忠犬シロは転生してでもご主人様を生かしたい

SKYTRICK

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第一章

17 ルブリアンと湖

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 青黒い返り血がルブリアンを覆っている。その黒から煌めくように漏れる光の正体は彼の艶やかなブロンドの髪だ。眼帯に覆われた右目をこちらに向けられた。なぜかシロを見ているような錯覚に陥るも、実際にこちらを注視していたらしい。
「おい、そこの供給者」
「……」
「聞いているのか」
「ごしゅ……ルブリアン様! 怪我は!?」
 ハッと我に返ったシロはよろつきながらも立ち上がる。魔獣と戦っていた時は自由自在に動かせていた体だが、ルブリアンの戦闘を間近にして思わず見惚れてしまい、体が固まっていた。
 無理やり解いて興奮のままに「あの鋭い爪で抉られたりとか」と怒涛の勢いで問いかけるも、ルブリアンは、同じく青黒い血を頭から被ったシロを見下ろし、大変冷静だった。
「供給者、お前近接戦が得意なのか」
「うん! 戦える! 戦えます! 武器さえあれば!」
「魔法は使えねぇの」
「俺が使えるのは治癒の魔法だけだから……」
 たった今繰り広げられていたのは、ちょっとした運動というレベルではない。この遠征に連れてきた十二部隊のうち八割を投入してやっと倒せる規模の敵だった。
 それを瞬く間に、それこそ魔法を使ったかのように剣一つで一掃したルブリアンは煙草を咥え、何事もなかったかのように一服している。
「治癒、ね」
「あの、ルブリアン様、怪我したよね!? 俺が治します!」
 人間のシロファスはつい先日、ルブリアンに突き放されたばかりだ。
 それでもシロはルブリアンの傍を離れられない。嫌われていると分かっていても彼の痛みを和らげたい。
 一方でルブリアンの醸す雰囲気には気まずさなんてものは一ミリも香っていなかった。まるで数日前の一件など無かったかのよう。煙草を挟む指から青黒い血が滴り、ぽつ、と粘つきながらも落ちていく。一仕事終えて、かったるそうに煙草を味わう時間が続き、突然火を消したかと思えば、
「こっち来い」
「うぎゃッ」
 シロは頭を強引に鷲掴みされて湖の方へと連れられた。
 放り投げられて、湖の浅瀬へ尻から落ちる。ずぶ濡れになったシロはぽかぁんとだらしなく口を開いてルブリアンを見上げた。
 ルブリアンは煙草を湖に放り投げながら目を細めた。
「ハッ、あほづら」
 あ、ご主人様が笑った……。
 シロは少し、いやとてもかなり嬉しくなって、口角をちょびっと上げながら問いかけた。
「なんで俺を放り投げたの?」
「んー? 何となく」
 先ほどの笑みがまだルブリアンの口元に残っている。適当に答えられたのが分かったのでシロはしょんぼりと眉を下げた。そっか、何となく、投げられたんだ……。
 一方でルブリアンも湖の中へ入ってくるので、シロはこっそり動揺する。
「ご主人様? なんで? 溺れるよ?」
「溺れるかよ。エルドクロウの血を洗い流せ。他の獣たちが集まってきやがったら溜まったもんじゃねぇだろ」
「分かった。洗い流す。ごしゅ……ルブリアン様は怪我はない?」
「ない」
「よかった!」
「……変わった言葉を使うんだな」
 シロは一瞬理解できなかったがその直後にハッと息を止めた。極度の緊張と興奮と安堵とで、人間の喋り方がめちゃくちゃになっていたことに気付いたのだ。
 ご主人様に、天下のルブリアン様にタメ口を使っている。忠犬時代の方がもっと敬意を表して架空の人間語を話していたのに、本当に人間になり言葉を扱うようになってからは、この喋り方が定着していたせいで、弊害が出ている。
