罪と罰の天秤

一布

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第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花

第二十六話② 予想外の事実と予定外の殺し方(後編)

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 教室の中は散らかっていた。机がいくつか倒れ、椅子も散乱している。このクラスの生徒や教師が逃げる際に、ぶつかったのだろう。

 咲花は、犯人達を教壇まで運んだ。三人を並べて座らせる。

 教壇の壁を背に、犯人達は、未だに「痛い痛い」と泣き言を繰り返していた。

「うるさい。黙れ」

 咲花は、犯人達の顔に、一発ずつ蹴りを入れた。

「あんた達に撃たれた人の痛みは、こんなものじゃないんだから」

 咲花に蹴られ、辛辣に言われ、犯人達は黙り込んだ。ガタガタと震えている。怯えた目で、咲花を見上げていた。

 気の弱いいじめられっ子が、銃という武器を持って強気になった。強気になって、銃に怯える者達を虐げた。しかし、自分より強い者が目の前に現れて、途端に弱気に戻った。

 犯人達の思考が容易に読み取れて、咲花は、反吐ヘドが出そうになった。

「これからいくつか質問するから、素直に答えなさい。いい?」

 犯人達は無言だった。歯をカチカチと鳴らすほど震えている。唇がかすかに動いたが、声は出ていない。咲花に返答しないのではなく、返答しようとしても声が出なかったのだろう。

 犯人達の心情を理解しながら、それでも咲花は容赦しなかった。

 再度、咲花は彼等に蹴りを入れた。「うげっ」だの「おごっ」だのという呻き声を漏らしていた。

「質問に答えろって言ったの。理解したなら、返事くらいしなさい」

 涙をボロボロと流しながら、三人はコクコクと頷いた。

「じゃあ、まず一つ目の質問。あんた達が使っていた銃は、どこで手に入れたの?」
「……もらいました……」
「誰に?」
「……」

 犯人達は咲花から目を逸らし、口をつぐんだ。

 咲花は、犯人の一人に、もう一発蹴りを入れた。

 口元に咲花の足が叩き込まれ、犯人の歯が折れた。コツンッコツンッと、折れた前歯が床に落ちた。口から、ボタボタと血を流している。

「質問に答えられないような口なら、いらないよね? 今度は顎をへし折ってあげようか? それとも、あんた達の銃で口の中を撃ち抜いてみる?」

 隊服のポケットから、咲花は銃を取り出した。犯人の一人の頬に、グリグリと押し当てる。

 歯を折られ、銃を押し付けられた犯人。彼の股間に、大きな染みができた。失禁したのだろう。

「言います! 言います!」

 泣きながら、犯人の一人が声を上げた。失禁した犯人とは別の犯人。

 咲花は、しゃがみ込んで彼の目を見た。怯え切った目をしている。

「じゃあ、あんたに答えてもらおうかな。あんた達に銃を渡した奴の情報を、知ってる限り言いなさい。住所、電話番号、性別、外見的特徴、名前、年齢――知ってる限り、全部」
「……はひ……」

 恐怖のせいだろう、犯人の滑舌が悪くなっている。

「……住所は分からないですけど……携帯番号は分かります。俺達のスマホに入ってます」

 話しながら、犯人は何度も鼻をすすっていた。それでも、鼻水が出てきている。

「……あと、ヤクザの事務所に……出入りしてました……俺達も、何度も連れて行ってもらいました……」
「なるほどね。じゃあ、そのヤクザの事務所が、そいつの家かも知れないってこと?」

 コクリと、犯人は頷いた。

「組の名前は?」

 犯人は、首を横に振った。

「分からないです……聞いたことないんで……」
「そう。じゃあ、そいつの名前は?」

 聞いて、ふと思った。銃を流した奴は、偽名を使っているかも知れない。少なくとも、簡単に捕まる可能性がある中学生に、本名を名乗るとは思えない。

 あまり期待していなかった、犯人の供述。

「……秀人さん……です……」

 彼の口から出た名前に、咲花は目を見開いた。

 秀人。その名前には、はっきりと聞き覚えがあった。

 だが、偽名という可能性もある。それに、特段珍しい名前でもない。

 そうだ。たまたま同じ名前なだけだ。本人かどうかは、苗字や外見的特徴を聞けば分かる。

「そいつの苗字は?」

 犯人は首を横に振った。

「ごめんなさい……忘れました」
「じゃあ、どんな外見か言いなさい。背丈、体型、顔の特徴――何でもいいから」
「身長は、たぶん……一六〇くらいです……俺等とあんまり変わらなくて……極端ではないですけど、割と細身で……」
「顔は? どんな顔してるの?」

 咲花の知っている秀人と同一人物なら、明らかな特徴が出てくるはずだ。

 犯人の口から出た言葉は、咲花の記憶と完全に一致していた。

「女の人みたいな顔……です。それも、かなり美人の……」

 秀人という名前。小柄な体型。何より、美女のような顔立ちの男性。

 ――まさか。

 口から漏れかけた言葉を、咲花は慌てて飲み込んだ。

 ――秀人さん?

