が司を撮るからお返しで撮影したものだ。
 写真を見るだけで過去の記憶が蘇る。この指が示しているのは三年生の三。真紀人が『俺は三年だぞ。生意気なことばっか言ってんなよ一年坊主』と司へニヤッと笑った時のものだ。
 あぁ。
 好きだな。
 でも……。
 司は小さく吐息をつく。最近は考えてしまう。
 今はまだ自分だけが過去の二人を知っている。
 けれどもし思い出したら……?
 過去を思い出したら今の真紀人が司へ抱く感情は無くなる。
 おかしな夢から醒めて、自分が司へ向けていた甘い感情を恥じるかもしれない。
 その可能性を知りながら、司は真紀人の傍にいていいのだろうか?
 曖昧な心地でしばらく昔の思い出を眺める。写真だけが思い出の証明だ。
 今は手紙でやりとりしているが昔はメッセージアプリを使っていた。携帯を買い替えた時にデータを失って、真紀人のアカウントも彼とのやり取りも消えてしまったのだ。
 今でも同じアカウントを使っているのだろうか。確かめようがない。
 あくまで雇用主と被雇用者の関係だ。
 メールならまだしも、電話やメッセージアプリなど、個人的な連絡を取ることはできない。
 少なくとも司は、彼の連絡先を聞けないし、電話番号は覚えていてもかけられない……。
 と、考えたちょうどその時だった。
「……えっ!?」
 携帯に着信が入って、司は画面を確認した。
 そこに表示された番号を目にして思わず大声が溢れる。
「せ、先輩?」
 これは、高校時代から知っている番号だ。
 まさか……どうして?
 慌てて通話ボタンをタップする。あ、やばい。あまりにも動転していてよく考えずに指を動かしてしまった。
『司か?』
 その声を聞いて今更ながら、一呼吸おけば良かったと後悔する。
 心臓がバクバクと強く脈打っている。
 司は恐る恐る囁いた。
「はい。真紀人先輩ですか?」
『うん』
 あ、やばい。また最短で失態をやらかしてしまう。
 昔の呼び方に戻ってしまった。動揺する司だが、真紀人は気にせず続けた。
『今何してんの?』
 まさか真紀人の写真を眺めていたとは言えない。
 通話ではあるが司は首を横に振って答えた。
「何も、何もしてません!」
『なら電話大丈夫だな』
「はい。大丈夫です。でも、どうしたんですか」
『冷蔵庫の中見た』
 司はヒュッと息を吸う。その中には頼まれてもいないのに勝手に作ったお弁当がある。
 思った通り真紀人は、
『弁当作ってくれたんだな』
 と告げた。
 司は一度唾を飲み込んでから、ゆっくりと返した。
「はい……勝手に作ってしまいました」
『いや、嬉しかった』
 その言葉の如く真紀人の声は弾んでいる。時刻は午後八時だ。帰ってきてすぐにメモを見てくれたのだろう。
『ちょっと感動した。ちょっとっつうか、すげぇ感動した。嬉しい。ありがとう』
 真紀人が本当に嬉しそうにするから、司の心は途端に熱を孕んだ。
 心が燃えるように熱くなって、熱は全身に伝播する。真紀人が喜んでくれている。
 司はぎゅーっと手元のクッションを握る。
 口元が緩んでにやけるのを抑えられない。本当に電話越しで良かった。
 こんな顔、真紀人に見せられない。
「そうですか……喜んでくれて良かったです」
『かなり喜んだ。喜びすぎて、もう食べちまった』
「……はいっ?」
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