檻と王女と元奴隷

croon

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序章

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 暴力的な日差しと少しも涼しくない風から身を守るように、汚れが目立つ、黄ばんだ布で作られているテントの中に入った。
「あつい…」
 誰もいないテントでひとり、呟く。
 こんな天気が良い日には、大人は洗濯だなんだのと忙しいらしく、子どもは外に遊びに出ているので、テントの中は決まって誰もいない。だが、かげろうが見えるこの炎天下の中、体を動かす気には慣れない自分はこうしてテントの中で横になっていた。そのため周りの大人からは冷めてると言われ、友達と呼べるような友達はいなかった。
 まあ、冷めるのも無理はないだろう。なんせ、つい一週間前までは奴隷だったのだから。
「あ、やっぱりここにいた。相変わらず冷めてるねー」
 子どもの中では浮いていても、大人の中に混じれば違った。
「あんた、仕事は?最近隣のスラムで騙ってんだろ?」
「あ、ばれたー?流石アラン」
「手口が荒いんだよ。人を騙すための嘘ならもっとましな嘘を吐け」
「手厳しいなー」
「おい詐欺師、俺に何か隠してるな」
「あれ、ばれた?何でだ?」
「あんたは何か隠すとき、語尾を延ばす癖がある。良い機会だ、直せ」
 苦笑いをした、詐欺師には見えない顔をした詐欺師を眺めながら、何か嫌な予感がした。
「軍隊……?」
「今急募してるんだってさ。働きによっては昇進もするし、給料も増えるらしいよ。でも、ある程度武術ができないと入隊できないんだって。入隊検査があるから、その時に値踏みをされるらしいよ」
 男の説明を聞きながら、真っ白になりかけた頭で考えた。
「…」
「どうする?やっぱり話が急すぎたかな」
「……いいぞ。その話、乗る」
「いいの!?」
「あんたが持ってきた話だろ」
「まあ。で、入隊検査の最終日が明日なんだって」
「っもっと早く言え!罰として、入隊したら真剣勝負だ」
「えー…寸止めしてよー?」
「わかったわかった」
 この間まで、時には主人の命を身代わりになってまでも守るために鍛えていたのだ。軍隊に入ってもある程度は通じるだろう。





「アラン様!」
「我らが英雄!アラン様!!」
「貴方様のお陰で私逹はこんなに豊かな暮らしができております!」
「ありがとうございます!!」
「アラン様!万歳!!」
「アラン様!万歳!!」
「アラン様!万歳!!」
 アラン様…アラン様…アラン様……
「アラン?」
「っ!?」
「大丈夫?だいぶうなされていたけど…」
 じんわりと痛む頭を無視して体を起こした。
 嫌な夢を見た。
「…皆、笑っているが、何で笑っているんだ?何故俺はアラン様と呼ばれる?」
「それは、アランが他国との戦争で活躍してるからじゃない?戦争で勝てばその国の食料とかお金が自分達のものになるから、この国は豊かになる。国民の生活も豊かになるわけだから、国民は生活を豊かにしてくれた軍隊や兵士、アランに感謝するわけ」
 説明を聞きながら、戦争を終えて国に帰ってきたときのことを思い返した。
「まあ、ここまで有名になるなんて思ってなかったけどね。軍隊に入ったのも正直お金目当てだったし」
 皆皆、笑っていた。中には感極まって泣いている人もいた。
 別に俺はあんたらのために戦ってきたわけじゃないんだけど。他でもない自分のために戦ったのに、感謝されても困る。
「こんなこと言うの、おかしいと思うが言わせてくれ」
「うん?いいけど?」
「たとえ利己的だったとしても、自ら武器を手に取り戦う奴と、それを傍観する奴だったら、どっちがまだマシなんだろうな。目的があって、その目的を達成しようと手段を選ばない奴と、目的が達成されるのをただ黙って待っている奴」
「え…?」
「わかってる。比べるようなことじゃないことくらい。比べても意味がないことくらい。だけど思うんだ。俺がもしこの国ではなく、他の国に産まれていたらこの国の国民はこうして笑っていられないんだろうなって。俺が剣をとらなかったらその笑顔は存在していないんだろうなって」
 話しながら、幾つもの笑顔が浮かんでは消える。
「それは、そう、だろうけど…。産まれる場所は選べないし、運もあると思うけど」
「凶暴な獣がいたら、檻に入れて、場合によって、殺すだろ?」
「え、うん」
「その獣に、俺はいつかなるだろうな」
「え…?」





「ちょっと待てよっ、どういうことだ!説明しろ!アラン!!何か言えよ!!」
「…悪いな。今まで世話になった。あんたは俺にとって唯一の友だった。しかしあんた、口調がまるで違うな。流石詐欺師だ。よく今まで俺を騙せてたな」
 軍事裁判によってアランに言い渡された刑期は三十七万年死刑制度がないのだ。
 三十七万年の禁固刑にするのなら、いっそのこと死刑にでもすればいいのに、と思いながら、四人がかりでこちらに来るのを止められている元詐欺師の男の顔を眺めた。
「アラン!!」
「じゃあな、詐欺師」
 両脇にいる軍服の男逹に小突かれ、最期にそれだけ言うと前を向き歩いた。
 あいつは今にも泣き出しそうな顔をしていた。





