転生王子の奮闘記

銀雪

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第2章  魔法と領地巡りの儀式

『32、宮廷魔術師と訓練と模擬戦と』

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数日後、俺は訓練場にいた。
今日は母上の鶴の一声で、宮廷魔術師のマークさんによる魔法訓練がある。
どんなことを行うか、今日に至るまで一切教えてもらえなかったから不安しかない。

それにしても、何で俺1人しかいないの?
時間になっても来ないマークさんに多少イライラしながらあたりを見回す。

この訓練場は、所謂すり鉢状に作られていた。
俺たちがいる中心部分をグルッと囲むように観客席があり、屋根まで完備されている。
もはや前世でのドームだ。

背後の観客席に視線を移した時、席の1つに誰かが座っているのが見えた。
「誰ですか?そこに座っているのは?」
父上などの可能性もあるため優し目に問いかけると、その人物は―――消えた。

え、消えた?どこに行ったんだ?
思わず持っていた杖を構え直し、臨戦体制になる。

この杖は父上からプレゼントしてもらったもので、碧い宝石が杖の先についている。
どのくらい値が張るのか・・・。王族の財政はエグイぜ・・・。

すると、俺の目の前にローブを着た男性が音もなく現れた。
「うわあ!?どこから現れたんだ!?」
思わず後ずさると、男性は怪しげな笑みを浮かべ、「初めまして。マークです」と名乗った。

「・・・え?あなたが宮廷魔術師のマークさんですか?」
名乗りより先に、驚いた俺にフォロー入れてくれない?心臓が止まるかと思ったんだけど。
訝し気に尋ねると同時に、そのような気持ちを込めてマークさんを睨みつける。

「いかにも。そよ風」
マークさんが大きく頷きながら呟くと、心地よい風が訓練場を吹き抜けた。

「凄い・・・。ここまで精密に操作できるなんて・・・」
風は訓練場の物を壊さない程度の強さで吹いており、的確にドアに向かっている。
換気ついでと言った感じだが、全ての風をドアに通すなんて、かなりの集中力が必要だ。

それを顔色一つ変えずにやってのけるなんて・・・。
間違いない。この人は相当な魔法の実力者だ。
俺は微笑んで右手を差し出す。

「マークさん、よろしく。第一王子のリレンです」
「こちらこそよろしくお願いします」
マークさんはその手を握って、カルスとタメを張るくらいには優雅な礼をして見せた。
こうして魔法訓練は始まった。

「それじゃ、まずは初級魔法を使って見てください。属性は何でも構いませんよ」
属性は何でもいいのか。何属性を打とうかな?

俺はまだ上手に制御できないし、闇とかを出して驚かれても面倒だ。
無難に水とかにしておこうかな。

「それじゃ行きますよ。水球」
魔法を試し打ちした時のように指先5㎝のところに水の弾を作り、的に向けて放つ。
水の弾は真っすぐ飛んでいき、的の中心を濡らした。

「よし、真ん中に命中!」
水属性の魔法は初めて真ん中に当たったのだ。制御がどうにも難しくて・・・。
小さくガッツポーズをしてからマークさんを振り返ると、マークさんは呆然としていた。

「マークさん、どうしたんですか?具合でも悪いんですか?」
「いや、5歳で無詠唱ってあり得ないからね。普通」
さっきまで敬語だったのに、素の口調が戻ってしまっている。そんなに衝撃的だったの?

「マーク、どうだ?うちの第1王子は」
首を傾げている俺のもとに父上がやってきた。
水に濡れた的を視界に入れると、その笑顔が引きつった。

「やはり全属性を使えるリレンは制御にも長けているか・・・」
「ええ。それどころか無詠唱ですよ?王子は本当に5歳ですか?」
マークさんが疑わし気な視線を向けてきた。失礼だな。正真正銘5歳だからね?

