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第二章 金井秀人と四谷華
エピローグ~エッチしようね~
しおりを挟む十二月上旬になった。
すっかり寒くなり、気温がマイナスになることなど当たり前の季節。雪も、うっすらと積り始めている。
午後十時。
秀人はいつものように、リビングのソファーに座ってニュースを見ていた。
これもいつものように、華が隣りに座っている。
日が経つにつれて、華はますます秀人に甘えるようになった。
テンマ達から助け出した直後は、擦り寄って「好き」「大好き」と繰り返すだけだった。
テンマ達から助け出して一ヶ月経った頃から、腕を絡めて頬擦りしてくるようになった。
テンマ達から助け出して二ヶ月経った頃、少し戸惑いながら、頬にキスをしてきた。
秀人は、キスを拒まなかった。
拒ばまれないと知ると、華は度々キスをしてくるようになった。
最近では、秀人の唇にもキスをしてくるようになった。
華は、言葉と行動の双方で、秀人が好きだと訴えていた。
今も、秀人の頬にキスをしてきた。でも、唇にはしてこない。ニュースを見る秀人の邪魔をしないよう、気遣っているのだろう。
ニュースの内容が変った。事件などの社会的なニュースから、スポーツニュースになった。
秀人はテレビを消した。
「華、そろそろ風呂に入ろうか」
「うん。じゃあ、華、お湯入れてくるね」
ソファーから立ち上がると、華は、チュッと音を立てて秀人の唇にキスをした。軽い足取りで風呂場に向ってゆく。
これ以上ないというほどの愛情を、秀人に向けてくる華。言い方を変えれば、少し重過ぎるほどの愛情。
けれど、決して不快ではない。華のことを可愛いと、素直に思う。だからこそ、役に立たなくても側に置いておける。それこそ、秀人にとってはペット感覚で。
湯張りの設定をした華が、風呂場から戻ってきた。また秀人にキスをして、隣りに座ってきた。腕を絡めてくる。
そのまま、上目遣いで見つめてきた。
「ねえ、秀人」
「何?」
「華ね、秀人にお願いがあるの」
華が秀人に何かを要求してくるなんて、珍しい。
「お願い、聞いてくれる?」
「とりあえず話してみて」
何か欲しい物でもあるのだろうか。華は、それほど物欲がある方ではないと思うが。
「あのね、華、秀人が大好きなの」
「うん。知ってるよ」
「だからね、ずっと一緒にいたいし、いっぱいキスもしたいの」
「うん。俺がいないとき以外はずっと一緒にいるし、いっぱいキスもしてるね」
「でも、ね。華ね、もっとしたいの」
「何を?」
聞くと、華は秀人から視線を逸らした。少し頬が赤い。しばし言い淀んだ後、再び彼女は視線を戻してきた。
「華ね、秀人とエッチしたいの」
「……」
今度は、秀人が華から視線を逸らした。
出会った頃、華は、セックスが好きではないと言っていた。それでも、テンマのために頑張ってしている、と。
秀人は再び、華を見つめた。
「華、セックス嫌いなんじゃなかったっけ?」
「分かんない」
困ったような、戸惑っているような。照れたような、恥ずかしそうな。華は、複雑な表情を見せていた。
「あのね、華ね、秀人と知り合ってから、色んなことが分かったの。エッチって、本当は、好きな人同士がするんだって。好きな人じゃないとしちゃいけないんだ、って。でね、病気治して、エッチできるようになって、考えたの。華は、好きな人とならエッチしたいのかな、って」
華の言葉は拙い。高くない知能で、それでも一生懸命、自分の気持ちを伝えようとしている。
「華ね、エッチが好きじゃなかった。でも、それって、好きじゃない人としてたからなのかな、って。だって、華、秀人とエッチしたいなって思ったんだもん。それって、華が秀人のこと好きだからなんだ、って思って」
秀人の腕に絡められた、華の腕。彼女は、自分の腕に力を込めた。秀人から決して離れない。そんな意思を示すように。
