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第三章
12 待っていた
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【第三章】
——夕生は夕陽を眺めている。もうすぐ丈が来る。今日は丈が家に泊まりに来るから、荷物を持った丈が現れるのを、日暮れの公園で待っている。
何を話そうか。どこから話そうか。ブランコに乗って、足だけで前後に体を揺すり、丈に話したいことをずっと考えていた。
昨日、初めて誕生日ケーキを買ってもらった。
砂糖で出来た甘いプレートには、チョコで《夕生くん九才のおたんじょう日おめでとう》と書かれていた。
隣には愛海の分のプレートもある。びっくりするくらい大きいケーキだった。誕生日会は初めてだったのでどうしたらいいか分からなかったけれど「ろうそくはケーキを食べるために消すんだよ」と新しく妹になった愛海が教えてくれた。
夕生は先日男の人と施設の集まりに行った。ぬいぐるみや絵本が沢山置かれてる部屋で、夕生と施設の優しい雰囲気の大人と三ツ矢家のあの男の人と三人で話し、「では三ツ矢さんこれからよろしくお願いします。夕生くん、もうすぐお誕生日だよね。誕生日会するんだって? おめでとう」と言われた。
夕生は無言で頷いただけだったけど、なぜか男の人の方が「そうなんですよ。誕生日会をするんです。九歳なんですよ」と嬉しそうに言っていた。そうして誕生日会が来たら彼は、『男の人』ではなく『父』になっていた。
お手伝いの須藤さんは誕生日会が始まる前に帰って行ったけれど、夕生と愛海に「おめでとう。二人ともかわいく育ちましたね」と笑った。
かわいいところなんかないから閉口した夕生と違って、愛海は「ありがとう須藤さん。またね」と元気よく返す。その明るい笑顔を見て、夕生は愛海が須藤さんの言葉の意味よりも好意を受け取っているのだと理解し、同じように「ありがとうございます」と返すことが出来た。
仕事で海外にいることが多い三ツ矢家の母が帰ってきた。彼女は誕生日ケーキを眺めて、ふふっと笑った。
「夕生って良い名前だね。テストの時とかも楽でしょう? 夕生って字、書きやすいし、とてもかっこいい。夕生。いい響きだなぁ」
そんな風に考えたことは一度もなかった。確かにテストの時はすごく楽だ。
思わず微笑むと、母もより微笑みを深くした。それから皆でケーキを食べて他にも沢山のご馳走をいただいた。
丈に話したいことが沢山ある。
プレートに《夕生》と書かれていた。愛海はまなみだったけど、夕生は書きやすい字だから漢字で記されていた。丈も同じだ。丈もきっと誕生日ケーキには漢字で書かれている。そうだよね。
暗闇に浮かぶろうそくがとても綺麗だった。たったそれだけの火なのに、皆の顔が照らされて、電気よりも明るく見えてびっくりした。丈の家でもろうそくに火をつけるのだろうか。ろうそくがケーキに垂れないか、心配にならないか。
この半年間通っていた施設で話す人は優しくて、何となく丈に雰囲気が似てる。ほんわかしていて、ゆっくり会話する夕生に合わせてくれる。あの人も夕生の話をじっと待ってくれる。丈と同じだ。
男の人と女の人が父と母になった。
学校に通うためのリュックをもらった。
早く丈に見せたい。
丈に話したいことがありすぎて迷うのは初めてだ。
丈はいつも、突然黙り込む夕生を待ってくれる。
話が上手くなくても、ゆっくりしていても、丈はいつも隣にいてくれる。初めて会ったのは小学一年の帰りの班活動だった。初めて会った日からずっと、学年が一個違うのにたまに一緒に帰ってくれるし、遊んでくれる。どうして遊んでくれるのか聞いたことがある。丈は「夕生といるのが好きだから」と言っていた。
夕生もそうだった。丈は夕生にとって一番の友達で唯一大好きな人だ。
最近は好きな人が増えたから、丈にそのことを話したい。
でも一番大好きなのはきっと変わらない。
そう言ったら丈はどんな顔をするだろう。
恥ずかしくてまだ言えないけど、いつかもっと話が上手くなったら伝えられる日が来るかもしれない。
今日も明日もその先も楽しみだ。
丈が来るのを待っている。日暮れのオレンジ色はどんどん深く、明るくなる。綺麗な色だなと思って眺めていた。心は夕焼けに染まり、暖かい色に包まれながら丈を思っている。
夕生は丈を待っている。
丈から《もうすぐ家つくよ》とメッセージが届く。夕生はその通知を眺めながら、愛海の話を聞いている。
