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第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花
第二十一話 犯行声明文
しおりを挟む十二月三日。
午前十一時二十三分。
道警本部に、一通の封書が届いた。
宛先に、人物名の記載はない。差出人の名前もない。
受け取った警察行政職員は、開封について上司に相談。封筒の感触から、中に入っているのは紙だけだと分かった。危険性がないと判断し、すぐに開封された。
封筒の中には、一枚の手紙。少し幼い字で書き記してあった。
『北海道警察の皆様へ。
この世の中は、腐敗している。
称えられるべき者が称えられず、軽蔑すべき者が称えられている。
軽蔑すべき者達は、自分達が称えられていることに調子付き、他の人達を足蹴にしている。
いじめる者達は、下らない物差しで称えられている。自分達は何をしても許されると思っている。
大人達は、そんな奴等を見て見ぬ振りをする。
私達の学校では、いじめが横行している。
でも、先生達は何もしない。
いじめの標的になっていないクラスメイトも、何もしない。
先生も警察も、何もしない。
過去のいじめ問題は、何度もニュースで放送されていたのに。
苦しんでいる人がいるのに。
自ら命を断つ人がいるのに。
殺されたのに、事故死だと結論付けられる人までいる。
腐った世の中。
腐った人達。
腐った大人。
腐ったクラスメイト。
全員に、これから裁きの鉄槌を下す。
私達には、天から与えられた味方がいる。
私達には、天から与えられた力がある。
その力をもって、まずは、腐ったこの学校に鉄槌を下す。
この手紙が届く頃には、すでに裁きが始まっているはず。
十二月の三日。それが、天誅の日。
朝から血の雨が降る。
止められるものなら、止めてみなさい。
あなた方に、その資格があるのなら』
それは、明らかに犯行声明文だった。
とはいえ、まだ何の通報もされていない。
手紙の内容は、すぐに、刑事部の人間全員に共有された。全員のパソコンに、手紙のデータが送られた。
封筒にある消印から、手紙を投函した場所が概ね特定できる。しかし、手紙の主が本当に犯行を行うとして――消印から考えられる範囲には、多くの学校がある。
一言で「学校」と言っても、小学校なのか、中学校なのか、高校なのか、大学なのかも特定できない。
自席のパソコンで手紙を読みながら、亜紀斗は、口元に手を当てて考え込んだ。この手紙の送り主は、本当に、何らかの犯行を行うのか。それとも、ただの悪戯か。
「これがもし悪戯なら、送り主は、自宅から離れた場所で手紙を投函したんだろうねぇ」
隊長席からの声。亜紀斗の心を見透かしたかのように、藤山が意見を述べた。
「あと、文面はそれなりに整ってるけど、内容は少し子供っぽいかな。とりあえず『大人』とか『クラスメイト』なんて言葉から、大学生ではないかなぁ」
なるほど、と亜紀斗は頷いた。大学生は、年齢的には――少なくとも法律上は大人だ。大学生が書いた文面なら、批難する対象を『大人』と表現するのは不自然だ。
「あと、気になるところがありますね」
低く呟いたのは、咲花だった。
「この『天から与えられた味方』というところ。これ、どういう意味なんでしょう? あと『天から与えられた力』というところも」
「うーん。そうだねぇ」
いつも口調で、藤山は、考察した内容を話した。
「『天から与えられた力』が、クロマチン能力みたいな特殊な力とは考えにくいね。クロマチン能力の発現には、施術が絶対に必要だし。とすると、強力な武器だと考えるのが妥当だと思うよ」
「ということは、また銃犯罪ですか?」
藤山の考察に、隊員の一人が発言した。
全国規模で多発している、銃犯罪。管轄区内では、つい四ヶ月半前に、チユホで銃の乱射事件があった。
「『天から与えられた力』なんて言うくらいだから、その辺で売ってる刃物なんかとは考えにくいからねぇ。だとすると、銃だろうねぇ」
「ということは、この『天から与えられた味方』は、銃を流してる犯人、ということでしょうか」
「まあ、この手紙が悪戯じゃなくて、かつ、僕の推測が正しければ、の話だけどねぇ」
言いながら、藤山は、パソコンのマウスを動かしていた。亜紀斗の席から、藤山のディスプレイの動きは見えない。マウスを動かし、時々カチカチとクリックしている。
「それで、俺達は何をすべきなんでしょうか?」
この手紙が刑事部内で共有されたということは、これから、何らかの指示があるのだろう。
藤山は、課長席をチョイチョイと指差した。現在、課長は不在。
「課長が呼び出されてるから、たぶん、この手紙の件で会議でもしてるんだろうねぇ。もし部長とか課長も僕と同じことを考えたなら、特別課がパトロール兼調査に行く可能性もあるからね。今日のパトロール当番の人は、とりあえず待機してもらおうか」
「俺はどうしたらいいですか?」
亜紀斗は、今日の午後から自主訓練だった。
「うーん。そうだねぇ」
口癖のような藤山の言葉。
「とりあえず、自主訓練の人も待機してもらおうかなぁ。ほら、訓練した後にパトロールとか、大変でしょ? エネルギーの補給も必要になるし」
藤山は、パソコンのキーボードを一回だけ押した。直後、彼は溜め息をついた。
「僕のところには、まだ何の指示も来てないからねぇ。とりあえず何か指示してくれないと、困るよねぇ。動くに動けないし。かといって、僕の判断で行動したら、それはそれで文句言うし。本当、嫌だなぁ」
愚痴を言っている割に、藤山は、相変わらずの笑顔だった。
「一旦、課長に連絡して判断を仰いでみては?」
「それ、以前に、似たような状況のときにもやったんだよ。そうしたら『それくらい、自分で考えろ』とか言うんだよねぇ。で、僕の判断で行動したら、やっぱり文句言われてさぁ。もう、嫌になるよ」
咲花の質問に、藤山は溜め息で返した。
「それじゃあ、指示を待つしかないですね」
「うーん。そうなんだよねぇ」
時刻は、午後十二時時十二分。
特別課で支給されているスマートフォンの、着信音が鳴った。
亜紀斗はスマートフォンを見た。着信が来ているのは、自分のスマートフォンではなかった。
「はい、藤山です」
どうやら、着信音が鳴ったのは藤山のスマートフォンのようだ。
「ええ。なるほど。ああ、はい」
藤山の話す口調が、いつもと違っている。電話の主は課長か、もしくは、さらに上の人間なのだろう。
「承知しました。十分以内に準備して現場に向います」
藤山は電話を切った。ボソリと「勝手だなぁ、もう」と漏らしていた。スマートフォンをスーツのポケットに入れ、席から立ち上がる。
「みんなぁ、至急準備してくれるかな。出動しろって言われてねぇ」
「この手紙の件ですか?」
パソコンの画面を指差しながら、咲花が聞いた。彼女のディスプレイには、手紙が表示されているのだろう。
「うん、そう。なんか、もう通報が来てたみたいでねぇ」
「それじゃあ、学校とか犯人が特定できたんですか?」
「一部特定、ってとこかな。詳しいことは車の中で話すよ。とりあえず銃が絡んでるから、僕達が出ることになったんだよねぇ」
「了解です」
咲花が立ち上がった。彼女に数瞬遅れて、亜紀斗や他の隊員も立ち上がる。
現時点でこの場にいるSCPT隊員は、藤山を除いて十四名。
全員が、隊服に着替えるために更衣室に向った。
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