【完結】幼馴染が妹と番えますように

SKYTRICK

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最終章

19 戦友

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 ——目が覚めると、自宅の一室だった。
 大きな家の夕生の部屋。壁紙もカーテンも綺麗で、洗練された家具が置かれている。
 部屋のベッドに夕生は横たわっている。
 目が覚めてから暫く天井を眺めていた。
 ああ、頭がはっきりしている。かなりの時間眠ってしまったことは分かる。
 ただ何をするでもなく天井を眺めていた。
 するといきなり、扉が開いた。
「お兄ちゃん、起きた?」
 愛海が顔を覗かせる。夕生は寝転んだまま、「うん」と答えた。
 一番はじめに目を覚ましたのはいつだったか。この部屋に運ばれてきてからだ。
 初めの数日はヒートに苦しんでいたが、ヒートが終わってからもまた断続的に眠り続けていた。
 これほど眠気が収まらないのは緊急抑制剤の副作用のせいだろうと、一度目に起きた時に父が教えてくれた。それがもう何日前だったかは不明瞭だ。
「もう完全に目覚めてる?」
「うん、なんか、頭もすっきりしてる」
「よかったー」
 夕生は上半身を起こした。カーテンが閉まっているので外は見えないが、漏れ出た光から日中なのは察した。
「今って何時?」
「んとね、十一時くらい。お腹空いたよね。食べる? 何か欲しいものある?」
「お腹空いてるのかな……」
「暫く悩んでみようか」
 自分でも腹が減っているのかどうなのか分からない。最後に食事を取ったのは夜だったので、昨晩だろう。
 こうしてじっとしていると段々記憶が浮かんでくる。
 学校内でヒートが起きて、その後先生と愛海の付き添いで病院へ運ばれた。体が楽になってから自宅に戻り、ヒート期間を過ごして、今に至る。
 夕生のヒートに当てられた竹田は、暫く保健室で休んでいたら落ち着いたらしい。
 教えてくれたのは愛海だ。
 何日か前に目を覚ました時、彼女がそう言って「だから気にせず休んでね」と言ってくれた。
 愛海は持ってきた水を二本テーブルに置く。それから、テーブルの上の携帯を見下ろした。
「よかったね。次の学校は行けそうだね」
「うん」
「ねぇ、メッセージだいぶ来てるんじゃない?」
 携帯は枕元のテーブルの上で充電されている。夕生はその画面を盗み見る。
 確かに通知が入っている。携帯に手を伸ばそうとして、夕生はその日付を目にした。
 思わず固まってしまった。
 唇から漏らすように呟く。
「……ごめん」
「はい?」
「七日だ」
 日付は五月七日を表示している。
 もう七日になってしまった。
 今までとにかくヒートを耐えることと眠ることに必死で、時間感覚を完全に失っていた。
 現在は五月七日の午前十一時。つまり、ヒート期間を含めてもう十日近くこうしていたらしい。
 五月七日になっている。四日の愛海の誕生日は過ぎてしまっている。
 旅行だって、三日に出発する予定だった。なのにもう七日だ。
 愛海の誕生日も終わっていて、旅行もできなかった。
 夕生はもう一度「ごめん」と繰り返した。
「ごめん、旅行の予定台無しだ」
 あんなに愛海が楽しみにしていたのに。
 夕生はすっかり青ざめていた。申し訳ない気持ちでいっぱいで、どこを見たらいいか分からず自分の指先を凝視する。
 いつも爪は切り揃えているけど、二本の爪の先が欠けていた。学校でヒートが起きた時に床を引っ掻いて、欠けてしまったものだ。
 次々にあの嵐みたいなひと時の記憶が蘇る。
 竹田が夕生の懇願に応じて、教室を出て行ってくれた。
 それから丈が現れたのだ。
 丈は夕生を恐怖の渦から引き上げて助けてくれた。夕生の肩をそっと撫でて、震えを止めてくれた。
 まるで魔法みたいだったから夢の出来事にも思えたけど、夢ではない。その後に愛海も来てくれた。
 彼女が夕生に緊急抑制剤を打ってくれたのだ。講習通りに迷いない手つきで処置を施してくれた。
 とても頼もしかった。
 それなのに、愛海の楽しみを奪ってしまった。
「ごめんな。あんなに楽しみにしてたのに」
 呑気に何を寝ていたのだろう。罪悪感でいっぱいになり、語尾が小さくなってしまう。
 しかし愛海は、
「……ふふっ」
 と笑った。
 思わず俯いていた顔をバッと上げる。
 いつも夕生はすぐ俯いてしまう。
 真っ直ぐ見つめてくる愛海とは大違いだ。
「お兄ちゃん」
 愛海は笑いながら言った。
「そんなのまたいつか行けばいいじゃん」
「そうだけど……」
「ね、あんまり落ち込まないで。福岡なんて近場だよ」
「うん……」
「あはは」
「あれ、笑ってる?」
 微笑みではなく『笑い』だった。呆気に取られる夕生に愛海は言った。
「だってお兄ちゃん、落ち込むの早すぎるよ。到底まなには追いつけない速度で落ち込み始めるからさぁ」
「……」
「なんかもうむしろ凄いなぁと思って」
「……」
「これは特技と言ってもいいんじゃない? お兄ちゃんが申し訳なく思うことなんて一個もないのに」
 何と返せばいいのか。閉口する夕生に、愛海はにこっと微笑んだ。
「ごめんね。無神経だったかも。お兄ちゃんは本気で落ち込んでるのに」
「いや、謝る必要なんてないよ。むしろ」
