転生王子の奮闘記

銀雪

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第2章  魔法と領地巡りの儀式

『75、守れて良かった』

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大技を打つため、背後に下がったジューンに向けて魔法が放たれた。
俺も慌てて相殺しようと魔法を放つが、恐らくは魔力が多く込められていたのだろう。
無残にも弾き飛ばされてしまった。

誰もがジューンは死ぬのではないかと顔を青ざめさせたが、最悪の事態は免れた。
執事のディッセが素早くジューンの前に立ちふさがって攻撃魔法を全て受け止めたのだ。
当然、ディッセは鮮血を垂らしながら地に伏す。

勝利を確信していた男にジューンの怒りが籠もった大技が叩きこまれ、男も地に伏した。
ここに執務室での激闘は幕を下ろしたのである。

「おい、しっかりしろ!死ぬな!生きて・・・目を開けて・・・僕を優しい瞳で見つめてくれ!」

大技を叩きこんだ後、すぐに反転してディッセに駆け寄ったジューンが叫ぶ。
その目には涙が溜まっていた。

「ジューン様、あなたならこの先もこのヂーク郡を発展させていけると信じています」
「無理だよ!ぼ・・・俺はディッセがいないと何も出来ないんだよ・・・だから必死に生きて!」

口ではそう言っていながらも、手は小刻みに震えている、
心のどこかではもう助からないと思い込んでいるのかもしれない。

「あなたに仕えられて・・・あなたを守れて良かった。これからは領民の・・・た・・・め・・・」
完全回復パーフェクト・ヒール。ディッセさん、死ぬな!」

俺は決死の思いで回復魔法を放つが、命の灯が消える方が早かったのだろう。
緑の光はディッセの体に当たって弾け飛ぶ。

「回復魔法を弾いた!?ということは・・・死んでしまったのかっ!」
「クソッ・・・あと1歩早ければディッセさんを死なせずに済んだかもしれないのにっ!」

ジューンが悔しそうにそう呟いて慟哭した。
何も出来なかったという喪失感が俺の心を包む。

もう心の中は恐怖、怒り、喪失感といった負の感情ばかりが支配しているなと思う。
糸が切れた人形のようにジューンと俺はしばらくその場に立ち竦んでいた。
後から惨事に気づいたフローリーやマイセスが何か言っていたけど、耳には入ってこない。
世界から音が消えてしまったかのように感じた。

やがて立ち上がったジューンはディッセの冷たくなった腕を見て瞠目する。
つられて視線を移すと、痛々しい紋章が彫られていた。
カルスの腕に彫られたのと同じ、ダリマ郡領主であるメイザのものだ。

「あの女・・・僕に不正を強要しただけでは飽き足らず、一番の腹心を斬ったか・・・」

呟いたジューンの目は血走っていた。
その身を焼き尽くしてしまうのではないかと思うほどの怒りの炎が彼を包んでいる。

「おい、起きろ!たっぷりと拷問してやるから覚悟・・・」
「ジューン?どうしたんだ?突然動かなくなったりして・・・」

呼びかけながらジューンに近付くと、彼の腕に奴隷紋が書かれていた。
床に横たわっている男は鏝のような魔導具を所持しており、あれがトリガーだろう。
あまり使いたくはない手だが、騎士たちが来るまで闇魔法で動きを封じておく。

「こんな感情、どうしてだけが・・・。テメェも俺と同じ感情を味わってしまえ!」
「何を言ってんだ?――マズイ、結界、発動!」

カルスに向かって放たれていたジューンの魔法を魔導具の結界で阻む。
白薔薇で作ったものでは無いため不安が残るが、ジューンの攻撃程度なら大丈夫だろう。
というか奴隷紋のせいで我を忘れているのか。

「残念だったね。僕の結界を君が破れると思っているの?」
「しかも進めないと来たか。全く面倒な奴だな!」

ジューンが吐き捨てるように言うと、騎士たちが遅れながらも到着した。
だが俺にとっては最悪のタイミングと言わざるを得ないな。
ここの騎士たちは俺の命令よりもジューンの命令を遂行しようとするだろうから。
そんな人たちが総勢20人近くいるため、厄介極まりない。

