罪と罰の天秤

一布

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第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花

第二十五話 様子が変わった

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 SCPT隊員を乗せた警備車は、教室の窓から死角になる位置に停められた。校舎の玄関前。片道二車線の道路に面している。

 近隣の道路は、すでに通行止めになっていた。周囲には、大勢の警察関係者。防護盾を持った機動隊員も多数いる。

「君達は、警備部の人達の指示に従ってねぇ。こっちに動きがあったら、逐一連絡するから」

 藤山が、咲花と亜紀斗以外の隊員に指示を出した。銃を持った美女が、校内から逃亡している可能性がある。もしその美女が犯人に銃を流しているなら、捕まえて尋問する必要がある。

「で、咲花君に亜紀斗君。とりあえず校内に入る前に、新しく入った情報を教えとくねぇ」

 ここに着く直前に、藤山の携帯電話に連絡が来ていた。犯人の情報だったのだろう。

「目撃者――校内から逃亡した人達から得た情報だけど、教室を占拠してる犯人が、概ね分かったみたい。人数は、事前情報の通り六人」

 藤山は、犯人と思われる六人の名前と、その特徴を話した。

「犯人は、いじめを受けてたみたいでねぇ。全員成績優秀で、真面目を絵に描いたようなコ達みたいだけど。だからかなぁ。クラスで目立つ……ほら、最近で言う、アレ……」

 緊急事態だと言うのに、藤山は考え込んだ。

 時間が惜しい。咲花は口を挟んだ。

「クラスカーストってやつですか?」
「そう。それ」

 ポンッと、藤山は手を叩いた。

「そのカースト上位のコ達が、犯人達をいじめてたみたいでね。先生方は否定してたんだけど、逃亡した生徒達がはっきりと証言してたから。間違いないと思う」

 先生方は否定していた――つまり、こんなことになっても、教師はいじめを隠蔽しようとしたわけだ。胸くその悪さに、咲花は舌打ちしそうになった。

「ただ、そのカースト上位のいじめっ子達が、最近、行方不明になってるみたい。順当に考えるなら、もう殺されてるだろうね。今回の犯人達に」

 藤山の話を聞いて、咲花は、今回の事件の全容が見えてきた。

 いじめを受けていた生徒達が、銃を手に入れた。圧倒的な力を手に入れ、復讐心が湧き上がった。復讐の対象は、当然、自分達をいじめていた奴等。だから殺した。

 しかし、いじめ被害者の恨みは、いじめの加害者以外にも向けられた。自分達がいじめられていることを、見て見ぬ振りをした者達へ。銃という大きな力を手に入れ、気が大きくなったいじめ被害者達は、さらなる復讐に乗り出した。それが、今回の犯罪。

 最初に殺されたいじめ加害者の死体は、いじめの被害者に銃を流した者が始末した。

 概ね、こんなところだろう。

 復讐が目的なら、犯人から金品の要求がないことも頷ける。

 とはいえ、複数の疑問が残る推測だ。銃を流した者が、どんな目的で、いじめ被害者に銃を流したのか――など。もっともそれは、銃を流した者を捕まえれば聞き出せるはずだ。

「車の中でも言ったけど、今回、二人には別行動を取ってもらうよ。亜紀斗君は、玄関側の階段を使って二年三組に向って。咲花君は、校舎奥の階段を使って、三年三組に向って」

 別々に行動し、各自、犯人が占拠している教室に行く。犯人を捕縛する。

 咲花と亜紀斗は、それぞれ六つずつ手錠を持った。隊服のポケットの中に入れている。

「これも車の中で言ったけど、犯人全員が教室にいるとは限らない。見回りに出ている犯人がいるかも知れない。銃を持った美女が、校内にいるかも知れない。だから、常に周囲を警戒しながら行動して。もし見回りに出ている犯人がいたら、即捕縛してね。で、何かあったら、逐一連絡よろしくね」

「はい」
「わかりました」

 咲花と亜紀斗が、口々に返事をした。

「じゃあ、何か質問はあるかな?」
「いえ」
「特にないです」
「じゃあ、行こうか」

 パンッと、藤山が手を叩いた。

 咲花は、校舎の玄関に向った。

 亜紀斗も、咲花の隣りに並んで玄関に向う。

「校舎に入る前に言っておく」

 早足で歩きながら、ボソリと亜紀斗が言ってきた。

「今回こそ殺すなよ。犯人は、いじめの被害者だ。同情の余地は十分にあるはずだ」

 咲花は、お決まりの言葉を返した。

「言ったでしょ? わざとじゃない。狙いが外れただけ」
「そう言い張るなら、それでもいい。ただ、ひとつ言っておく」
「何?」

「理不尽に虐げられる悔しさは、お前にも分かるはずだ。それがどれだけ辛くて、どれだけ苦しいかも。痛みを共感できる奴くらいは、助けてやれ」
「……」

 亜紀斗から、攻撃的な雰囲気が消えていた。咲花に対する、敵意に似た雰囲気。警備車内で、言い争いのような場面もあったが。

 なぜ、亜紀斗の雰囲気が変わったのか。チユホの事件のときに、咲花が亜紀斗を論破したからだろうか。

 ――ううん、違う。

 あのときの亜紀斗は、ほんの二、三日で立ち直ったように見えた。同時に、咲花に対しての態度が、どこか柔らかくなっていた。

 ――ああ、そうか。

 気付いて、咲花は、声に出さずに呟いた。こいつ、私のことを知ったんだ。

 咲花が、あの凄惨な事件の被害者遺族だと。亜紀斗の言葉からも、それが伺い知れる。

『理不尽に虐げられる悔しさは、お前にも分かるはずだ。それがどれだけ辛くて、どれだけ苦しいかも。痛みを共感できる奴くらいは、助けてやれ』

 どうして亜紀斗が、咲花の事情を知っているのか。答えは簡単に出た。

 ――たぶん隊長ね。

 亜紀斗に、その事実を話したのは。

 戻ったら、藤山に文句の一つでも言ってやろう。

 胸中で毒突きながら、咲花は、玄関口のドアを開けた。
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