雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三部第一章:英雄の子と灰色の少女

第十六話:魔法使いと勇者

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 サウザンソーサリスには三つの魔法学校がある。
 生活や生産、趣味に便利な魔法を主に扱う二つの学校と、戦闘を重視した一つの魔法学校。
 昔は切磋琢磨していたらしい三つの魔法学校だったが、今は随分と規模に差があるらしい。

 というのもそのうちの一つ、戦闘系の魔法学校であるルーカス魔法学校には聖女が在籍していたという事実がある為だ。
 聖女サニィは五年間という短い期間で世界を旅した為に、主に世界を回るために必要な魔物を打ち倒すための力、魔法の戦闘面の強化発展に努めた。
 もちろん転移という生活に大いに役に立っている魔法を発明したのもまたサニィではあるものの、サウザンソーサリスにある三つの魔法学校全てを回っている時間が無かったというのがその理由だろう。

 他の二校でもゲスト教授として英雄ルークやエレナを迎えたりしているものの、やはり聖女が在籍していたという事実は絶大で、ルーカス魔法学校は現在グレーズ王国で圧倒的にトップの倍率を誇る魔法学校となっている。
 ついでの様に、現在のグレーズ王国軍トップの四人、『ジャム』も全員がルーカス魔法学校を卒業している。
 魔法使いは勇者の力と違いイメージの力が重要だ。
 勇者の力はそれぞれに違った力と身体能力が与えられるため、戦闘に向かない勇者は先ほどの服屋の店員であったり、勇者であるという前提にはなるものの、50歳を超えて未だ少女の見た目をしているアリスの様に普通の人と混ざって街中で生活している。
 それに対して魔法使いは本人が戦闘を望むのであれば戦うことが出来る。
 かつては魔法を使えなければただの人という致命的な欠点から、戦闘に関しては勇者の下と見られていた魔法使いも今ではほぼ同格とされている為、ルーカス魔法学校の入学希望者が増加するのも当然といえば当然のことだった。

「おぉー、あれが未来の魔法兵達かー」
「おおおぉぉぉぉ……」

 クラウスはマナを抱え、ルーカス魔法学校のグラウンドを外から眺めて感想を漏らす。
 所詮は10代の若い学生、ルークやエレナ、サラの魔法を見慣れているクラウスからすればそれ程大したことはないと言わざるを得ない魔法ではあるものの、初めて魔法を見た様子のマナは感動した様に目を輝かせていた。

「マナは魔法を見るのは初めて?」
「うん! 綺麗ー」

 聖女を理想にしている生徒が多いからか蔦の魔法がやはり割合としては多いものの、炎や水、氷等色とり取りに輝く魔法が飛び交う様は確かに見ていて飽きない。
 次々と魔法が放たれる度に目を輝かせているマナを見ているのも、また見ていて飽きないもの。

「ははは、そっか。その内びっくりする様な魔法を見せてあげるよ」

 いずれサラが無理やりにでも合流してくるだろう。
 一度言ったことは意地でも諦めないサラが、あのまま諦めることは有り得ないと行っても過言ではない。

「くらうすもまほーできるの?」

 ところが、マナはそんな勘違いをしてきた。
 初めて魔法を見たと言う少女が、勇者と魔法使いの違いを知らなくとも、それは何もおかしくはないことだろう。

「ははは、僕は使えないよ。僕の幼馴染とそのお父さんお母さんがね、凄い魔法使いなんだ」
「そうなんだ! マナにも出来るかな?」
「うーん、どうなんだろうね。魔法使いのことは僕には分からないな……」

 魔法使いの才能を持つ者は大抵五歳位で遊んでいるうちに魔法が発現出来ることを気づくと言う。
 しかし三歳の時には既にその才能の片鱗を見せていたサラは、いつから魔法が使えたのか全く覚えていないらしい。
 その辺りのことをルークやエレナに特に聞き出したことが無かったクラウスには、マナに魔法が使えるかどうかを見抜く術はない。

「そっかー……」

 と少し落ち込んだ様子のマナの頭を撫でる。

「もしかしたらマナは魔法使いじゃなくても、勇者かもしれないよ」
「なにそれ?」

 魔法使いと勇者という二種類の人の説明を簡単にする。
 すると、途端にマナは「じゃあ勇者でも良いかも!」と元気を取り戻した。

「ははは、僕は多分勇者だから、魔法使いとは違うけど強いんだよ。凄い師匠に鍛えて貰ったんだ」
 空いている右の腕で力こぶを作ってみせる。
「そーなの?」
「僕の師匠はとっても怖い怪物みたいな人だからね」
「こわい?」
「怖いよー。でも、時には優しいかな。この剣も師匠に貰ったんだ」

 旭丸を少しだけ抜いてみせる。

「いつもふってるやつだね」
「そう、旭丸って言うんだよ」
「かっこいい!」
「か、格好良いかな……」

 月光を模した紅い剣だから旭丸という単純なネーミングを格好良いと言うマナに苦笑しつつ、剣を戻す。
 ジャングルの中で、まだマナが起きている間に生き物を殺したことはない。
 いつも振っているのは今までの素振りのことを指しているはずだ。
 魔物はマナが起きている間には襲ってこなかったし、マナが寝ている間に動物を仕留めて肉を確保していた。
 まだ子どもだからか、ずっと抱いていて安心するからか、マナはよく眠る。
 それがちょうど命を奪う瞬間を見せなくて安心する反面、これから先に必ずやってくるその時に、どの様に対応しようかというのがこれからの悩みでもあった。
 とは言え、マナは今は純粋に笑っている。

「まなはまほーつかいかゆーしゃ、どっちかな」

 どっちでも構わない。ただ、魔物でさえなければ。
 どっちだろうが、一般人だろうが、魔物でさえなければ必ず守ることに変わりない。
 そんな思いを隠しつつ、クラウスはマナの頭をわしゃわしゃと撫でながら言う。

「マナはどっちが好き?」
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