「その結界を破壊しろ!全員で攻撃すれば割れるだろう」
「僕がそれを黙って見ていると思っているの?反抗するに決まっているでしょ」

そう言ってから杖を構え、土の弾を騎士に向かって発射する。
尖っていないため死にはしないが、勢いよくぶつかってきた塊は人間をも押し倒す。
今の攻撃だけで4人の騎士たちが行動不能に追い込まれた。

「相手は魔法使いだ。攻撃部隊は魔法の防御にあたり、魔法部隊は魔法を放て」

攻撃部隊がそのまま防御部隊になるということか。
俺は冷静に、光の矢を1人に対して2本飛んでいくようにして放つ。
よほどの手練れでなければ2本を捌くなど不可能。
思惑通り、追加で5人ほどの騎士が床に伏すことになった。

「何をしているのだ!・・・こうなったら俺も助けた方がいいか。覚悟しろリレン!」

杖を構え直したジューンが水魔法を主体とした攻撃を仕掛けてくる。
2方面からの攻撃に対処するのは当然のことながら不可能で、結界に傷がついていく。

「僕もこのままじゃ終われない!血を流すわけにはいかないんだ!」

氷魔法を使って攻撃のマンネリ化を防ぐと、騎士たちも次はどちらかと警戒し始めた。
これは勝ったな。

確信した俺は土魔法、氷魔法に続いて風魔法を使い始めた。
土か氷だと思っていた騎士たちは突然の風に対応できず、床とキスをする羽目になる。

「どう?策略なら僕の方が上手いと思うけど」
「クソッ・・・20人もいた騎士がもう半分近くまで減らされている!?」

改めて戦況を見つめたジューンが驚きの声を上げた
俺の魔法を使った攻撃に負けた騎士たちが床を埋め尽くすがごとく転がっている。
ジューンが派遣した騎士のうち半分は既に負けていた。

残りの半分もほとんどが剣を構えた普通の騎士であり、迂闊に近寄くことが出来ない。
近付けば、簡単に魔法の餌食になるからだ。

「君のことは確かに悲しい出来事だ。だけど僕の大切な人を攻撃したことは許さない」
「そうですか・・・。あなたに許してもらわなくとも・・・」

皮肉めいた口調で吐き捨てたジューンは窓を開け、門の外を眺めた。
途端に兵たちの鬨の声が響いてくる。

「俺にはこれだけの味方がいる。俺を敵に回した時点で、この郡にお前の居場所は無い」
「それなら予定を早めてダリマ郡に向かうだけだ。絶対に血は流させない」

俺とジューンの間に激しい火花が散った。
結界を張ったまま身を翻すと、カルスとフェブアーに声を掛ける。

「馬車を用意して。強行策でそのままダリマ郡へ急ぐ。無駄な血は1滴も流させない」
「分かりました。すぐ準備いたします」

カルスが階下へ走ったのを見届けてから、再びジューンと向き合う。
彼は苦い顔をしながら椅子に座っていた。

「結界がある限り、手出し出来ないのは分かった。後は進軍勝負だ」
「望むところだ。お前が来る前に必ず不正事件を解決してメイザを断罪して見せる」
宣言すると、ジューンは鼻で笑う。

「出来るのならやってみな。俺はダリマ郡に到着し次第、攻撃を開始するつもりだ。つまりお前の勝利条件は俺がダリマ郡に着いた時に捕縛されたメイザがいることだ」

ここからダリマ郡の領主館までは4日であり、ダリマ郡内なら1日ということになる。
大軍であるジューンの軍は到着するのに1週間くらいかな。
つまり解決するまでの猶予はわずか2日だ。

強情なメイザがそう簡単に認めるわけが無いし、証拠を掴むのも難しいだろう。
かなり不利な条件ではあるが、やらないわけにはいかない。

「分かった。その勝負受けよう。早期解決の方が僕としてもありがたいからね」

旅の期限が迫っているため、出来るだけ早く解決したいという思惑もあった。
背水の陣の方がどうしても俊敏に動けるよね。

「ハンデとして夜が明けるまで進軍は待ってあげるよ。お前は好きにしろ」

兵の気持ちを考えてのことだろう。
ならば俺は遠慮なく進もうと思い、執務室を後にした。
メイザを従わせて奴隷紋を解除してもらうという目的も増えてしまったが、まあいい。

いつかはやらなきゃいけなかったことだ。
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