「でさー、明後日お母さん帰ってくるじゃん? 今日の夜電話くるからお土産会議するの」
「そっか」
「お兄ちゃんも何がいいか決めてね」
「うん。あとでメッセージ送っとくよ」
「会議参加しないの?」
「え? 愛海に電話だろ」
「……」
「あのさ愛海」
「うん何っ?」
「丈と一緒に学校行く?」
「……えっ!?」
愛海は大声を出して驚いた。そんなことは考えもしなかったと言わんばかりに、大きな目をさらに大きくしている。
昨日の晩、夕生は考えていた。昼だけでなく朝の時間も愛海に渡すべきかもしれないと。
昨日のお昼休み、夕生はあの空き教室へ行かなかった。帰りは丈と一緒だったけれど丈に昼休みの話は聞けなかった。
本来なら行けなくてごめんと謝るべきだったかもしれない。でもどうしても、二人で楽しく過ごしたという話を、夕生はまだ聞けない。
二人のことが好きなのに矛盾している。胸を痛めてしまう自分に嫌悪を抱く一方だ。
もうすぐ丈がやってくるらしい。夕生は包帯の巻かれた足を見下ろして、顔を上げた。
「俺、今日はうまく歩けないし」
「そんなの丈くんが合わせるでしょ」
「でも、……実は少し気分が悪くて」
「うそ大丈夫?」
「うん。少し遅れて行こうと思ってる」
「休めば? ゆっくりしたらいいよ」
「大丈夫だよ。二限目から行こうかな」
「……」
これは事実そうで、何だか熱っぽいような気もしている。きっと足の怪我を放置していたからだろう。
昨日、家に帰ってきてから暫くして、突然須藤さんが「夕生くん、足怪我してる?」と訊いてきた。
隠していたのに見破られて驚いたけれど、須藤さんは以前看護師だったと言った。そうか。プロの目が見たら夕生の稚拙な演技など取るに足らないらしい。
それから愛海と須藤さんと病院へ行き処置を施してもらった。薬の影響か家に帰ってきてから体が重くなった。その影響がまだ続いている。
夕生は言った。
「せっかく丈が来てくれるのに俺は行けないから、愛海が一緒に行けば良いよ」
「えー……」
まだ登校はハードルが高いだろうか。夕生は、「嫌?」と問う。
愛海は困惑の表情を浮かべ、珍しくしどろもどろになる。
「嫌っていうか、そんな嫌とかじゃないよ。でも、うーん。まなが行ってもなぁ」
「丈は優しいから大丈夫だよ」
「や、やさしい……?」
愛海は顔を顰めたが、すぐに解いた。
——夕生は夕陽を眺めている。もうすぐ丈が来る。今日は丈が家に泊まりに来るから、荷物を持った丈が現れるのを、日暮れの公園で待っている。
何を話そうか。どこから話そうか。ブランコに乗って、足だけで前後に体を揺すり、丈に話したいことをずっと考えていた。
昨日、初めて誕生日ケーキを買ってもらった。
砂糖で出来た甘いプレートには、チョコで《夕生くん九才のおたんじょう日おめでとう》と書かれていた。
隣には愛海の分のプレートもある。びっくりするくらい大きいケーキだった。誕生日会は初めてだったのでどうしたらいいか分からなかったけれど「ろうそくはケーキを食べるために消すんだよ」と新しく妹になった愛海が教えてくれた。
夕生は先日男の人と施設の集まりに行った。ぬいぐるみや絵本が沢山置かれてる部屋で、夕生と施設の優しい雰囲気の大人と三ツ矢家のあの男の人と三人で話し、「では三ツ矢さんこれからよろしくお願いします。夕生くん、もうすぐお誕生日だよね。誕生日会するんだって? おめでとう」と言われた。
夕生は無言で頷いただけだったけど、なぜか男の人の方が「そうなんですよ。誕生日会をするんです。九歳なんですよ」と嬉しそうに言っていた。そうして誕生日会が来たら彼は、『男の人』ではなく『父』になっていた。
お手伝いの須藤さんは誕生日会が始まる前に帰って行ったけれど、夕生と愛海に「おめでとう。二人ともかわいく育ちましたね」と笑った。
かわいいところなんかないから閉口した夕生と違って、愛海は「ありがとう須藤さん。またね」と元気よく返す。その明るい笑顔を見て、夕生は愛海が須藤さんの言葉の意味よりも好意を受け取っているのだと理解し、同じように「ありがとうございます」と返すことが出来た。
仕事で海外にいることが多い三ツ矢家の母が帰ってきた。彼女は誕生日ケーキを眺めて、ふふっと笑った。
「夕生って良い名前だね。テストの時とかも楽でしょう? 夕生って字、書きやすいし、とてもかっこいい。夕生。いい響きだなぁ」
そんな風に考えたことは一度もなかった。確かにテストの時はすごく楽だ。
思わず微笑むと、母もより微笑みを深くした。それから皆でケーキを食べて他にも沢山のご馳走をいただいた。