「考えてたらね、凄く秀人とエッチしたくなったの。秀人のこと、大好きだから。いっぱいエッチしたくなったの」
秀人を見つめる、華の目。彼女の目線には、力があった。秀人を求める力。自分の気持ちを伝えようとする力。
「華、もう病気じゃないよ。もう、エッチしても大丈夫だよ。だから、秀人とエッチしたい。秀人が大好きだから、エッチしたいの」
華と視線を絡ませながら、秀人は考え込んだ。
秀人も男だ。性欲はある。しかも、華は可愛い。適当に遊ぶだけの相手としてなら、セックスをしても問題はない。
だが、秀人にとって、華は適当に遊ぶ相手ではない。飼っている猫達と同じように、可愛がっている。守りたいとも思う。けれど、決して恋愛感情を抱く相手ではない。
失敗したかな。秀人は、声に出さずに呟いた。華を、自分に惚れさせ過ぎた。
どうやって華を諦めさせるか。方法は、すぐに思いついた。少し意地悪な説得方法。
「ねえ、華。ひとつ確認だけど」
「何?」
「華は、俺のことが好きなんだよね?」
「うん! 大好き!」
「じゃあ、華が俺のことを好きで、俺とセックスするってことは、俺と恋人とか夫婦になりたいってことだよね?」
「うん! 秀人のこと大好きだから、付き合いたい! 結婚もしたい!」
「じゃあ、付き合うとか結婚って、どんなことだと思う?」
「んー?」
声を漏らして、華は考え込んだ。
彼女が答えを出すのは無理だろう。だから秀人は、先に答えを教えた。
「俺はね、互いが対等な立場で、互いに支え合う関係だと思ってる。どちらか一方が尽くすだけじゃ駄目なんだ。だから、互いが、同じように、相手に対して頑張らないといけない」
「秀人と同じなんて、無理」
華は悲しそうに顔を歪ませた。
「華、馬鹿だから。秀人みたいに凄い人になんて、なれない」
華の泣きそうな顔を見て、秀人は少しだけ慌てた。すぐに言い直した。
「俺と同じことができなくてもいいんだ。ってか、俺と同じことができる人なんて、世界中どこを探してもいないからね。同じことができる人としか結婚できないなら、俺、一生結婚できないよ」
当然ながら、秀人は、もともと結婚などするつもりはない。相手が誰であっても。
「つまり、同じことができなくても、同じくらい頑張る、ってことなんだ」
泣きそうだった華の目に、再び力が宿った。
「華、頑張るよ! 何を頑張ればいいの?」
「そうだな……」
頑張ればできそうで、でも、華には到底無理なことは何だろうか。一秒ほど思考を巡らせ、秀人は回答した。
「俺の部屋に料理の本があって、四十七品目の料理の作り方が載ってるんだけど。その全部を、本を見なくても作れるようになってほしいね。俺、恋人とか奥さんに、料理を作ってほしいから」
現在、この家の家事はほとんど秀人が行っている。華も手伝っているが、所詮、手伝いの域を出ない。
華は運動能力が高く、かつ、一定の大きさの刃物は、自分の手のように扱える。火の扱いも覚えたし、家電も使えるようになった。けれどそれは、秀人の指示があってできることだ。自分一人で料理を作ることは、未だにできない。
「うん! 覚える!」
秀人に絡めていた腕を解き、華は、胸もとで拳を握った。
「華、頑張る! 頑張って覚えて、できるようになって、秀人の彼女になる!」
華は素直だ。頑張ると言ったら、本当に頑張るのだろう。秀人のために努力するのだろう。
でも、華の知能で、四十七品目もの料理の手順を記憶するのは、きっと無理だ。無理なことのために、彼女は努力するのだ。
なぜか、秀人の胸が少し痛んだ。痛みをごまかすように、華の頭を撫でた。
「ありがとう。頑張ってね、華」
「うん! できるようになったら、華とエッチしようね!」
華の言葉に、秀人は苦笑してしまった。
(第二章・完)
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