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第十七話① 憎悪は、狂気を誘う(前編)
しおりを挟む家主が死んだ、五味の自宅。
シャワーを浴びて髪の毛を乾かし、美咲は、出かける準備をした。
スマートフォンで、近所にあるホームセンターを検索する。五味の死体を処理する道具を買わなければならない。
一番近いホームセンターは、この家から歩いて10分ほどの場所にあった。開店は午前9時。
8時50分に、美咲は家を出た。五味が持っていた鍵で、しっかりと施錠をする。泥棒が入って死体とご対面、などということになったら、笑えもしない。
スマートフォンで地図を表示し、歩く。迷うことなくホームセンターに辿り着けた。店内に入って、金槌とノコギリ、軍手を買い物カゴに入れた。
さらに、大きめのタオルも何枚かカゴに入れた。
万が一、池の中から五味の死体が発見されたら。そうなったときのことも、美咲は考えていた。五味の家に、自分の痕跡を残すわけにはいかない。指紋を全て消し、髪の毛も残さないようにする必要がある。そのために、長かった髪の毛をショートにしたのだ。落ちた髪の毛を回収し易いように。
念のため、消臭剤も2つ買った。五味の死体が腐敗し悪臭を発しても、誤魔化せるように。
さらに、五味の死体の下に敷くブルーシートも買った。解体時に流れる血が、床に付かないように。
思い浮かぶ必要な物を、次々とカゴに入れる。予算の心配はしなくていい。五味の財布には、10万以上も入っている。
必要な物を買い揃えると、美咲は、ホームセンタ-を後にした。
真冬の午前。天気はいいが、ゆるやかに吹く風は冷たい。肌に突き刺さるようだ。
購入した物を入れたビニール袋は、なかなか重かった。袋の取っ手が、指に食い込んで痛い。さらに、下腹部が痛くて歩きにくい。
痛みは美咲を不機嫌にした。原因である五味への怒りが、ますます強くなった。
家に着いて、鍵を開けた。玄関に入る。
家の中に入っても、腐臭はしなかった。まだ、五味の死体は腐り始めていないようだ。とはいえ、腐敗が始まるのも時間の問題だ。手早く解体して、さっさと沈めないと。
コートを脱いでリビングに置いた。さらに、服を脱いで下着だけになった。五味の死体を解体する際に、服に肉片や血が付いて異臭を発したら困る。だから、できるだけ薄着で作業をする。
下着姿で、美咲は寝室に行った。この部屋だけが、家の中で異常なほど冷え切っていた。冷房はまだ切っていない。窓も開けたままだ。
寒さで体が震えた。
購入した物をビニール袋から取り出した。タオルを頭に巻いて、できるだけ髪の毛が落ちないようにした。ブルーシートを、ベッドのすぐ横に広げた。解体用のノコギリをパッケージから出し、滑り止めが付いた軍手を履いた。
ふう、と美咲は息を吐いた。五味の死体は、すでに硬直が始まっている。彼の腕を掴み、ベッドから引き摺り降ろす。
五味の体は――死んだ人間の体は、想像以上に重かった。上手く降ろせず、ベッドから落としてしまった。上手い具合にブルーシートの上に乗ったが、落とすときに半回転してしまい、うつ伏せの状態になった。
五味の下腹部に刺したナイフは、まだ抜いていない。そのせいで、頭を床に付けたまま、足が浮いている状態となった。下腹部――股間に刺さったままのナイフが、彼の体を斜めに維持しているような状態だ。
その姿はあまりに滑稽で、惨めとさえ言えた。つい、美咲は失笑してしまった。
死んだ後になお、こんな屈辱的な格好になっている。
美咲は、洋平の死を知った瞬間から壊れてしまっていた。正気を保ったまま狂っている、と言っていい。だからこそ、何の躊躇いもなく五味を殺せた。
狂っているから、今の五味を見て笑えた。彼が惨めであれば惨めであるほど。憎しみや怒りを抱えながらも――憎しみや怒りを抱えているからこそ、笑えた。
今の五味の姿は、狂った美咲を高揚させた。
「じゃあ、バラバラになろうか」
物言わぬ五味に、軽い口調で語りかけた。美咲はノコギリを強く握り、うつ伏せになった五味の首に当てた。ノコギリを押し、引く。
死後硬直した五味の体は、想像以上に固かった。骨も固い。この数週間トレーニングをして体力と筋力をつけたとはいえ、簡単とは言えない作業だった。
五味の死体を詰めるキャリーバッグは、かなり大きい。しかし、彼の死体を詰めるためには、少なくとも頭と四肢を胴体から切り離す必要がある。だが、これだけ固い物を解体するには、相当時間がかかるかも知れない。それこそ、今日一日では終わらないほどの。
惨めな五味を見て込み上げてきた笑いが、消え去った。時間が経てば死体は腐り、腐臭を発し始める。購入した消臭剤など意味を成さないほどの悪臭になるだろう。解体には時間を掛けられない。でも、固い。
――どうしよう?
考え込む美咲の目に、購入した金槌が映った。美咲はそれを手に取ると、思い切り、五味の頸椎めがけて振り下ろした。
「ゴンッ」と「バキッ」という音が、同時に響いた。硬直して柔軟性を失った五味の体は、金槌の衝撃を逃すことなく受け止めた。
さらに数回、美咲は、金槌を振り下ろした。五味の頸椎の形が、目に見えて変形してきた。
金槌をノコギリに持ち替えて、再び五味の首に当てた。押し引きしてみる。先ほどよりも簡単に、刃が五味の首に食い込んだ。
これならいける。美咲は全力でノコギリを動かした。固くなった肉を切り裂く、ゴリゴリという音。すでに血圧がなくなっているので、血は滴り落ちる程度にしか流れなかった。
それでも、首を切り落とす頃には、五味の顔の下に小さな血溜まりができていた。
首を斬り落とした。斜めになっていた五味の体は、股間に刺さったナイフを支点に、シーソーのように動いた。今度は足が床に付いた。重い頭を切り離したことで、重量のバランスが変わったのだろう。
惨めで、滑稽な姿。先ほどまでなら笑えた、五味の姿。
美咲は、もう笑わなかった。五味が惨めで滑稽な姿になるのは、この短時間で、当たり前のことになっていた。
五味が惨めな姿を晒すのは、当たり前。洋平を殺したんだから。二度も三度も笑いを取れるほど、特別なことじゃない。
表情をまったく動かさず、美咲は時計を見た。
解体作業開始から首を斬り落とすまで、1時間ほどかかっていた。
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