忠犬シロは転生してでもご主人様を生かしたい

SKYTRICK

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第三章

45 好きな世界

 その出会い以降ルブリアンは時折、『何故だったのだろう』と考える。
 あの白い犬を目にした途端、彼を迎える以外の選択肢など浮かばなかった。ただ当然自分が手に入れるべきものだと感じて、ルブリアンはその犬を自分のものにした。
 名前をつけるのも信じられないくらいに容易かった。白い犬を目にして『シロ』と名を与えたのは、他人からすると理解できないかもしれないが、それ以外の名前は正しくないと分かっていたのだ。
 シロは、ルブリアンの唯一の犬だった。
「――シロ、ついてくるか?」
「キャンキャンワン!」
 ルブリアンが声をかけるとシロは嬉しそうに吠える。シロを拾って直後のルブリアンにも、まるでルブリアンがこの世に生まれた時から一緒に暮らしていたみたいに懐いてくれた。
 どこへ行くにもついてくるシロ。そうして共に幼少期から青年期を過ごした。いついかなる時も傍に居た可愛い犬は、周囲や騎士団員から冷酷で容赦のないことで恐れられるルブリアンが優しく愛情を込めて接する犬である。
 十代後半になってその傾向は顕著になった。笑顔を渡すのも何気ない会話を与えるのもシロだけ。長い付き合いのルーイや他の騎士たちや従者のアランなどは『俺たちが話しかけても無視するのにな』『何をしても許されるのは世界でシロだけですね』と語った。
 神聖征討シトリス騎士団、通常神聖騎士団は圧倒的な規模を誇る王国有数の軍隊だ。元々クレルモン騎士団に所属していたルブリアンは後に神聖騎士団に幹部として入隊し、やがて騎士団長となった。
 激変の時代を生き抜いたルブリアンの隣には常にシロがいた。厳格であることしか取り柄のない、クレルモン史には華々しい記録すら残せない父親と、自分を忘れた記憶障害で夢遊病の母親、ルブリアンに畏敬の念をもつ距離のある第二夫人とひたすらに愚かな義理の弟妹、そして死んでしまった兄。
 クレルモン家で孤独を感じなかったのはあの犬のおかげだ。
 ルブリアンはシロのことは全て知っていた。
 シロが肉よりもルブリアンの食べている物を好むこと。天気の良い日に庭で昼寝をするのが好きなこと。散歩よりもルブリアンの側でうろうろしたり、ルブリアンの足元で丸まっているのが好きであること。
 犬らしくないところもあるがそこも含めてシロを好きだった。ルブリアンのことを理解しているのは人間ではなくシロである。
 けれどルブリアンは、シロの根本を理解していなかったのだ。