 言ってから口を噤む。数秒の間悩んで呟いた。
「確かに、俺、落ち込んでばっかりだよね」
「そうだよ!」
 愛海はベッド近くの椅子に座っていたが立ち上がらんばかりに身を乗り出した。
 夕生がビクッと反応すると、愛海は椅子に座り直した。
「あのね」
 と言ってから、愛海は夕生を見つめた。
「まなちょっと嬉しいんだ」
「……え?」
「お兄ちゃんを助けられたこと」
 夕生は唇を結んだ。愛海は穏やかに告げた。
「覚えてる? まなが、オメガだって言われて……お母さんとお兄ちゃんと皆で病院行ってくれたでしょ」
 それは遠い過去の記憶だ。
 まだ愛海も夕生も小学生の頃。封書が届くのは春の終わりだった。
「ちょうどこの頃だった。まだ、お兄ちゃんがちゃんと三ツ矢になる少し前かな」
 愛海は夕生と同じくオメガ性と診断されたのだ。
 三ツ矢家の夫妻はすぐに愛海を病院へ連れて行った。そこでは処方箋だけでなく様々な講習を受けることになる。
「オメガだから色んな薬を管理しなきゃいけなくて、どんな危険があるかとか、沢山言われてさ」
 小さい子は愛海くらいの年から。上は高校生や大人と幅広い年代のオメガ性が集まっていた。
 何度か病院や施設に通った。その帰りに、三ツ矢家の夫妻は言った。
「お父さんもお母さんも守ってくれるって言ってくれたから、まなも笑って、うんって返した」
 愛海は息を吐くと、声音を低くする。
「その後まなが少し熱が出た後、お兄ちゃんがこういう風に傍にいてくれたよね」
「そう、だったかも」
「その時にお兄ちゃんが言ったんだよ」
 夕生は数秒沈黙してから「何を?」と問う。
 愛海は優しく笑った。
「まなは『大丈夫』って言ったのに、『でも辛いだろ』って」
 何を、と返しながらも本当は覚えている。今夕生のベッドの近くに愛海がいてくれるように、夕生も寝込む彼女の傍にいた。
「お母さんたちが味方になってくれるから辛いなんて言えなかった。でもお兄ちゃんは、まなが怖がってること分かってくれて、『一緒に頑張ろう』って言ってくれた」
 守ってくれるのは頼もしいし、心も強くなる。
 でも結局動かなければならないのは自分たちだ。
 校内でのヒートを思い出す。夕生は必死に竹田へ訴えた。竹田もまた自らの意思で自分の体を抑え付け、部屋の外に出てくれた。
「まなにとってお兄ちゃんは戦友みたいだったの」
 愛海は少し恥ずかしそうに言って、でもすぐに、真剣な顔をした。
「まなはそれからずっとお兄ちゃんが大好きなんだよ。おにいちゃんがお兄ちゃんになる前から、ずっと感謝してる」
 守ってくれる人がいるのは頼もしい。でも横になって共に戦う人がいるのも、また違った頼もしさをもたらしてくれる。
 それが兄妹だった。
「まなはお兄ちゃんに助けられたから、まなもお兄ちゃんを助けることが出来てよかった」
 愛海は言って、息を深く吐く。
 夕生を力強く見つめて言い切った。
「お兄ちゃん、頑張ったね」
「……うん」
 夕生も目を逸らさない。愛海へ告げた。
「ありがとう」
 愛海はニコッと微笑みを返した。
 全ての言葉を素直に受け取ることができた。ふと出た『ありがとう』を懐かしく思う。
 いつも自分は『ごめん』ばかりだったのだ。これからはもっと、違う言葉を探していきたい。
 愛海は腰を上げた。自分の携帯で時刻を確認している。
「須藤さんに何かご飯用意してもらうね」
 ちょうど昼時だ。
「お父さんは仕事行ってるけど、お母さんは今買い物行ってるだけだから。戻ってきたら皆で食べようか」
「そうだね」
「また今度旅行も誕生日会もしよう」
「うん」
「ね、あとさ、誕生日会も合同じゃなくて、そろそろ一人ずつやろうよ」
 ニコニコしていた愛海が突如として真顔になる。
 真剣になって迫ってくるので、夕生は少し狼狽えた。
「そしたら二倍だよ。ケーキも!」
「二倍……」
「だってさ、もう意味わかったでしょ?」
 ——『意味教えてあげる』
 突然、遠い過去が脳裏に蘇った。誕生日会をしたことのない夕生はどうしたらいいか分からず、困っている。
 小さい愛海が言った。誕生日会の意味を教えてあげると。
 夕生は頷いた。
「うん、もうわかる」
 家族の意味はもうわかっている。
 夕生はもう別の世界にはいない。愛海や皆がいる、その世界で生きている。
 愛海はご機嫌になって「やったー」と両手を上げた。
「これでケーキとかご馳走、二回も楽しめるね」
「そうだね」
「ねぇ、七日だよ。誕生日おめでとう、お兄ちゃん」
 夕生はまた「ありがとう」と繰り返した。
 知らぬ間に誕生日を迎えていたのだ。
 それから一呼吸おいて、同じように言った。
「愛海も誕生日おめでとう」
「どうもどうも。まなはもうプレゼントもらったから、お兄ちゃんもなんか欲しいものあったら言ってね」
 愛海は部屋の扉へと歩き出す。「じゃあ」と扉を開けようとしたところで夕生は呟いた。
「……愛海」
「うん?」
「欲しいものあるかも」
「おっ、何?」
 夕生は携帯に手に取った。
 メッセージアプリを開くと、沢山の言葉や写真が目に飛び込んでくる。
 夕焼けの写真が送られてきていた。あんまりにも綺麗だから夕生はフッと微笑む。
 その写真を見つめながら、夕生は囁いた。
「丈に会いたい」












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