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第三章
42 人たらし
◇◇◇
――「ルブリアン団長、あ、あの、シロファスの様子はいかがですか……?」
――「シロファスは元気に過ごしているのでしょうか」
――「団長殿、シロファスくんはどうしてるんだ。いつになったら我々の元に戻ってくるのだ」
「はぁ……」
執務室に帰ってきたルブリアンは机に肘をつき盛大なため息をついた。邸宅に戻ってくる間に演習場や魔法使いたちの研究室に寄ると、四方八方から呼び止められた。どれもシロファスについてで、新入りの騎士から中堅の騎士、魔法使いたちにいたるまで寄ってくるものだから、ルブリアンはすっかり辟易した。
シロファスに邸宅でのシャルロットの治療を任せるようになり二週間が経っている。
その間ルブリアンはシロファスを魔法使いたちの元へも、騎士団の演習場や宿舎へも派遣していない。
シロファスはひとまずルブリアンの私邸に留めている。シロファスへ加害行為をした邸宅の使用人は処分し、邸宅内だけでなく公爵領への立ち入りを禁じた。
マリーという女のメイドは特に絶望し、執事によると邸宅を去る最後まで始終泣いていたようだが、マリーと共謀していたハンスとジャックに比べればマシだ。原因は不明ではあるが彼らは行方不明になり、おそらくとうに死んでいる。
新しく配属されたシロファスの使用人は、シャルロットを担当していたメイドの一部である。彼らは仕事に忠実であり、かつシャルロットの病状に対するシロファスの貢献を知っているので、好意的に接している。
シロファスの居住地の環境は整ったが仕事は制限している。あれから騎士団やシロファスに詳細を追求したところ、森に放棄された際、シロファスは足を折られていたことも判明した。
シロファス自身の治癒の力で『もう治ったよ!』と言っていたがそれで済む話ではない。骨を折られるほどの暴行を黙って見ていた騎士や、煽った者どもがいるのだ。魔塔の使いとはいえ罪のない弱者に詰め寄るなど騎士道に反する行為である。にもかかわらず悪びれることなく過ごしていた者たちを割り出すため、その期間はシロファスを騎士たちの元へは出さなかった。
とはいえ近いうちに一部の騎士たちが不満と心配を爆発させそうだ。
ルブリアンは一人呟いた。
「アイツら……今までああやって俺に詰め寄ったことがあったか?」
いや、ない。
騎士たちは軽率にルブリアンに話しかけてこないものだ。クレルモン家の血を継いだこの視線を前にすると、誰もが僅かに怯え、ルブリアンに接触するのを躊躇うからだ。
しかしながらシロファスに関することとなるとこうも違う。
ルブリアンの視線の魔法が解けたように群がってくるのだ。
「……恐ろしい人たらしだな」
騎士たちはまだしも、堅物の魔法使いたちすら懐柔するとは。
本人は『俺は魔法使いじゃない』と言っていたがこれはまさに魔法ではないか?
と、考えていると声がかかる。
「人たらし?」
「……」
「人たらしって何だっけ」
ひょこっと執務室に現れたシロファスの肩にはリスが乗っている。確認もせずに勝手に入ってきたシロファスだが、これが初めてではない。
二週間前までは使用人たちもルブリアンの元へ駆け寄ってくるシロファスを止めていたが、今はそれすらせず、シロファスの後ろでにこやかに立っている。彼女たちの朗らかな笑顔に、二週間前までのルブリアンの叱責を恐れて、泣き出しそうなほど震えていた恐怖の影は一切ない。
「お前のこと」
「俺のこと? あっ、団長! おかえりなさいー! これはリスくんです」
「……おう」
シロファスはにこっと笑顔であったが、だんだんとしょんぼりして、「何だか今日はすごく疲れてるね?」とルブリアンの様子に共鳴しているのか眉を下げた。
「疲れてねぇよ」
「何かあった? 俺が治癒する?」
「しなくていい。大人しくしとけ」
「俺、今日は凄く大人しかったんですけど」
「そうか。いい子だったな」
褒めてやると途端に見せるニコーッとした笑みは、なぜだか相棒のシロを思い出す。目の前にいる男は犬ではなく人間なのだが。
この二週間、シロファスは申告通り『おとなしく』邸宅に留まっている。ちょこまかと動き回ってはいるが決してルブリアンの命令には背かないのだ。
「俺、いい子?」
「あぁ」
「ふーん。へぇー。団長、ランチは食べた?」
「まだだ」
「なら俺と一緒に食べよう! シャルロットさんは眠ったばかりだから、二人だね」
正直、食欲などない。報告書の確認を終えたら演習場に戻るつもりだったが、リスを肩に乗せたシロファスの姿に気が抜けた上に、自分の提案を断わられる想定など全くしていないようなその笑顔につられて、ルブリアンは頷いていた。
「あぁ」
「やった! マーサさん、ルブリアン団長と俺の食事を用意してくれる?」
マーサという名の使用人が「えぇ」と頷いた。長年邸宅でメイドを勤めている彼女は二週間前まで通常通りのしかめ面であったが、今はニコニコと接している。どうやらシロファスは他人の表情まで解してしまうようだ。
シロファスはまさに新しい風なのである。彼の前に派遣されていた魔塔の使いは返還されているが、ルブリアンに接触すらせず戻っている。体調の悪化が理由と聞いているが、その頃のルブリアンと一部の騎士たちは公爵邸を空けていることが殆どであったため、前の供給者のことは不明。
「団長~!」
少なくともシロファスのように天真爛漫な人間ではなかったはずだ。
「美味しいね、このステーキ!」
「あぁ」
「さっきのスープも美味しかったな」
「そうだな」
「団長もとうもろこし好きだから、この季節はスープが美味しくていいね」
密接な距離で暮らし、共に時間を過ごすようになって判明したシロファスの癖の一つが、ルブリアンの好みを断定することだ。
確かにとうもろこしは嫌いではない。むしろ好きだった……のは、かつて隣にいた忠犬シロの好物の一つがとうもろこしだったからである。
シロが好むから、ルブリアンもとうもろこしを食していた。
「団長、ルブリアン団長」
シロファスは意味もなくルブリアンを呼んで、嬉しそうにステーキを咀嚼している。
「お前は飽きもせず笑っていて楽しいか?」
「そんな笑ってるかな。でも楽しいよー」
「ふぅん……そういえばシロファス、お前はたまに『ご主人様』と呼ぶことがあるよな」
「えっ」
「無自覚か? あれは何だ? 魔塔時代の癖か何かか?」
「えーっと、うーん。昔の名残り……かも?」
「魔法使いたちをご主人様と呼んでいたのか?」
「うーん」
「……まぁいい」
答えにくいなら無理に聞くことでもない。
シロファスはまるで誤魔化すように「今日は演習場へ行ってたの? 疲れてるなら昼寝したら?」と喋り始める。またしても『ルブリアンは昼寝をするもの』と思い込んでる様子のシロファスに正直に答えるか悩んだが、ルブリアンは首を横に振るだけした。
本日は午前に王妃陛下が本邸へ訪れていた。
王妃陛下は魔法使いであり、炎の魔法の使い手だ。若かりし頃はルブリアンの母であるシャルロットと親友と呼べる仲だった。
関係が一変したのはルブリアンの兄、ローランが王妃陛下の愛娘である王女と共に命を落としてからだ。
騎士であるローランは王女を守りきれなかった。その後、心を病んだシャルロットを王妃陛下が王宮に呼び出した。侍女も退室させた上で二人きりの密室にて、何か『会話』をしたという。
当時の出来事は今でも語り継がれている。王女を亡くしながらも王妃陛下は毅然とし、その瞳には怒りの炎が宿っているように見えた。
一方で王宮を後にするシャルロットは今にも倒れそうなほどに青ざめていたと。
王妃陛下は王女を守りきれなかったローランの母親であるシャルロットを恨んでいる、と世間で噂されている。それが公然の秘密なのだ。
その憎しみにはルブリアンという息子が残されていたことも大きい。
だがシャルロットはルブリアンの記憶を無くしている。シャルロットの中では死んだ息子だけが自分の子供なのだ。
その息子の記憶すら近頃は曖昧になっていた。
「ルブリアン団長、今日はね、シャルロットさんが昔の本を読んでくれたよ」
だがシロファスの治療は意識を明瞭にし、快方へと影響を与えている。
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