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第三章 罪の重さを計るものは
第十三話② 最後の復讐。その一歩手前(中編)
しおりを挟む目的地のプレハブに着いた。
入口近くに、咲花は車を停めた。シートベルトを外して、下車する。
目の前にあるプレハブは、縦横十メートル四方ほどの割と大きなものだ。四方向に、窓が一つずつ。
中の明りは、当然消えている。このプレハブを使っているのは、咲花だけなのだから。
後部座席から、高野を引き摺り下ろした。簀巻きにされた体をウネウネと動かし、必死に抵抗している。
「助けて! 悪かった! 俺が悪かったから! 反省した! 反省したから!」
驚くほど心に響かない言葉。咲花はつい、鼻で笑ってしまった。
「人を殴れば殴り返される。常識じゃない? あんたはお姉ちゃんを殺した。当然、殺される覚悟だってあったんでしょ?」
高野は質問に答えない。ただ、「悪かった!」「許してくれ!」と繰り返すばかりだった。
咲花は高野を引き摺り、プレハブのドアを開けた。
何もないプレハブ小屋。ただガランとした空間がある。窓から、月明かりが入っていた。薄らと、中の様子が見える。
そこにいる人影も。
「!?」
咲花は目を見開き、同時に行動を起こした。高野から手を離してプレハブ内に踏み込み、そのまま横に飛んだ。宙に浮いている間に、弾丸を生成した。貫通型の弾丸。もっとも、いきなり命を奪うつもりはない。肋骨を骨折させる程度の威力に留めた。
弾丸を放った。
高速の弾丸は、間違いなく侵入者に命中した。しかし、その者が倒れることはなかった。呻き声すらない。
着地後、咲花はすぐに体勢を整えた。構え、戦闘態勢に入る。
弾丸を食らっても微動だにしない。それが意味することは一つだ。
目の前の人物も、クロマチン能力者。彼が誰なのか、咲花はもう気付いていた。彼にこの場所を突き止められたのは、意外だったが。
彼はプレハブの入口に向かった。倒れている高野を軽々と持ち上げ、プレハブ内に放り投げた。室内に落ちた高野が、うげっと潰れた悲鳴を上げた。
プレハブの明りのスイッチは、入口付近にある。
彼はスイッチを入れ、明りを点けた。
急激に明るくなって、咲花は目を細めた。すぐに目が慣れ、プレハブ内の様子が見渡せるようになった。
そこら中に血痕がある。血痕だけではなく、失禁の跡も。室内には、やや異臭が漂っていた。片隅に、拷問に使用する道具が複数転がっている。適当に拾ってきた枝。爆竹。ライター。小瓶に入ったガソリン。ナイフ。ペンチ。煙草。
拷問の道具には目もくれず、咲花は、入り口付近を見つめた。
そこにいる亜紀斗を。
亜紀斗も、咲花をじっと見つめていた。SCPT隊員の隊服を着た彼。ひどい顔をしている。目の下に隈があり、少し頬がこけていた。明らかに体調が悪そうだ。もっともそれは、風邪をひいたなどの体調不良ではなさそうだ。
「ずいぶんひどい顔してるじゃない。寝不足?」
「まぁな」
隈のある目。その目を、亜紀斗は少し細めた。苦痛に耐えているような顔だった。
「そんなに寝不足なら、帰って寝た方がいいんじゃない? 彼女も待ってるんでしょ?」
「ああ。待ってくれてる。本当にいい女だ。俺にはもったいないくらいで、どうして俺なんかを好きになってくれたのか、分からないんだ」
咲花はつい、苦笑してしまった。
「こんなところで、惚気?」
「そういうわけじゃねえよ」
咲花に合わせるように、亜紀斗も苦笑した。
室内に投げ捨てられた高野が、ズルズルと、芋虫のように這っていた。亜紀斗に近付く。彼の足元までくると、泣きそうな顔で訴えた。
「なあ! あんた、警察か何かか!? 助けてくれよ! この女、俺を殺そうとしてんだ! 頭おかしいんだよ!」
亜紀斗の顔から、苦笑が消えた。しゃがみ込み、高野の顎を掴んだ。
次の瞬間、ゴンッと鈍い音が響いた。高野の鼻に、亜紀斗が頭突きを入れたのだ。
