37 / 176
第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花
第十八話 今は気の弱いいじめられっ子
しおりを挟むいつの時代、どんな環境にも、いじめというものは存在する。
自分より弱い者を見つけると、虐げたがる者がいる。弱者を虐げることで、自分の強さを実感できるから。弱者を虐げることで、自分を大きく見せることができるから。弱者を虐げることに、快感を覚えるから。
虐げられた弱者は、さらに弱い者を探す。自分より弱い者を探し、叩き、打ちのめし、あるいは虐待し、強者に踏みつけられた鬱憤を晴らす。
こうして、もっとも弱い者に辿り着くまで、いじめの連鎖は続く。
十一月上旬。秋も深まり、すっかり寒くなってきた。
学生の制服も、夏服から冬服に替わっている。
陽が落ちる時間が、すっかり早くなってきた。まだ午後四時半だが、空は暗くなり始めている。
市内にある、敷地面積が一キロ平方メートルほどの大きな公園。複数の区画に分かれている。木々が生い茂る区画や遊具などがある区画、休憩スペースになっている区画。
公園から、男子中学生が二人、駆け出してきた。涙目で走っている。
公園内の休憩スペースには、他の中学生が九人。公園から駆け出してきた中学生と同じ制服を着ている。
九人のうち五人は、ベンチに座っていた。ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべている。
他の四人は、引き吊った顔をしながら、必死に芸を披露していた。当然ながら、彼等は、自ら望んでこんなことをしているわけではない。
ベンチに座っている一人が、芸を披露している一人に蹴りを入れた。
「面白くねぇそオラ! もっと真面目にやれや!」
蹴られた中学生はその場に倒れた。すぐに立ち上がり、泣きながら「ごめんなさい」と言い、芸を続けた。
ベンチの五人は、ゲラゲラと笑い声を上げた。
この中学生達を――彼等が通う中学校を、秀人は、少し前から調査していた。
彼等は全員、中学三年。ベンチに座っている者達は、クラスカーストと呼ばれる序列の上位者。中学校という狭い世界で自分達の優位性を自覚し、下位の者達を虐げている。
いじめを受けている者達は、その事実を誰にも話せていない。彼等は成績がいい。おそらく、卒業を待っているのだ。高校へ進学すれば、この境遇は終わる。だから、誰にもいじめられていることを言わず、耐えていた。影で発散する手段を持っていたから、なんとかいじめに耐えられていた。
公園から駆け出していった二人は、今、近くのコンビニに向っている。食べ物や飲み物を買うために。もちろん、いじめる者達の命令によって。
秀人はゆっくりと歩き、彼等が向ったコンビニへ足を進めた。公園自体が広いから、コンビニへの距離はそれなりに遠い。彼等が買い物を終え、戻る途中で遭遇できるだろう。
しばらく歩いていると、中学生二人がこちらに向ってきた。食べ物や飲み物が入った買い物袋を、両手に持っている。息を切らして、懸命に走っていた。
すれ違い様に、秀人は彼等に声をかけた。普段の地声で。
「ちょっと。君達」
彼等は足を止めた。少なくない驚きを顔に出して。
彼等は、じっと秀人を凝視している。服装は男物の秀人。濃いカーキの、大きなポケットが複数ついたマウンテンパーカー。ゆったりとした、黒い厚手のTシャツ。黒いカーゴパンツ。
だが、秀人の顔立ちは、誰が見ても美女である。そんな秀人に男の声で呼び止められたのだから、驚くのも無理はない。
「ちょっといいかな?」
走っていたせいか、中学生二人は少し汗をかいていた。驚いた顔を互いに見合わせた後、再び秀人の方を向いた。
「何ですか?」
焦りを感じる、中学生の表情。早く戻らなければ、さらにいじめられる。不安と恐怖の焦り。
秀人は優しく、彼等に微笑みかけた。
先日事件を起こさせたアメフト部員達は、恐怖で従わせた。でも、今回は手法を変える。いじめられている中学生に、いじめられた鬱憤を晴らさせてやる。
そのためには、まず、この中学生達の信頼を得る必要がある。
「そんなに時間は取らせないから、少しだけ付き合って欲しいんだ」
中学生達は、また顔を見合わせた。困った顔をしている。
「あの……俺達、急いでるんです。早く行かないと……」
ソワソワと体を動かす彼等は、涙目だった。恐怖に縛られた者の顔。まるで、秀人が脅したアメフト部員達のようだった。
秀人はいきなり確信を突いた。
「君達、いじめられてるんだろ?」
「!?」
二人は目を見開いた。少しだけ口が動いている。声は出ていない。知られたくないことを知られて、どう答えていいか分からない――そんな表情。
秀人は、優しい笑みを崩さなかった。
「君達を助けたいんだ」
そっと、二人の肩に手を置いた。
「俺に頼ってくれれば、悪いようにはしないよ。必ず、君達を助けられる。君達の仲間も助けられる」
中学生二人は、呆気に取られていた。知らない人に、知られたくないことを知られていて、さらに助けると言われた。混乱するのも無理はない。