丈に話したいことが沢山ある。
プレートに《夕生》と書かれていた。愛海はまなみだったけど、夕生は書きやすい字だから漢字で記されていた。丈も同じだ。丈もきっと誕生日ケーキには漢字で書かれている。そうだよね。
暗闇に浮かぶろうそくがとても綺麗だった。たったそれだけの火なのに、皆の顔が照らされて、電気よりも明るく見えてびっくりした。丈の家でもろうそくに火をつけるのだろうか。ろうそくがケーキに垂れないか、心配にならないか。
この半年間通っていた施設で話す人は優しくて、何となく丈に雰囲気が似てる。ほんわかしていて、ゆっくり会話する夕生に合わせてくれる。あの人も夕生の話をじっと待ってくれる。丈と同じだ。
男の人と女の人が父と母になった。
学校に通うためのリュックをもらった。
早く丈に見せたい。
丈に話したいことがありすぎて迷うのは初めてだ。
丈はいつも、突然黙り込む夕生を待ってくれる。
話が上手くなくても、ゆっくりしていても、丈はいつも隣にいてくれる。初めて会ったのは小学一年の帰りの班活動だった。初めて会った日からずっと、学年が一個違うのにたまに一緒に帰ってくれるし、遊んでくれる。どうして遊んでくれるのか聞いたことがある。丈は「夕生といるのが好きだから」と言っていた。
夕生もそうだった。丈は夕生にとって一番の友達で唯一大好きな人だ。
最近は好きな人が増えたから、丈にそのことを話したい。
でも一番大好きなのはきっと変わらない。
そう言ったら丈はどんな顔をするだろう。
恥ずかしくてまだ言えないけど、いつかもっと話が上手くなったら伝えられる日が来るかもしれない。
今日も明日もその先も楽しみだ。
丈が来るのを待っている。日暮れのオレンジ色はどんどん深く、明るくなる。綺麗な色だなと思って眺めていた。心は夕焼けに染まり、暖かい色に包まれながら丈を思っている。
夕生は丈を待っている。
丈から《もうすぐ家つくよ》とメッセージが届く。夕生はその通知を眺めながら、愛海の話を聞いている。
「でさー、明後日お母さん帰ってくるじゃん? 今日の夜電話くるからお土産会議するの」
「そっか」
「お兄ちゃんも何がいいか決めてね」
「うん。あとでメッセージ送っとくよ」
「会議参加しないの?」
「え? 愛海に電話だろ」
「……」
「あのさ愛海」
「うん何っ?」
「丈と一緒に学校行く?」
「……えっ!?」
愛海は大声を出して驚いた。そんなことは考えもしなかったと言わんばかりに、大きな目をさらに大きくしている。
昨日の晩、夕生は考えていた。昼だけでなく朝の時間も愛海に渡すべきかもしれないと。
昨日のお昼休み、夕生はあの空き教室へ行かなかった。帰りは丈と一緒だったけれど丈に昼休みの話は聞けなかった。
本来なら行けなくてごめんと謝るべきだったかもしれない。でもどうしても、二人で楽しく過ごしたという話を、夕生はまだ聞けない。
二人のことが好きなのに矛盾している。胸を痛めてしまう自分に嫌悪を抱く一方だ。
もうすぐ丈がやってくるらしい。夕生は包帯の巻かれた足を見下ろして、顔を上げた。
「俺、今日はうまく歩けないし」
「そんなの丈くんが合わせるでしょ」
「でも、……実は少し気分が悪くて」
「うそ大丈夫?」
「うん。少し遅れて行こうと思ってる」
「休めば? ゆっくりしたらいいよ」
「大丈夫だよ。二限目から行こうかな」
「……」
これは事実そうで、何だか熱っぽいような気もしている。きっと足の怪我を放置していたからだろう。
昨日、家に帰ってきてから暫くして、突然須藤さんが「夕生くん、足怪我してる?」と訊いてきた。
隠していたのに見破られて驚いたけれど、須藤さんは以前看護師だったと言った。そうか。プロの目が見たら夕生の稚拙な演技など取るに足らないらしい。
それから愛海と須藤さんと病院へ行き処置を施してもらった。薬の影響か家に帰ってきてから体が重くなった。その影響がまだ続いている。
夕生は言った。
「せっかく丈が来てくれるのに俺は行けないから、愛海が一緒に行けば良いよ」
「えー……」
まだ登校はハードルが高いだろうか。夕生は、「嫌?」と問う。
愛海は困惑の表情を浮かべ、珍しくしどろもどろになる。
「嫌っていうか、そんな嫌とかじゃないよ。でも、うーん。まなが行ってもなぁ」
「丈は優しいから大丈夫だよ」
「や、やさしい……?」
愛海は顔を顰めたが、すぐに解いた。
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