雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
550 / 592
第五章:最古の宝剣

第百四十九話:とかげ、おいしそう

しおりを挟む
 それは戦いというよりも、喧嘩だった。



 向かい合った一匹の化け物と、一頭の山の様な竜の、殴り合い。

 いつもの剣の美しさや正確さは何処かに消え失せ、ただがむしゃらに、力任せにクラウスは剣を振るった。

 勇者として理想的な肉体。

 その言葉通りの頑丈で、怪力で、それでいてしなやかな肉体を存分に使いながらも、まるで人としての技術を忘れたかの様な戦い方に、サラは戦慄した。



「どうしたの、クラウス?」



 何度も何度も弾き飛ばされながらも、それでも大した怪我も負うことなく再び斬りかかるそれは、異様だった。

 きっといつもならば、ドラゴンが相手とあらば一瞬の判断で腕に取り付き、鱗を一枚一枚剥がしながら戦うのがクラウスだ。

 恨みも無いにも関わらず、魔物の命を虫ケラ程の価値も無いと思わせる様な戦い方から付けられた異名は悪鬼。

 時に敵の腕を引き千切っては口に突き刺し、頭をもぎ取っては投石の様に投げつける。

 魔物に対してだけとはいえ、とても教育上マナに見せられるものではないと考えていたクラウスの戦い。



 母に心配させないように、なるべく自分が傷つかない様にする為の戦い方というのが本人談だったけれど、見ている方が魔物に同情してしまう様な、そんな凄惨な光景を作り出すのが、いつもだった。



 そんなクラウスが、なんの工夫もなく真正面なら殴るかの様に斬りかかる光景は、サラの目にはとても異様な光景に思えた。



「……じゅる」



 不意にそんな汁気の多い音が、サラの頭のすぐ下から聞こえた。

 何かと思って見てみれば、そこにあったのはまた、異様な光景だった。



「とかげ、おいしそう」



 キラキラと目を光らせたマナが、何度も何度も吹き飛ばさせるクラウスの心配など微塵もせずに、そんなことを涎を啜りながら呟いている。



「マナ?」



 サラは思わず尋ねた。

 その目的は最初から決まっていたにも関わらず、それほどに今の二人の様子は異様だった。



「ねえさら、あのとかげおいしいよ。もっとちかくいこ」



 混乱するサラとは対照的に、随分と興奮した様子で、マナはそう、サラに向かって催促した。



 ――。



「クラウス君は随分とやられてるけど、本当に大丈夫なのかい、エリーちゃん?」

「多分ね。半身があれだけボコボコにされてるのに、サラの腕の中の子は、全く動揺してないから……」



 戦場から400m程離れた地点、サラの待機場所からは200m程の場所で、英雄達はその戦いを眺めていた。

 そこには何度も腰に武器に手を置きつつ、しかし手出しはしまいと耐えるオリヴィアや、初めての超大物を目の前に、どうしても膝が震えてしまうエリスも。

 皆が何かしらの我慢をしながら、二つの化け物の喧嘩を眺めていた。



「やっぱりどう見てもクラウス君が勝てる様子はないけど、いいの?」



 エレナが問う様に、クラウスは有効打と呼べる攻撃をドラゴンに与えられている様子は全くなかった。

 始めこそその脚を掬う様な一撃を放っていた。

 しかしそれはクラウスを無視してドラゴンが歩いていたからに過ぎず、いざ正面から戦えば、鱗を傷付けることすら出来てはいない様子。

 勝ちの目は、どんな素人が見ても全くのゼロに見えた。



「妾にも分からんな。どう見える、エリー?」

「クラウスは興奮してるね。多分あの子の影響を受けてるのと、ドラゴンに同志と言われて動揺してるんだと思う」

「同志、か……」

「うん、そう言ったのを聞いたし、実際にそう思ってる。それでドラゴンは、遊んでるね」



 ――。



「同志とはどういうことだ、トカゲ」

『フハハ、同志の意味すら分からんか』

「意味を問うてるわけじゃない。さっさと死ね」

『落ち着け剣よ。何度も言っておろう。我々は共に、勇者を殺す化け物だろう?』



 どうにも、イライラする。

 先程から目の前のオオトカゲは、僕のことを勇者殺しだと言いながら、遊び半分に戦っている。

 こちらは全力で殺しにかかっているにも関わらず、ブレスすら吐かず、魔法も使わず、地に立ったままに腕を振り尻尾を振り、まるで本気を出してはいない。

 平気で話しかけてくるのがそのいい証拠だろう。



 何回転がされたか、先程から全身がミシミシと悲鳴を上げ始めた。



 いざという時には英雄達が助けに入る。

 たったそれだけで、安心して戦える。



 こんな化け物トカゲで魔王よりも遥か弱いというのだから、魔王を倒したという英雄達本当にどれ程強いのだろうか。

 これと同じサイズを何の抵抗も許さずに消滅してさせた聖女サニィは、魔王を単独で倒した英雄レインは、一体どれほどに頭抜けた存在だったのだろう。



 ふと、そんなことを考えて始めた時だった。



 バキッと、嫌な音と感触と共に、凄まじい衝撃が身体を襲うのを感じた。

 気付けば、仰向けに地面に叩き潰された形になっているらしい。

 目の前には巨大な前脚。

 立ち上がろうと右手を見ると、今まで使っていた愛剣である旭丸が、真っ二つに砕けていた。



 いいや、問題は、それではなかった。



 その奥には、あってはならない光景があった。

 一体どうして、そんなことになっているのだろう。

 全く分からなかった。



「マナ、サラ、来るな!! ――ッ!!」



 巨大な前脚が僕を再び地面に押し付ける。

 その瞬間のドラゴン動きは、地面に押さえつけられているが故に、軸脚の下敷きになっているが故に、よく分かった。

 分かってしまった。



 120mものドラゴンは、薙ぎ払う様に、もう片方の前脚を振るっていた。



 サラの腕を抜けてこちらに走ってくるマナを追いかけて、ちょうど抱え上げる所だったサラ諸共。

 それを心配する間もなく、ドラゴンの軸脚の下敷きになった僕は、意識を奪われたのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜

伽羅
ファンタジー
【幼少期】 双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。 ここはもしかして異世界か?  だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。 ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。 【学院期】 学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。 周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。  

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

処理中です...