「ご、ごめん。ごめんなさい」
「好きにしろ。ただお前の『ご主人様』になったつもりはないがな」
 あれ。『敬語』のことではなかったのかな。
 思い返すと『ご主人様』と呼んでいた気もする。自分では必死で気にしていられなかったが、確かにそちらの方が奇妙度は強い。
 シロはひとまず、「ルブリアン様」に言い換えて、火照った夜には気持ちのいい冷たい湖に身を浸し、水飛沫を上げながら勢いよく立ち上がった。
「先にルブリアン様が帰ってください! 俺と一緒に戻ったら目立つと思うので」
「おい水飛ばすなよ」
「ごめんなさい!」
「……」
「俺はあっちの、ヴァルカンと一緒に後でこっそり帰ります」
「ヴァルカンを手懐けたらしいな」
 低い声が心地よくて思わずうっとりする。緊迫した状況であるのは変わらないがシロは、ルブリアンの声が大好きだし、ルブリアンの宝石眼みたいな青い瞳も、月の光が混じると天国の朝陽みたいに綺麗な黄金の髪も、人間の中で一番美しく男らしい顔つきも、大大大好きなのである。
 透明な湖水に滴ったルブリアンを見上げると、シロの中の『大好き』が爆発してそこら中を駆け回りたくなる。そんな凶行を披露したら頭のおかしい奴認定されるので留まるも、顔には笑みが滲み出てしまう。
「ヴァルカンはいい子だよ」
 あ、また口調から恭しさが消えた。シロはいついかなる時でもルブリアンを敬愛しているというのに。
「いい子、か。はは。あの馬がいい子だった時間なんか一秒もねぇと思うけど」
「……そうかな? そうですかね」
「お前も奇妙な男だな。魔獣に襲われた癖してヘラヘラと笑いやがってんだから」
 シロは一応笑みを引っ込めてキリッとした精悍な顔つきを意識した。ルブリアンは鼻で笑った。
「まぁいい。俺は先に戻る。風邪を引くなよ」
「……はい!」
 畔へと歩いていくルブリアンに思わずついていきそうになるのを堪える。
 ……笑ってくれた。
 ご主人様が人間相手の俺に初めて笑った!
 あんまりにも嬉しくて涙が溢れそうだった。たった数日前の絶望とは大違いだ。ルブリアンはシロを見つめて、ゆったりと会話して……確かに『可愛い』とか『凄いぞ』とか『いっぱい食べろよ』とか『偉いな』は言ってくれなかったけれどそれでも、酷い言葉は浴びせられなかったし、風邪を引くなと心配してくれて、シロは一瞬で幸せになった。
 いい子、と言っていた。
 自分に言われたわけではないけど、嬉しすぎて、胸が痛い。
 涙が出ていたかは分からない。目元を拭った指がそもそも濡れていたから。シロは深呼吸をして、ぎゅっと固まってしまった甘くて切ない胸の痛みを必死に解きながら、少し向こうで泳いでいるヴァルカンの元へ向かった。
「ヴァルカン、大丈夫そう?」
『ああ。やっと落ち着いたぜ』
「何が起きたか聞いてもいい?」
『あのアホどもだよ。二人組。ハンスとジャックっつったか? 奴らが俺の体に変な匂いの葉を擦りつけてきたんだ』
 シロは少し考えてから、滔々と答えた。
「多分麻薬の一種だよ。意識を朦朧とさせたり、幻覚症状を引き起こさせるエーテルリーフという葉だと思う。夢界とか霊界とか、そんな幻覚を見なかった?」
『ああ確かそんな感じだったと思う』
「海藻を乾燥させて作る麻薬だ。魔獣たちが好む一方で、普通の動物からしたら危険な麻薬だ。初めから魔獣を集めるつもりで、ハンスたちはエーテルリーフを持ってきていたのか……」
 魔獣を引き連れて、殺すつもりだったということ。
(……はぁ)
 シロは諦めてため息を吐いた。
 ところであらかた匂いも落ちたようだ。念入りにヴァルカンの体を洗ってから、野営地へ帰ることにした。
 するとちょうど入れ替わりで森の奥へ去っていくルブリアンとアランの姿が見える。距離は遠いがシロには聞こえてきた。