「それは間違いない。リレンは5歳だ。それほどなら、模擬戦でもしてみるか」
「――模擬戦ですか?」
発言の意図が分からず困惑する俺に、父上は唇の端を吊り上げた。

「もしリレンが勝ったら、新たな部屋を与えよう。今の3倍は広いぞ?」
おいおい・・・今の部屋でも前世の部屋の10倍はあるんだけど。
どれだけ広い部屋をくれようとしているんだ。

「分かりました。私が勝ったらタルトでも作ってもらいましょうか」
呆れているうちに、マークさんが俺に向き合う。
父上はいつの間にか観客席の最前列にいるし・・・半ば強制じゃん。

「言質は取りましたよ?広い部屋をゲットして見せます」
若干強がりつつ、杖を構える。

こちらも言質を与えているが、強がりだと分かってもらえるだろう。
魔法を習得して数日の俺と、魔法を何十年と訓練しているマークさんじゃ釣り合わない。
相手の方が何十枚も何百枚も上手だ。

「勝負時間は5分だ。勝利条件は相手に風以外の魔法を当てる事。使える魔法は下級、中級とする。――では行くぞ・・・初めっ!」
父上の合図とともにマークさんが黒い闇を纏い出す。
闇魔法だ。闇の量から推測するに、中級程度といったところか。

「先手必勝。闇の波動」
マークさんが呟くと同時に、闇が波のように連続で迫ってくる。
一つ一つが恐ろしいスピードで近づいてくるのはさながらホラーのよう。

光の矢ライトアロー!マークさんを貫け!」
俺は杖から光の矢を発射し、マークさんに向けて飛ばした。
矢は途中で闇の波を次々と打ち崩していくものの、マークさんに届く一歩手前で消滅。
相手に当てるとまではいかなかったようだ。

「うーん・・・闇の波にさらされすぎたみたいだね。火球ファイアーボール
考えているフリをしながら火球を不意打ちで飛ばす。

マークは土の壁を作ることでそれを防ぎ、崩れた壁を土弾として打ってくる。
大小さまざまな土の塊が一斉に宙を舞い、ナイフのように襲い掛かってきた。

「うわっ!?土の壁を打ってくるなんて・・・。風の障壁」
強い風を上空に発生させ、土弾を暴風と共に相手にお返しする。
マークさんは暴風で視界が安定しない中、土弾を避け続けなきゃいけないのだ。
だが、これは囮だ。あくまで弾幕に過ぎない。

「もう一度、光の矢ライトアロー!今度こそマークさんを貫け!」
今度は5本作って一斉に発射する。これだけあれば1本は当たるだろ。

予想に違わず、土弾を避けたマークさんに光の矢が迫っていく。
矢に気づいたマークさんが顔を青ざめさせた。
慌てて土の壁を作ろうとしたものの、風に飛ばされて自分の首を絞める結果に。

マークさんが顔を歪めたその瞬間、土の壁がマークさんを直撃し、彼は横に吹っ飛んだ。勝ったと思い、魔法を解除しようとした俺は、すんでの所であることに気づいた。
まだ魔法を当てていない。

この模擬戦の勝利条件は相手に風以外の魔法を当てること。
確かにマークさんは吹っ飛んだが、それは自爆であって俺は当てていない。
つまり、勝利条件を満たしていないのだ。

吹っ飛んで、今だ動けていないマークさんに近づくと、水球で彼のローブを濡らした。
「そこまで。勝利したのはリレン!」
父上のアナウンスが響くと同時に俺は膝から崩れ落ちる。

魔力の使い過ぎで体がもうガックガク。正直、立っているのもしんどい。
一方、マークさんはピンピンしており、魔力が減りすぎているといった感じはなかった。
魔力量・・・エグくない?

「マークさんは大丈夫なんですか?僕はもう膝が震えちゃっているんですけど」
「私は大丈夫ですね。むしろ減っているかも怪しいところです」
「はあ!?あれだけ土魔法で足元を固めていたのに?」

実はマークさん、飛ばされないように強固な土魔法で足元を固めようと画策していたのだ。
作るそばから無くなるので、途中から諦めたようだが。

「ええ。私の魔力量はこの国で一番ですから」
「あ、そうなんだ」

そんな人と戦っていたのかよ・・・。よく勝てたな。
俺は今日一番ともいえる、安堵のため息をついたのだった。
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