高野の鼻から、大量の血が流れてきた。鼻骨が折れたのだろう。とはいえ亜紀斗は、クロマチンは発動していないはずだ。クロマチンを発動した状態で頭突きを食らわせたら、鼻骨骨折程度では済まない。
亜紀斗は立ち上がると、高野の頭を踏みつけた。
「頭おかしいのはお前だろ。鬼畜のくせに、何で人の言葉喋ってんだ?」
亜紀斗から、圧倒的な凶暴性が漂っていた。
咲花は以前、藤山から聞かされたことがある。亜紀斗の過去。たった一人で数人を相手に喧嘩をし、全員を病院送りにした。
少年のときの亜紀斗は――更生する前の彼は、凶暴性と暴力性に満ち、それらを抑えようともしていなかったという。
今の亜紀斗の姿は、少年時代の彼を鮮明に想像させた。
「人を傷付けて、不幸にして、命を奪って、命乞いだ? ギャグか、それ。クソ過ぎて笑えねぇんだよ」
言いながら、何発か高野を蹴った。
蹴られる度に、高野は呻き声を漏らしていた。
「何だよ、お前!? 警察じゃねぇのかよ!?」
高野の目には、涙が浮かんでいた。絶望の涙。
「警察だよ。刑事部特別課の刑事だ。それが何だ? 文句でもあんのか?」
「警察なら、その女を逮捕してくれよ! 俺、その女に拉致されたんだよ!」
「……お前、馬鹿なのか? 自分のこと棚に上げて、何言ってんだ?」
「でも、俺は、もう償ったんだよ! 服役して、人生で一番楽しい時期を棒に振ったんだ! ちゃんと模範囚だったんだ! それで十分だろ!?」
車の中でも、高野は同じように訴えていた。人の人生を台無しにしておきながら、たかが十数年の懲役で償えたと思っている。身勝手極まりない、下衆の発想。
亜紀斗は再びしゃがみ込んだ。血だらけになった高野の顎を掴み、彼を睨み付けた。
「お前、馬鹿なのか? 俺もたいがい馬鹿だけどな、お前レベルで馬鹿だと、もう救えねぇな」
「……は……え?」
「お前は人を拷問して殺した。殺された命は二度と戻らないし、殺された女性の家族は一生痛みを背負い続けるんだ」
高野は亜紀斗から目を逸らした。亜紀斗の迫力に恐怖しているのだろう。簀巻きにされた状態でも、震えているのが見て取れる。
「それだけじゃねぇ。殺された人は、生きていれば幸せな結婚をしたかも知れない。子宝に恵まれたかも知れない。そんな未来も、お前は潰したんだ。何もかも台無しにしたんだ」
「……」
香澄に、幸せな未来があったかも知れない。亜紀斗の言葉を聞いて、咲花は唇を噛んだ。
「それが、たかだか十数年の懲役で償った? 違うだろ?」
亜紀斗の声が低くなった。ドスの効いた声。
「懲役ってのは、償いができる自分を作り上げる期間だ。自分の罪の重さを知るための期間だ。償いの期間じゃねぇ」
高野の顎を掴む、亜紀斗の手。彼の手に、力が込められた。離れた位置にいる咲花にも分かるくらいに。
「他人の未来を奪った罪が、たった十何年かで償えるわけねぇだろうが!!」
ゴンッ!――と、鈍い音。亜紀斗がまた、高野の顔に頭突きを食らわせた。鼻に続いて前歯も折れた高野は、体をビクビクと動かし、呻いていた。
今の亜紀斗の行動を見て。いつも争っていた彼を思い浮かべて。咲花は、小さく声を漏らしてしまった。笑い声。
亜紀斗は高野を離し、立ち上がった。咲花に視線を向けてくる。
「何か笑えることでも言ったか、俺」
「ううん、違う」
事件現場に出向いたとき、亜紀斗はいつも、犯人を無傷で捕らえようとしていた。罪を償わせる、と言って。罰を与えるのではなく償わせるという信念を掲げていた。
「あんた、そいつをそんなに痛めつけていいの? 償わせるんじゃないの?」
皮肉で言ったつもりはない。咲花は純粋に、疑問に思っただけだった。高野は確かに姉を殺したが、刑期は終えている。今は特殊詐欺に手を染めているが、まだ逮捕状すら出ていない。
亜紀斗は咲花から目を逸らした。どこか恥ずかしそうな、それでいて苦しそうな顔になった。
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