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第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花
第十二話③ 地下遊歩道銃乱射事件(中編②)
しおりを挟む藤山がスマートフォンを取り出した。鳴っていたのは、彼のスマートフォンらしい。通話着信。電話に出る。
「はい。藤山です。あぁ、はい。ええ、まだですが。そうなんですか?」
通話の途中で、藤山が驚いた顔を見せた。
「ええ、確かめます。いやいや、まだですよぉ。当たり前じゃないですか。突入するときには連絡しますって。はい。じゃあ、また」
手早く対応を済ませ、藤山は電話を切った。そのまま、スマートフォンを操作し始める。
「隊長、誰からだったんですか?」
「課長からだねぇ。なんか、犯人達が、SNSに新しい投稿をしたみたい。要求してる金品の受け渡しについて、警察側から使いを出すように指示してきたんだって」
「!?」
亜紀斗は目を見開いた。すぐに自分のスマートフォンを取り出し、SNSを開いた。野次馬根性だろうか、犯人達の投稿に反応している者達が多くいた。そのせいで、彼等の投稿はすぐに発見できた。
『金品の受け渡し方法について指示する。そのための使いを一人寄越せ。女の警察官だ。男は認めない。ただし、デパートの地下入り口までの護衛であれば、一人だけ、男の警察官の同行も認める。今から一時間以内に来させろ。要求に従わなければ、人質を一人殺す』
犯人達の投稿には、補足事項も書かれていた。
『この投稿に対してコメントしても、一切反応しない。拒否は認めない』
画像付きの投稿だった。犯人達と人質が写っている。
いつの間にか、警備車内の隊員全員がスマートフォンを見ていた。犯人のSNS投稿を確認しているのだ。
犯人達の投稿を見て、咲花の表情が変わった。笑っているような、怒っているような、複雑な顔だった。
犯人の投稿を見た後、彼女はすぐに、自分のスマートフォンを操作した。どんな操作をしているのか、亜紀斗の角度からは見えない。
「意外に早く、チャンスが来たじゃないですか」
咲花が唇の端を上げた。嘲るような笑み。
「この犯人、警戒心は強くても頭は良くないみたいですね」
「うーん。そうだねぇ」
藤山の様子は、先ほどまでと変わらない。
「じゃあ、咲花君。頼める?」
「もちろんです」
「制服は至急用意するから、届いたら、着替えて準備してね」
「はい」
咲花が一般の警察官の格好をして、犯人達のもとに行く。犯人達の要求から、当然の判断と言えた。
藤山はどこかに電話をした。制服を用意するよう、連絡しているのだろう。
咲花は立ち上がると、隊服を脱ぎ始めた。
「ちょっ!? 咲花君!? なんでいきなり脱ぎ始めてるの!?」
電話をしながら、藤山は声を裏返らせた。彼にしては珍しく、大きな声を出している。
咲花は着ている物を脱ぎ、下着姿になった。スポーツブラにボクサーパンツ。
「何って、着替える準備ですよ。制服が届いたらすぐに着られるように」
「いやいやいやいや! そんなの、制服が届いてからでもいいよね!? なんでもう脱いでるの!? しかも、皆がいる前なのに!」
「今は一分一秒を争ってるときですよ? すぐに着替えられるようにしておきたいんです」
「いや! だからって! せめて人払いくらいしようよぉ! 着替えるなら、僕達は車から出るからさぁ!」
「必要ないです。下着くらい見られても、死ぬわけじゃないですし。そんなことより、一秒でも早く人質を助け出す方が優先です」
「……」
咲花の言動を見て、亜紀斗は呆気に取られていた。それは、彼女のような美女が目の前で半裸になったからではない。
着替える時間など、微々たるものだ。咲花は、そんな時間すら惜しんでいる。人質を、少しでも早く助け出すために。
先ほどまで、亜紀斗の頭にあった考え。
『こいつにとっては、人の命なんてどうでもいいんだ』
咲花の行動は、亜紀斗の考えとはまるで違っていた。彼女も必死なのだ。人質を助け出したくて。人質の心の傷を、少しでも浅くしたくて。
もっとも、同じ気持ちであっても、彼女に好印象を抱くことなどなかったが。
