雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第八章:新たな国の霊峰へ

第七十九話:想定外にも対応する力を

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 思った通り、自身の周囲のマナ濃度をコントロールすることそのものはサニィにとっては朝飯前と言った感じだった。彼女は陽のマナのコントロールは十全に出来るものの、陰のマナは感じ取れるだけと言った程度らしい。やはり陰のマナは少なく、しかし陽のマナ濃度は死の山の陰のマナを遥かに上回っている。
 元々世界には陽のマナの方が多いらしいので、そういうことなのだろう。

「うーん。これって私にとって修行になるんですかね」
「もちろんなる。お前がドラゴン戦で死んだ理由はなんだった?」
「……あ、なるほど。そういうことですか」
「そういうことだ」

 そういうこと。いつも必ずやっていたことが、命をかけた実践では出来なかった。
 想定外のことはいつでも起こる。それならば、常にすべきことは寝ていても可能にすれば良い。
 パニックになれば魔法は使えない。パニックにならない対策と、パニックでも出来る魔法をいくつか体に覚えさせる。めちゃくちゃな方法だ。
 とは言え、それをサニィが拒否しようなど出来るはずもない。
 守ってやる。レインのその言葉に、自分も彼を、と思ってしまったのはサニィ自身だった。

 昼、一度下山して村で昼食を取りながら方針を固める会議を行う。

「身体強化、周囲の探知、俺の周囲のマナコントロール、そしてもう一つ何か好きな魔法を常に行使し続けろ。当然ながら、登頂は泊りがけコースが望ましい。気を抜いたら発狂して死ぬ。面白いじゃないか」
「全然面白くはないんですが……」
「まあ、呪いに罹っている以上、死にかけたら俺でもお前を抱えて下山するだろうけどな。そうなったら始めからやり直し、だ」
「その上で修行者と交流ですか。流石鬼畜王レインですね」
「なんだそのあだ名は……」

 ディエゴ・ルーデンスが言っていた、騎士団内でのレインの通り名。
 もちろんディエゴが言い出したとは口が裂けても言えない。
 この霊峰、登頂達成者は過去3人。その全てが魔王討伐部隊の一員として歴史に名を残している。
 とは言え、記録を見る限りではその全員が一日で登りきっている。
 日数をかけて、つまり眠って登頂達成をした者は過去に居ない。身体を維持する魔法と身体強化の魔法を使い、一日の内に登頂、疲労で倒れる前に下山。そんなことをして登りきった者たちだった。
 ともかく、魔王が居なくなってから一人たりとも登頂成功した者すら居ない。

 その中で二人の目標は、日数をかけて登り切ること。且つ、修行者と交流すること。
 前代未聞どころではないことをしようとしている。

「つまり、アレだ。日中山を登っては、夕方お前が元気な内に村に戻り交流して、お前が眠くなる頃に山の元の位置に戻る。もちろんその移動だけは俺がおぶってやろう」
「え、優しさが怖い」
「よく考えろ。そうしなければ俺は何の為に山に入るんだ?」
「……好奇心?」
「その通りだ。だから役に立ってやろう」
「ひ……」

 つまるところ、夕方は気を抜いていても生きられる状況で生活をし、眠くなってから気を抜いたら死ぬ状況に持っていく。その間を素直に休憩だと取れるならば良いが、一度楽を経験すると再び辛い場所に戻るのは難しい。楽とは言え、それも修行の一貫なのだが……。
 更にそれが眠気が襲ってきた状況からだ。
 鬼畜王とはよく言ったものである。

「まあ、もう負けたくないって思いの方が強いからやりますけどーぉっ」
「俺もお前がそう言うのを分かって言ってるからな」

 ……鬼畜王レイン。
 そろそろサニィもこの男のことは分かってきていた。
 二人には時間がない。その限られた時間の内で強くなり、世界を変え、且つ世界を救う。
 それだけのことをしたいと言うのが二人の共通の考えだ。それならば、当然一部の修行は厳しいものになってしまう。
 もちろんのこと、この男は本気で拒否すれば100%自分だけが戦いサニィを守ってくれるだろう。
 誰も救わず、ただ二人で幸せに過ごしたいと言っても、認めてくれるだろう。
 死ぬほどの目に合わなければ世界を救う力は得られないのだと、彼女を見て考えているのだ。
 それだけのことをしてでも世界を救う覚悟があるのかと、レインはサニィに問うているのだ。

(まあ、流石にオリヴィアがあれだけ泣いていたのを見て、サニィが再び死ぬようなことを許容することが俺に出来るのかは分からんが) 

「ま、取り敢えず行きましょうか」

 昼食を食べ終え、少しばかり悩んでしまうレインに対して、割とあっさり返事をするサニィ。
 魔法使いは戦士と少しばかり違う。”出来る気がする”と言うことが”出来る”と言うことに直結する。
 サニィのそのあっさりとした返事に、レインは少しばかり苦笑いすると、同じく足を踏み入れた。

「しかし、修行者の年齢は幅広いな。一桁の子どもから60を超えた老人まで」
「そうですね。やっぱり道具は杖が多いですけど、水晶とか……っ!?」
「どうした?」
「あの、『聖女のイコン』を持った人がいるんですが……」
「俺には見えんが……」
「探知のせいで分かっちゃったんですが、胸元に小型のイコンを持ってそれを道具にしている人が二人います……」

 聖女の噂が王都で立ち始めてから既に4ヶ月を超えている。砂漠での祭りから考えれば6ヶ月半以上。
 別の国にも聖女の噂が伝わりそれに惚れ、聖女にちなんだ物を道具にした者が現れ始めても何もおかしくはなかった。
 何せ道具の条件は、想いを込めてあること、だ。
 サニィと同じように、彼ら二人は蔦の魔法を頑張って使っていた。

「もう少ししたら『蔦の聖女』は竜殺し、伝説の殉教者として更に道具にする者が増えそうだな」

 そんなレインの一言に、サニィは顔を真っ赤にして「やめてええええ!!」と叫ぶ。
 その日、二人はそんなハプニングからマナ酔いになり、あっさりと下山することになった。

 残り【1560日→1558日】 次の魔王出現まで【329日】
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