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第三章 罪の重さを計るものは
第七話② 信じることしかできない。信じていると言うことしかできない(後編)
しおりを挟む藤山の言うことは、筋が通っていると思う。かつては亜紀斗も、先生を亡くして自暴自棄になった。何もかもがどうでもよくなって、部屋に閉じこもった。
藤山の言うことは正しい。少なくとも、可能性の一つとして考慮するには。
それでも亜紀斗は、必死に、反論の余地を探した。磯部を殺したのは咲花だと、思いたくなかった。彼女を信じたかった。
頭を必死に回転させる。どうにかして、咲花が無実だという可能性を突き付けたい。でも、何も思い浮ばない。
亜紀斗が何も言えずにいると、藤山は、さらに続けた。
「それとね、もう一つ。咲花君が磯部を殺したくなるようなことがあったんだよ」
亜紀斗の頭の中で、思考が霧散した。身を乗り出して藤山に聞いた。
「何があったんですか?」
「一月に、神坂が死んだんだ。刑務所の懲罰房でね」
「!?」
「表向きは自殺ってことになってる。実際に、発見されたときは首を吊っていたからね」
「表向き、とは?」
「懲罰房には、神坂が失禁した跡があったんだよ。掃除されてたみたいだけど、自殺した神坂からは離れた位置にあったんだ」
「どういうことです?」
「えっと、ね……神坂が首を吊っていたのは、懲罰房の壁際だったんだ。服を引き裂いて紐状にして、洗面所に結びつけて、首を括っていた。でも、失禁の跡があったのは、部屋の中央付近なんだ。死ぬときに失禁したなら、部屋の中央じゃなく、死体の付近に失禁の跡があるはずだろう?」
「確かに。じゃあ、他殺ってことですか?」
「可能性は低くないね。もちろん、他殺だってことが判明したら、大問題だ。刑務所内部の人間が殺したんだとしても、外部の人間が殺したんだとしても」
当然だろう。内部の人間が殺したのだとしたら、管理の甘さを露呈することになる。外部の人間が殺したのだとしたら、簡単に侵入を許したことになる。
「だから、神坂が死んだのは自殺ということにされた、と?」
「だろうね」
ここまで聞いて、ふと、亜紀斗は疑問を感じた。刑務所内で隠蔽されたことを、どうして藤山が知っているのか。
単刀直入に、亜紀斗は聞いた。
「どうして隊長は、そんなことを知ってるんですか? 刑務所に知り合いでもいるんですか?」
鋭かった藤山の目が、少しだけ緩んだ。とはいえ、いつもの様子に戻ったわけではない。掴み所がなく、それでいて不気味な表情。
「僕もね、最近、頑張ってるんだよ。色々と嗅ぎ回ってみたりしてね。クロマチン能力者の扱いとか」
「?」
藤山のセリフの意味を、亜紀斗は理解できなかった。クロマチン能力者の扱いについて、嗅ぎ回るようなことがあるのだろうか。
頭の中に「?」を浮かべた亜紀斗をよそに、藤山は話を戻した。
「それで、だ。神坂の死が他殺にしろ自殺にしろ、内部の人間が殺したにしろ外部の人間が殺したにしろ、咲花君を焚き付けるには十分な出来事だと思うんだよ。憎むべき仇の一人が死んだ。咲花君がこの事実を知ったら、何を考えると思う?」
神坂の死を知って、咲花が何を思うか。
「あるいは、案外、神坂を殺したのも咲花君だって可能性もある」
「……」
再び、亜紀斗は考え込んだ。
咲花が、神坂を殺す可能性。これについては否定できない。磯部殺しと同様に。再び罪を犯した神坂が許せなかった。犯人殺しができなくなって、自暴自棄になった。咲花を狂わせる出来事が重なり、彼女を凶行に走らせた。
では、神坂を殺したのが咲花ではない場合は?
咲花と亜紀斗は、ある意味で似ている。だから、簡単に想像できた。神坂が死んだことを知った咲花が、どんな気持ちになるか。
死ぬべき人間が一人死んだ。死んで当たり前の奴だった。でも、死んで当たり前の人間は、まだ三人も生きている。なぜ、奴等は生きているのか。生きていていい人間ではないのに。死ぬべきなのに。
――殺されるべきなのに!
咲花の気持ちが、圧倒的なリアリティをもって浮かび上がった。神坂の死が、咲花の背中を押した。復讐という奈落へ、彼女を突き落とした。
亜紀斗は体を震わせ、大きく息をついた。軽く、頭を横に振った。速くなっている心臓の鼓動を、落ち着かせるように。
「隊長」
「何だい?」
「俺は、笹島を信じます。笹島は犯人じゃない」
藤山の様子が、また変わった。キョトンと、目を開いた。
「亜紀斗君。君、咲花君のことが嫌いなんだよね?」
「ええ、嫌いです」
嘘である。亜紀斗はもう、自覚していた。少なくとも今は、咲花のことが嫌いではない。
「嫌いですが、それとこれとは別です。あいつは、そんなに弱くない。俺よりも強い。だから、俺みたいに、自暴自棄になんてならない」
「……」
沈黙。小会議室の中が、静まり返った。
しばらくして、藤山が笑顔を見せた。どこか嬉しそうな笑顔。
もっとも、その笑顔は一瞬で消えた。また、いつもの胡散臭い笑みに戻った。先ほどまでの視線の鋭さも、もうない。
「いいねぇ、亜紀斗君」
「何がですか?」
「仲間を信じる。素晴しいと思うよぉ」
「……馬鹿にしてますか?」
「まっさかぁ」
いつもの間延びした声で言いながら、藤山は席を立った。
「とりあえず、残らせてごめんねぇ。ちょっと亜紀斗君の意見を聞きたかっただけだから、もう帰っても大丈夫だよぉ」
「……はぁ」
「亜紀斗君が咲花君を信じるなら、僕も、少し頑張ってみるかなぁ」
「頑張るって、何をですか?」
ふふん、と藤山は鼻で笑った。どこか得意気に。いつもの胡散臭さを消さずに。
「咲花君に何かあったときに、できるだけ守れるようにねぇ」
「?」
藤山のセリフの意味が分からない。亜紀斗は何も言えなかった。
藤山はそのまま、小会議室から出て行った。気のせいか、足取りが軽く見えた。
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