亜紀斗と咲花とでは、絶対に相容れない部分がある。反発する信念がある。
警官の制服が届けられた。女性用と男性用が一着ずつ。藤山が連絡してから、わずか十分程度だった。緊急時だからだろう、他の警察関係者の行動も早かった。
藤山は女性用の制服を咲花に渡し、男性用の制服を亜紀斗に渡してきた。
「はい、亜紀斗君」
犯人からの要求は、金品の受け渡し指示のために、女性の警官を一人来させること。デパートの地下入口までなら、男性の警官も、一名のみ同行を認めるという。
藤山は、同行役に亜紀斗を選択した。
亜紀斗は、道警本部のSCPT隊員の中で、咲花に次ぐ実力者だ。藤山の人選は当たり前と言える。
「早く着替えて。時間が惜しいんだから」
冷たく、咲花が指示してきた。彼女はすでに、女性用の制服を着ていた。
亜紀斗は何も言わず、着替え始めた。咲花に命令されるのは気に食わないが、言っていることは正しい。手早く隊服を脱ぎ、制服に着替える。
「……」
着替える亜紀斗の頭に、一つの疑問が浮かんでいた。
どうして犯人は、金品の受け渡し指示に、直接の対面を要求してきたのか。どうして犯人は、一人とはいえ、護衛の警官の同行を認めたのか。
警察官に直接接触するなど、犯人達にとっては、リスク以外の何物でもない。
犯人達も、SCPT隊員の存在くらいは知っているはずだ。クロマチン能力の詳細を知らないとしても。武装犯罪等の鎮圧をする、刑事課の特別部隊。そんな人間が接触してくるとは考えなかったのか。警察官と直接対面しなくても、金品の受け渡し指示など、いくらでもできるだろうに。
考えながらも、亜紀斗は手早く着替え終えた。腑に落ちない部分はある。しかし、今の最優先事項は、人質の救出と犯人の確保だ。
「着替えました。行けます」
「見ての通り、私ももう行けます」
「うん。わかったよぉ」
藤山が、再度スマートフォンを手にした。課長に連絡するのだろう。犯人の要求に従って、女性警官を向かわせること。向かわせるのは、警察官の制服を来た咲花であること。亜紀斗を同行させること。
「はい。これから向かわせます。ええ。大丈夫ですよぉ。行くのは、咲花君と亜紀斗君なんで。ええ、はい。じゃあ、随時連絡しますよ」
通話を終了させると、藤山は、亜紀斗と咲花に視線を向けた。
「じゃあ行ってもらうけどね。その前に、咲花君」
「はい?」
「君が、正確に弾丸を当てられる射程距離は?」
「たぶん、十七、八メートルですね」
「そこまで、犯人達に近付ける?」
「たぶん。デパートの地下入口には、見張りの犯人がいるでしょうけど。でも、適当な理由をつけて射程距離に近付きます。人質の無事を確認したいとか言って」
「ごめんねぇ。なにぶん、犯人達の要求自体が想定外だから。現場での判断に任せちゃうけど」
「構いません。犯人達が指示してきた時間内に、綿密に計画を練るのも困難でしょうから」
犯人達が女性警官を向わせるよう指示してから、二十分ほど経っている。与えられた時間は一時間。残りは約四十分。
「だからといって、このチャンスを逃す手もありません。もちろん、普通の女性警官を行かせるわけにもいきませんから」
「ありがとうねぇ。あ、でも、犯人は殺さないように気を付けてね。動機とか武器の入手経路とか、色々聞きたいから」
「最善を尽くします」
「……」
咲花は過去に、躊躇いなく犯人を殺害している。さらに、その行動に対して、まったくペナルティはない。隊長よりも遙かに上の――出所が分からないほどの、上からの指示によって。
たぶん咲花は、今回も犯人を殺すつもりなのだろう。
けれど、そうはさせない。どうにかして、彼女の凶行を止める。もちろん、最優先は人質の無事だが。
「亜紀斗君」
「はい」
「君も、咲花君のフォロー、お願いねぇ」
見ると、咲花は鼻で笑っていた。亜紀斗のフォローなど必要ない。犯人の指示があるから連れて行くだけ。そんな心情が見て取れた。
咲花にどう思われていようと構わない。亜紀斗は、藤山の言葉に頷いた。
「じゃあ、行ってきて」
「はい」
咲花と亜紀斗が、同時に頷いた。
警備車を出る。
駆け足で、現場であるデパートに入店した。
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