「――シロ!!」
 炎の魔物に軍部を襲われた夜、シロは仲間の剣に貫かれて死んでいった。
 犬の姿ではなく人間の姿で。
 その夜までルブリアンは、シロが獣人であることすら知らなかった。
 白銀の髪をした黄金の宝石眼をもつシロは、燃え盛る炎の中に落ちながらも安心したように微笑んでいた。
 彼の胸には剣が突き刺さったままだった。そうして、まるで、神の手に握りつぶされたかの如く、炎の魔物と落ちたシロは消えてしまったのだ。
 あの時の絶望と後悔をルブリアンは一秒たりとも忘れていない。
 どうしてシロを獣人だと気付いてやれなかったのか。みすみす目の前で死なせてしまったのか。それもシロが愛する騎士団員の手で。
 だが、あらゆる負の感情に塗れながらもルブリアンは諦めていなかった。
 もう自分の感情を明かすものはいない。
 笑顔を渡すものも、何気ない話をする相手もいない。ルブリアンはまた孤独になったが、それはシロと出会う前の孤独とは格が違った。
 シロがいない世界は呪いにかかったように濁って見えて、何をするにも気分が重い。シロとの暮らしを知ってしまったルブリアンはシロを諦めることなどできないし、彼が生きていることを確信していた。
 必ずあの少年を取り返してみせる。
 魔塔を崩壊するという信念はより強くなり、シロが拐かされてからの五年間はそれだけを最終目標にルブリアン専有の部隊を動かした。
 兄の仇であり、シロを奪った魔塔を滅ぼために生きていた。憎き魔塔の連中を追うごとに、奴らはボーフォルティア王国に執着しており、王国内の幾つかに呪いの祭壇の痕跡を残していることが分かった。そのどれもが魔力をもつ子供を攫うための魔法陣を含めた祭壇であったが、魔物を召喚する祭壇もあった。
 奴らを野放しにはして置けない。王室が保有する軍隊や魔法使い軍と共に魔塔を警戒し、やがて魔塔を探るため交流を果たすも、魔塔から送られてくるのは何の情報も持たない下っ端だけだった。
 秘匿の魔法に包まれた魔塔の所在地を明らかにするには幹部に関わる必要がある。ルブリアン隊と王室の調査隊は度々奴らを捉えながらも、本陣を崩壊させるため魔塔を追った。ルブリアンのその熱と信念は王国への忠誠心として捉えられている。だが誰も知らないだろう。
 ルブリアンが、これ以上ないほど魔塔を憎んでいること。何事にも冷静に、残酷に、無感情で接する鬼の騎士団長が、その胸に憎しみの炎を滾らせている。
 人々が思うより強くルブリアンは怒りに支配されていた。
 兄やシロを奪った魔法使いたちを一人残らず追い詰めて、四肢を切り落とし、奴らが生きたまま目の前でその手足を獣たちに食わせてやりたい。順番に並べて一人ずつ毎日、突然に、殺していく。確実に来る死の恐怖で連中を狂わせてから丁寧に葬ることこそが本望だ。この残虐性をこの世の誰が知っているだろうか。
 ルブリアンは本当に怒りに溢れていた。
 ――今だってそうだ。
 ルブリアンを埋め尽くすのは怒りと残虐性だけである、とシロファスが知ったらどう思うだろうか……。
「――もし俺がシャルロットさんの子供だったら、とても幸せだった!」
 だが冬を溶かすような微笑みが、ルブリアンの凍った心に触れる。
 すると心が太陽を飲み込んだように熱くなった。
 怨念の的である魔塔からやってきたシロファスの笑顔をルブリアンは見つめている。
 炎の魔物の夜、落ちていったシロの顔はよく見えなかったけれど、彼が最後まで笑みを浮かべていたことと炎よりも輝かしい黄金の瞳と白銀の髪は記憶に焼き付いている。シロファスは違う。茶髪に翠の瞳……それでもルブリアンの心はシロファスに向けている。
 自分の中で凍っていた何もかもが溶けていく。そうして奥底で固まっていた過去が浮上した。
 誰にも話していなかったことがある。
 あれはシロと出会ってから六年後、十四歳の頃だ。
 王都のドラゴン騎士団が所有する空挺部隊の小型飛行機で初めて雲の上を飛んだルブリアンは、不意に、『天国とはここにあるのだろうか』と考えた。
 白い海を超えて青い空を往く戦闘飛行機。魔法使いで編成された魔塔に、わが国が一般人の騎士や軍人たちと共に対抗するため編み出した魔力で飛行する戦闘機である。殺すための飛行機で、夢みたいに美しい空を眺めながら、『兄はここにいるのだろうか』と辺りを見渡したのだ。
 あの記憶が胸に溢れて、ルブリアンは今更、目の奥が熱くなった。
 シロファスが笑う。
「シャルロットさん。シャルロットさんの好きな世界には何がある?」
「……そうねぇ。甘いお菓子と今日みたいに陽気な日差しかしら」
「全部そこにあるよ」
「え?」
「ローランさんはそこにいるよ」
 ルブリアンは真っ青な空を思い浮かべている。
「思い描けるだけの幸せな世界にいるよ」
 記憶の中の白い海に、もう忘れてしまった男の姿が見えた。
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