 あいつは今、何をしているのだろうか。
 檻に入っているには違いないが、禁固刑の俺とは違い、懲役なので、何かしらの作業はしているのだろう。懲役が何年かは知らないが、立派な老人くらいの歳になれば出られるのだろうか。
 もしそうなのならば、そして、…もし、面会が許されるのならば、あいつに会いたいな。あの乱雑な口調をもう一度、聞いてみたい。穏やかないつもの口調でもいい。憎まれ口を叩かれてもいい。まだ檻に入っているのかと嗤われてもいい。とにかく会いたい。会いたいんだ。
 だって、たったひとりの友人だから。俺への態度を変えずにいてくれたのは、あいつだけだから。俺を拾ってくれたのも、俺を育ててくれたのも、あいつだから。
 あいつは、俺の唯一の友人であり、ライバルだった。
 英雄から一転、殺人鬼扱いされた俺は檻の中、考えた。
 大きな国どうしの争いで人をたくさん殺せば栄誉がもらえるのに、いざ平和になると、手のひらを返したように皆が皆が殺人鬼と言い責める。他に手段はあったのか?あったらそもそも争わないはず。まあ、平和になったのは、戦争に負けて他の国に統治されたからなのだが。
 俺を責める奴等に訊きたい。誰のおかげで今生きてると思ってるんだ?俺が戦ったからだろ?俺はあんた逹のためだとは微塵も思ってないが。でも事実だろ?
 訴えても、誰も耳を貸さないことはわかっている。むしろ、お前が負けたからこうなっているんだろ。頼んでないのに勝手に行動したのはお前だろ。などど言われるに決まっている。
 食べて寝る。それ以外は体を動かす。そんな毎日の繰り返しに飽きてきた頃。
「おい、三十七万年、お前に良い報せをやる」
 呼ばなければ食事を運ぶとき以外は檻にすら近づかない見回り番が、そんなことを言った。
 良い報せとは何だろう。そもそも俺に関係あるのか?にやにやしている見回り番の顔を見上げた。
「あいつがお前に会いに来たぞ。名前、なんつったっけかな。ほら、お前がここに来るときに最後まで暴れてた奴」
「っ!!」
 間違いない。あいつだ。詐欺師だ。俺の唯一だ。嬉しかった。会えることも、会いに来てくれたことも。
「死体になってまでなぁ」
 シタイニナッテマデ…
 死体になってまで…
 え、死んだのか?あいつが?何故!?
 番人の言葉は理解できても受け入れたくなかった。
 ニタニタ嗤っている番人に、手当たり次第に言葉をぶつけた。思い付く限りの暴言、嫌味、皮肉を。しかし番人の表情は変わらなかった
「おい、持ってこい。こいつに現実を教えてやろうじゃないか」
 そして軍服姿の男が二人、布に包まれた横長の何かを運んできた。
 その時点でわかってしまった。布からはみ出して見える箇所で、見当がついてしまった。
「久々で、しかも最期のご対面♪」
 楽し気にそう言った番人。
 同時に布が外される。
 そして露になる。血塗れになった友人の姿が。友人の死体が。友人だったものが。
 友人にはささやかな黙祷を捧げた。
 もう二度と見ることができないその姿を目に焼き付けた。
「こいつさぁー、ほんっとうにしつこくてよー。面会は禁止つってんのに会いたい会いたいって言って、あんまりにもしつこいもんだから刺しちゃった♪ま、仮釈放してたんだけどー、人殺しは人殺しだし?別に人殺しが一人くらい死んでも誰も困らないしね♪」
「ふざけるな」
「うん?」
 直後、番人は苦痛に顔を歪ませた。
 アランは冷たく言い放った。
「あんたなんか死んじまえ」
 そして、刑期が五千年追加された。
 完全に八つ当たりだろ。番人の肩を壊したくらいで五千年なんてふざけてる。左肩にしてやっただけでもありがたく思え。軍服にその場で両肩を外された俺の身にもなれ。番人のあんたらだったら即気絶もしくは失禁だっただろうな。
 おかげで俺の両足にやたら重い重りがつけられたし。少し歩くだけでいい運動になるぞ、これ。
 けど、すっきりした。
 俺も死のうかな。
「はあ…」
 やってみたがこれでは死ねない 。まず、鎖を固定する場所がない。
 両足の重りに繋がる鎖を見て、溜め息を吐く。
 舌を噛みちぎって死ぬのは嫌だ。血の臭いで死ぬ前に気がつかれる。
 こうなったらとことん生きよう。
 そして脱獄の機会を狙おう。どうせ刑期三十七万五千年だ。今さら少し増えたところでたいして変わらない。
 ついでに、言葉使いも直すことにしよう。外に出たときに世渡りで困らないように。そうだ、詐欺師のあいつは確か口が上手かった。事を起こす前にも、あいつが必ず視察しに行き、スパイとしても活躍していた。あいつの口調を真似しよう。少しでもあいつのことを覚えていたいから。
 やっと受け入れた友人の死。強烈な喪失感と深い哀しみこの二つの感情をどうしたらいいのかわからないが、わからないなりに胸にしまっておこう。溢れ出さないように、そっとカギをかけて。
 今、改めて友人の死を受け入れた。

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