「ルブリアン、ご無事でしたか!」
「俺は何ともない。こっちもやられたのか――」
 魔獣たちがシロ、又はルブリアンの元へ向かう過程で野営地も被害を受けたようだ。あの大群は散らばった騎士たちが陣形を組まずに対処できるような群れではなかったのだ。
 負傷者が出ている。ハンスたちはどこだ? ヴァルカンから降りて辺りを見渡していると、聞き覚えのある声がかかった。
「シロファスさん! ご無事でしたか」
「マルセル」
 マルセルだ。彼は無傷だったようで、負傷した騎士の治療に当たっている最中とのこと。
 今こそ治癒の力を発揮する時だ。シロは早速「マルセル、俺も――」と声をかけるも、かき消してきたのは彼らの声だ。
「ご無事に決まってるよなぁ」
「……ハンス」
「当然、お前は怪我なんかするわけねぇ!」
 やけに大きな声で話しかけてくるものだから、騒然としていた周りの騎士たちもこちらに注目し始めた。
 ハンスとジャックから、例の麻薬の匂いが微かにする……すでに実物は破棄したようだが、シロには分かる。
 こいつらがヴァルカンを中毒にして、ルブリアンを危機に晒したのだ。
 シロの心の黒く蠢く炎など知らないハンスとジャックは、面白おかしく言い放った。
「ヴァルカンを使って魔獣を集めたのは、供給者、お前だからな」
「そりゃあ怪我なんかするはずないだろ!」
 木々が一斉に揺れるみたいにシロたちを囲む騎士たちの空気が変わり、ざわめきだす。
 誰も彼もが怪訝な視線をシロに向ける中で、ハンスは、より一層声量を大きくする。その度に騎士たちも煽られ、「マジかよ」「あいつ、やっぱり」と怒りの声が増していった。
「あの暴れ馬のヴァルカンがお前だけに懐くなんてこと、普通ありえねぇだろ!? 薬か何か使ったに違いねぇ!」
「魔獣は麻薬を好むっすからね。ヴァルカンに魔獣集めて、ちゃっかり湖畔にいた団長を殺そうとしたんじゃねぇのか? なぁ供給者……いや奴隷か! はははは」
「――湖畔にルブリアン団長がいると知っていたの?」
 その瞬間、夜風に木々が揺すられる音が聞こえた。
 なぜかシンと辺りが静まったのだ。
 シロはもう一度、ゆっくりと問いかけた。
 知っていて、ヴァルカンをこちらに向かわせてきたのか。
「ルブリアン団長がいると、君たちは知っていたんだ」
「……っ、口答えすんじゃねぇ!」
 躊躇いない拳がシロの頬を殴り飛ばす。よろけたが、シロはそこに立っていた。
「お前がやったんだろ! ヴァルカンを使って魔獣を集めて、団長を殺そうとしたんだ!」
「そ、そうっすよ!! 実際こうしてヴァルカンと一緒に帰ってきたじゃないすか。やたらコソコソしながら!」
「それとも何だ。お前、動物と会話でもできんのか? そんでヴァルカンにお願いでもしたのか? 実は獣人だとか言い出したら傑作だなぁ!」
「先輩たちも見たことありません? この奴隷の近くにやたら鳥だか兎だかが集まってくるところ」
 ハンスとジャックが焚き付けると、周りの騎士たちも「確かに見たな」「魔塔の使いはスパイだろ? 動物を使って情報を送ってるんじゃ……」「団長を殺すために来たのか? だとしたら危険だぞ!」と囁きを通り越して警告と言わんばかりに声を大きくしていく。
 シロは、こっそりとため息をついた。この事態をどうすべきか。
 どうおさめて、ハンスとジャックを連れていくことができるのか……。
 すると森へ響けとばかりに大きな声がした。
「違う。シロファス君じゃない」
 シロは驚いて声の主を凝視した。
 マルセルは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「彼は僕の命の恩人なんだ!」
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