 歯を折られた犯人が、ボソリと呟いた。

「秀人さんの、苗字は、金井です」

 震えているうえに歯が折れているので、ますます滑舌が悪かった。それでも、これ以上痛い目に遭いたくなくて、必死なのだろう。

「元刑事だって、言ってました」

 元刑事。金井秀人。美女のような顔立ちの、小柄な男性。

「……」

 もう、ほぼ間違いない。犯人は――中学生に銃を渡した黒幕は、秀人だ。誰かが意図的に秀人を装っている、という可能性もあるが。しかし、ほぼ確定だろう。元刑事で、小柄で、美女のような外見の男。そんな奴が、何人もいるはずがない。

 咲花は大きく息を吐いた。動揺する自分を、落ち着かせるように。

「じゃあ、その秀人は、今どこにいるの?」

 この質問に関しては、回答を期待していなかった。こんな奴等に、自分の居場所を教えておく馬鹿はいない。もっとも、嘘の情報を吹き込まれているかも知れないが。

「ここの……屋上、です……」

 再度、歯を折られた犯人が答えた。

「屋上で、外の様子を観察してる、って、言ってました」
「……」

 信憑性は薄い情報だ。だが、確かめる価値はある。

 咲花は立ち上がった。

 この犯人達に、もう用はない。本当はじっくり嬲り殺してやりたいが、秀人が屋上にいるのか、早く確かめたい。手っ取り早く肺を撃ち抜いて、苦しませて殺そう。

 咲花は外部型クロマチンを発動させた。弾丸を作る。貫通型を、三つ。人の胸を撃ち抜ける程度の威力にした。

「あんた達――」

 早く屋上に行って、確かめたい。それなのに何故か、無意識のうちに、言葉が口を突いた。

「――いじめられてたんだって?」

 咲花が聞いた途端、犯人達は、今までとは別人のように大声で語り出した。

「そうなんです! いじめられて、苦しかったんです!」
「俺なんて、さっきの女の前で、オナニーさせられたんです!」
「俺は、便所を舐めさせられた!」
「それなのに、先生もクラスの奴等も、誰も助けてくれなかったんです!」
「辛くて、苦しかったんです!」
「俺達を助けてくれなかった奴等にムカついてたんです!」

 いじめられていた事実は、免罪符になる。情状酌量の余地が与えられる。犯人達は、そう考えたのだろう。自分達も被害者だと、必死に訴えていた。

 咲花の胸中に、強い不快感が湧き上がった。頭の中で、亜紀斗の言葉が蘇った。

『今回こそ殺すなよ。犯人は、いじめの被害者だ。同情の余地は十分にあるはずだ』
『理不尽に虐げられる悔しさは、お前にも分かるはずだ。それがどれだけ辛くて、どれだけ苦しいかも。痛みを共感できる奴くらいは助けてやれ』

 ――うるさい!!

 頭に浮かぶ亜紀斗の言葉を、胸中で怒鳴ってかき消した。

 咲花は冷たく、犯人達を睨んだ。

「ねえ、分かってる?――」

 咲花が聞くと、犯人達は、訴える口を止めた。

「――さっきまであんた達がしてたことって、あんた達をいじめてた奴等と同じだって」

 犯人達は目を見開き、青ざめた。咲花の殺気に気付いたからか。それとも、自分達の罪に気付いたからか。

 犯人達の心情など、咲花には分からない。

「自分が強いと思った途端に、弱者を虐げる。痛めつける。尊厳を奪う。いじめの加害者と同じことをした奴等に、同情の余地があると思う?」

 犯人達の言葉はない。ただ、涙を流して震えていた。彼等はもう、被害者ではない。

「ましてあんた達は、人の命まで奪ったんだから」

 言うと同時に、咲花は弾丸を放った。無色透明の弾丸。ただし、外部型クロマチンが発現している空間は、水面のように歪んで見える。

 咲花の手元にあった、三つの弾丸。歪んで見える空間。それは一瞬で、犯人達を撃ち抜いた。

 を。

 脳を撃ち抜かれた犯人達は、一瞬で絶命した。おそらく、自分が殺されたことにも気付けなかっただろう。痛みすら感じる暇もない、一瞬の死。

 頭から血と脳漿を垂れ流す、死体となった犯人達。寄り掛かった壁をズルズルと引き摺り、彼等は崩れ落ちた。

 咲花は、ポケットからスマートフォンを取り出した。通話アプリを開いて、藤山に電話を架ける。

 わずか三コールで、彼は対応した。

『はい。こちら藤山です』
「咲花です。三年三組の犯人は制圧しました。まあ、銃を持った美女のことを聞き出そうとして、抵抗されて、手元が狂って、殺しちゃったんですけど」
『うーん。そっかぁ』

 藤山の反応は、いつもと同じく軽かった。

『で、銃を持った美女のことは聞けたの?』
「それについてなんですが――」

 一旦、咲花は言葉を切った。頭の中で、考えを巡らせる。

 もし本当に、中学生に銃を渡したのが秀人なら。もし本当に、屋上に秀人がいるのなら。

「――他の隊員が周辺の調査に回っているなら、すぐに呼び戻してください。すぐに、校舎周辺を固めさせて下さい」
『どういうこと?』
「まだ未確認情報なんですが。犯人に銃を渡したのは、秀人さんらしいんです。もともとウチにいた、あの秀人さんです」
『はい?』

 驚いた声が、電話口から返ってきた。無理もない。

「犯人の証言では、秀人さんは屋上にいるそうです。事実かどうか確かめるため、これから屋上に向います」
『いや、待って。ちょっと待ってよ、咲花君』
「至急向います。ただ、本当に秀人さんであれば、屋上から飛び降りて逃げるくらい、簡単なはずです。だから、校舎周辺に隊員を張らせてください」
『いや、だから待ってってば! これは隊長命令だよ!』
「じゃあ、行きます」
『ちょっ――』

 咲花は電話を切った。すぐに折り返しが架かってきたが、無視した。

 犯人達の死体をそのままに、咲花は教室から駆け出した。

 もし本当に、あの秀人が屋上にいるのなら。
 秀人が黒幕なのだとしたら。

 彼を止められる可能性があるのも、捕まえられる可能性があるのも、自分だけだ。
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