構わず、秀人は続けた。突然の交渉は、相手に熟考させないことがポイントだ。熟考する暇もなく、信用させる。
「君達を助けられる証拠を、これから見せてあげる」
「証拠、ですか?」
「うん。そう」
「そもそも、あなたは誰なんですか?」
当然の質問が、中学生の口から出た。
嘘偽りなく、秀人は答えた。
「ごめんね。自己紹介が遅れたね。俺は、金井秀人。今は違うけど、元警察官なんだ。元刑事、って言った方が具体的かな」
「刑事さん、なんですか?」
「元、だけどね。警察組織に嫌気が差して、辞めちゃったんだ。あいつら、最終的には、自分達より強い権力の言いなりだから」
これも嘘ではない。
目の前の二人は、戸惑いと迷いを露わにしていた。秀人の言うことを、簡単には信じられないのだろう。反面、助けて欲しいとも思っている。だから迷っている。
「とりあえず着いてきて。すぐに証明して見せるから」
クイッと顎を動かし、秀人は、中学生二人に指示した。気の弱い者を従わせるには、強引さが有効だ。
秀人が歩き出すと、二人は素直に着いてきた。
公園内に入る。他の中学生が待っている、休憩区画ではない。木々が生い茂る区画。
冬が近付いていて、木々の葉は、ほとんど散っていた。
手頃な太さの木を見つけた。直径は、概ね五十センチほどだろうか。秀人は、木の前で立ち止まった。
中学生二人も立ち止まった。手荷物が重そうだ。持ってあげればよかったかも知れない。
「この木、結構太いよね?」
「ええ、まあ」
秀人の質問の意味が分からないのだろう。中学生は、どこか呆けた返答をした。
「君達をいじめてる奴等がこの木を叩き折るなんて、まず無理だろ?」
「そりゃあ……」
中学生の返答を聞きながら、秀人は、内部型クロマチンを発動させた。エネルギーを、左拳に集中。左腕の筋力と耐久力を急上昇させる。左胸付近から拳の先端まで、エネルギーが伝わっている感触。
秀人は軽く、左拳を振った。裏拳。
秀人の拳は、木の中心部に当たった。グシャッという、固い物が潰れる音。
周辺に、木屑が飛び散った。秀人の殴った部分が、大きく抉れた。
幹が抉れて自重を支えられなくなった木は、メキメキと音を立てた。バランスを失い、ゆっくりと倒れてくる。
秀人は、全身を内部型クロマチンで強化した。倒れてきた木が地面に到達する前に受け止めた。
受け止めた木を、そっと地面に下ろす。
中学生二人は呆然としていた。目の前の出来事が信じられない。現実とは思えない。そんな顔。
「どう?」
手についた木屑を払い落とし、聞いてみた。
「とりあえず、俺なら君達を守れるってことは、証明できただろ?」
中学生二人に反応はない。目を見開いたまま、固まっている。
構わずに、秀人は話を続けた。
「それに、君達を守るだけじゃない。いじめてる奴等が、二度といじめなんてできないようにしてあげる」
驚きの顔のまま、中学生の一人が聞いてきた。
「どうやって、ですか?」
口の動きが緩慢だった。言葉に詰まっている。どうやら彼等は、秀人の力に驚いているだけではなく、恐怖も感じているようだ。
再度、秀人は、彼等の肩に手を置いた。ポンッと、優しく。
彼等は体を震わせた。
「大丈夫」
優しい微笑みとは裏腹の、力強い声を掛けた。
「俺は、君達の味方だ。君達は賢い。しっかりと勉強もしてる、努力家だ。あんな頭の悪い奴等にいじめられていい子達じゃない。だから助けたいんだ」
「……!」
二人の表情が変わった。目を見開く。先ほどとは違った意味で、体を震わせている。見開いた目には涙が浮かび、やがて、頬を伝ってきた。
「助けて下さい……」
しゃくり上げながら、二人は必死に訴えてきた。
「あいつらに、使い走りにされて……でも、お金もくれなくて……俺達も、もう、お金もなくて……」
「中学を……卒業するまでの……我慢だと思ってたけど……もう嫌で……」
今まで誰にも、いじめられていることを言えなかった。いじめられていることが、恥ずかしかったのだろう。先生にも、親にも言えなかった。
けれど今、彼等は、確実に助けてくれる人に出会えた。いじめている奴等なんて比較にならないほどの力を持った人物。しかも、見ず知らずの人。だから、素直に「助けて」と言えた。知らない人だから、恥ずかしさもあまり感じない。
「そうか。辛かったな」
共感の言葉を述べて、秀人は、二人の頭を撫でた。
秀人の身長は一六一センチ。この二人と同じくらいだ。けれど、彼等の目には、秀人がとてつもなく大きく見えているだろう。
「大丈夫。助ける。あいつらが、二度と君達をいじめられないようにするから」
二人は、涙が流れる目を擦っていた。しゃくり上げながら、何度も「お願いします」「助けて下さい」と繰り返していた。
二人が救いを求める度に、秀人は「大丈夫だよ」「俺に任せておきな」と繰り返した。
秀人の言葉は、嘘ではない。彼等をいじめている奴等は、二度といじめなどできない。
この後に、拷問の末に殺すのだから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる