忠犬シロは転生してでもご主人様を生かしたい

SKYTRICK

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第三章

29 到底信じられないような

 今回の事件に関わっている者を粛清しなければならない。名分はある。ルブリアンのモノに手を出した、で充分だ。
 シロファスが『録音石』と言っていたが、それに今回の件に関する証拠が存在するのだろうか。シロファスが目を覚ましたら問いただすつもりではあるが、今、彼に必要なのは休息と治療である。
 休まずに馬を走らせ、邸宅に帰還したルブリアンは、ひとまずシロファスを私邸の使用人に預けた。
 「部屋に戻しておけ」と汚れたシロファスをメイドに預けると、彼女たちはかなり驚いた様子ではあったが承知する。シロファスは眠っているが、三日間森に放置されていただけありかなり汚れているので、泥を落としておくよう付け足す。ひとまず彼は使用人に預け、ルブリアンは騎士団の宿舎へ向かった。
 案の定宿舎では、シロファスが失踪したことに関して噂と疑念と喧嘩が飛び交っていた。シロファスを案ずる騎士たちは、シロファスを冷遇していた騎士に疑いをかけ、一方で後者の奴らは『奴は逃げたんだ』と吹聴し、言い争うになってる連中もいる。
 ルブリアンが帰還したことを知ると男たちは一斉に押し黙った。ルブリアンは事情を説明するのも面倒なので、「シロファスは邸宅にいる」「療養が必要な体だ」「今回の件は必ず調査し、処断する」と簡潔に宣言した。言葉には曖昧な表現も多く、事情を知らない者は意味が分からなそうな顔をしていたが、数人の騎士は青ざめていたので罪は自覚しているのだろう。
 だがそもそもルブリアンが本部へ戻ったのは騒がしい騎士たちを躾けるためではない。
 魔法使いに会うためだ。
 すっかり真夜中になっていたが、魔法使いを叩き起こして「治癒魔法を使えるものが一人いたな。呼び出せ」と要求する。愚痴る魔法使いだが「シロファスが怪我をした」と告げると、血相を変えて「シロファス君が!?」「おいドルジャンを叩き起こせ!」と騒ぎ出す。
 タイミングが悪く、ドルジャンは転移魔法で一時的に王宮へ戻っていた。帰ってくるのは明け方とのことでどうにもならない。いずれにせよシロファスも今は眠っているだろうと、ひとまず騎士団の屋敷を後にする。
 いつもなら団長室で眠るルブリアンだが、シロファスの様子を確認するのも兼ねて久しぶりに私邸へ戻ることにした。メイドに任せておいたのでシロファスも身の汚れを落としているはずだ。
 そう見込んで戻ってきたルブリアンが目にした光景は、予想と全く反するものだった。
「こいつ! ちっとも起きねぇじゃねぇか!」
「もっと水をかけろ」
「——お前ら、何をやっている」
 六人の使用人が、庭の一角に横たわったソレを囲んでいたが、ルブリアンの存在に気付くと顔を上げる。
 ソレとはシロファスだ。
「る、ルブリアン様!」
「どこかで薄汚れてきたこいつに教育です! ほら、起きろ!」
 汚れた服の上から冷や水と蹴りを浴びせられたシロファスは、ぴくりとも動かない。
 真っ暗な庭に月明かりだけ差している。
 ルブリアンは歩みながら告げる。
「俺がいつ教育しろと言った」
「……へ?」
 使用人の男とメイドたちは、ルブリアンの低い声に動揺し、固まった。彼らからするとルブリアンの怒気の込められた声は予想外で、シロファスを痛めつけるのは当たり前だという雰囲気である。
 満月は夜を照らし、彼らの表情がはっきりと分かった。使用人たちにはルブリアンの顔がどう見えたのだろう。こちらを見上げた彼らの顔が、まるで魔王でも前にしたように一斉に、恐怖を帯びていく。
「俺はシロファスの身を清めて、部屋に戻せと言ったはずだ」
「……は、はい……だから水を……」
 聞くに値しない。すると蹴られた衝撃が今になって伝わったのか、シロファスが目を覚ました。
「ほえ……何? まだ森……? うわっ」
 ここへ運んできた時よりも冷たくなったシロファスを横抱きに抱え上げて、ルブリアンは身を翻した。
 去り際に「君たちに対する処罰は後日下す。甘い見積もりは許されないぞ」と告げる。邸宅に戻ると庭から「マリー! どういうことだ!」「分からないわよ!」と喚く声が洩れ聞こえてきた。
「おい」
「は、はい」
 シロファスからすると、眠っている最中に邸宅へ帰還し、水を浴びせられ、暴行を受けていたのだ。彼も彼で現状を飲み込めていない。
「部屋はどこだ」
「部屋、えっと、上」
 シロファスの指示通りに進むが、どうも部屋につかない。階段を上がるばかりで、本来用意している部屋は通り過ぎている。シロファスは「団長、下ろして」「あ、もっと上」「俺自分で歩ける」「もうちょい上」とルブリアンに抱えられていることの方が気になる様子だった。
 そうして辿り着いたシロファスの部屋は、目を疑う場所であった。
「ここなんだけど……下ろして団長!」
「……」
 扉の前で黙って立ち尽くしているルブリアンにしびれを切らしたシロファスは強引にルブリアンの腕から抜け、ふぅと一息つく。
「びっくりした。まさか抱き上げられるとは……俺は男の人間なのに!」
「……ここは?」
「俺の部屋だよ。ここまで送ってくれてありがとう。あーっ、そうだ。聞かせたいものがあるんだった!」
 シロファスが扉を開き、その部屋の全貌が明らかになる。
 今宵は満月だ。小さな窓から差し込む月光が、シロファスの小さな部屋を照らしている。
「椅子また壊れてる……部屋、汚くてごめんなさい。それで、ええっと、確かこの中に……」
 月光だけを頼りに小さな鞄の中を探るシロファス。一方でルブリアンは、信じられないような光景を前に言葉を失っていた。
 椅子は壊れて散乱している。ベッドは腐臭が漂い、生ゴミと泥と虫の死骸で溢れかえっていた。どこにも体を横たえられる場所はない。ここに人が住むとは信じ難い部屋だ。
 しかしもっとも奇妙なのはシロファスがそれを気にしていないことである。
 まるでこの惨状が当然であるかのように。
「あった!」
 溌剌とした声と共に顔を上げたシロファスの手には録音石が握られている。
 そして彼は満面の笑みを見せた。
 荒れ果てた暗い部屋の中央で、泥水だらけの衣服に身を包みながらも、にっこりと笑顔を見せるシロファスに、ルブリアンは胸が詰まって唖然としていた。
「これ! よかったぁ、失くしてなかった! ああ、良かった! 失くしてたらどうしようかと……森に戻るところだった」
「……」
「これを団長に渡したかったんだ! すっごい安心。安心したら、お腹空いてきたな」
「……シロファス」
「はい!」
「この部屋は何だ」
「え? あっ、臭くてごめんなさい! 明日掃除します!」
 ルブリアンはその返事を受け入れると同時、部屋へ足を踏み入れた。右手に成果を掲げているシロファスが切ない声で「あの、録音石……」と呟くが今だけは取り合わずに、部屋全体を見渡す。
 靴の裏がじゃり、と石を踏んで、ゾッとした。よく見ると床にも泥や虫の死骸が撒き散らされている。これがシロファスの仕業ではないことなど明らかだ。
「この部屋はどうなっている」
「あぁー……ええっと……」
「なんだこのゴミは」
 落ちていた固い物体を拾い上げる。シロファスは慌てふためいた。
「あー! だめ、捨てないで! ゴミっていうか、あの」
「まさか」
「それ大事な奴で」
「これを食べていたのか?」
 明かりが乏しいせいで直ぐには気付けなかった。だがルブリアンはこの正体を知っている。
 戦争中や軍事作戦、魔物討伐戦時に使用していた懐かしい非常食……。
「うん。硬いけれど大きいから、何日も保って最高なんだよ」
「……」
「昔、団長も食べてた……って聞いた! 同じ物食べることができて少し嬉しい」
「シロファス」
「はい?」
「これは、現在、肥料として使っているパンだ」
「へ」
 シロファスが大きな目をさらにまん丸にする。
 ルブリアンは『凶器』と呼ばれていたパンを握り締めた。ヒビが入る。それだけ硬く、劣化しているのである。
 貯蔵庫に残っているこの携帯用ブレッドは既に食糧としては使われていない。
「戦場では使っていたが使用期限がとっくに過ぎているんだ」
「えっ」
「人間が食べる物ではない。どこで手に入れた?」
「手に入れたっていうか……」
 給仕されたというのか。
 たった今し方見た使用人たちの愚行が頭に浮かぶ。ルブリアンはシロファスの目線に合わせ、身を屈めた。
「そもそも硬すぎて食べることなどできなかっただろう? どうやって食べていた? 歯は無事なのか?」
「……そっか」
 シロファスは俯いている。ルブリアンが手にしている、食用ではないパンを見つめているのだ。
(泣いてしまったか?)
 その時ルブリアンは自分でも驚くほどに焦燥感を抱いた。
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