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第三十一話 幸せを願うためには、狂うしかなくて
しおりを挟む学校での聞き込みが行なわれた日から、洋平は、美咲や刑事達の行動を追っていた。
五味殺害の容疑者として、美咲の名が上がらないことを祈りながら。
1月26日。
五味秀一殺害事件の捜査本部にて、会議が行なわれた。これまで調査した内容を取りまとめ、今後の方針を決めるために。
家宅捜索を行なった五味の家で、大量の血痕が発見された。その血痕の鑑定から、五味秀一と、その他1名の血液であることが分かった。五味秀一以外の血液が誰のものなのかは、今のところ判明していない。
このことから、殺害現場や死体損壊の現場は五味秀一の家であると断定された。つまり、容疑者は、五味の家に出入りしていたということになる。強盗にでも入られ、その場で殺害、損壊されたとも考えられるが、その可能性は低いと判断された。
五味の遺体が発見された公園付近で聞き込みも行なったが、有力な情報は得られなかった。証言がなかったのではない。まったく無意味な、虚言としか思えない証言しか出てこなかったのだ。
五味の高校での聞き込みをもとに、彼の人物像の分析や、彼の殺害に関わっていそうな人物もピックアップされた。
どんな人物でもそうだが、五味は、評判の善し悪しが分かれていた。だが、評判の善し悪しではなく、証言そのものを紐解いていけば、彼の人物像がはっきりと浮かび上がってきた。
『自分を認める者には優しく、気前がいい。反面、自分を認めない者や、自分が目を付けた女子生徒と付き合っている男子生徒に対しては、陰湿である。承認欲求と陰湿さが同居した人物』
傷害での補導歴があることも鑑みれば、決して褒められた人物ではないことが分かる。当然、人から恨みを買うことも多かっただろう。それこそ、殺意を抱かれるほどの恨みを。
五味に対して殺意を抱き、それを実行しうる人物。対象として挙がった人物の中には、洋平もいた。
美咲の名前も対象として挙がっていたが、会議中の前原の発言によって、容疑者候補の下位に押し下げられた。
前原は、会議で、1月16日から美咲の身辺を洗っていたことを報告した。彼女は頻繁に外出していたが、その行き先は、スポーツジムや近所のコンビニエンスストア、あるいはスーパーであり、五味殺害に関連するような行動は一切していなかった。
通常の殺人犯は、刑事が捜査をしていると知った時点で、自分の犯行を振り返る。殺害現場を行き来したりして、証拠隠滅に奔走する。もしくは、刑事に捕まることを恐れて自宅に引きこもるか、どこかに失踪する。あるいは、自己顕示欲を満たすために犯罪を行なったのであれば、事件を世間に見せつけるための行動に出る。
美咲には、どの動きも見られなかった。そのため、容疑者候補であるものの、犯人である可能性は低いと判断された。
洋平は、すでにない自分の胸を撫で下ろした。
五味の死亡推定日時は、昨年のクリスマス前後だと考えられている。発見された時点で殺害からかなりの時間が経過しているうえに、冷たい池に沈められていたため、正確な日時を割り出すのは困難だった。クリスマス時期から五味の足取りが途絶えていることから、概ねその時期だろうと推測された。
死亡推定時期に完璧なアリバイがある人物は、容疑者候補の中には1人もいなかった。もっとも、クリスマス前後という広範囲な期間で完璧なアリバイがある人物など、いるはずがない。
得た証言や調査をもとに割り出された容疑者候補の上位3人は、次の人物達だった。
村田洋平。六田祐二。五味に恋人を寝取られた中でも、もっとも陰惨な扱いを受けた男子生徒。
洋平が容疑者候補に挙がるのは当然と言えた。自分の恋人が五味に口説かれている。さらに、五味が殺害されるしばらく前から、行方不明になっている。五味を殺す準備のために姿を消し、殺した後は雲隠れしていると推測されていた。
六田が容疑者候補に挙っているのは、五味殺害の時期と同じくして行方不明になっているからだ。六田は、五味と同じく自己主張が激しい性格をしている。表面上では五味と親しくしていても、水面下では啀み合っていたのではないか。そんな推測がされた。
最後の容疑者候補は、洋平の知らない人物だった。捜査会議で名前が出ていたが、すぐに洋平の記憶から抜け落ちた。ただひとつ分かるのは、この容疑者候補も、五味によってひどい目に合わされていたことくらいだ。
捜査本部の刑事達は、3人の容疑者候補の調査することとなった。といっても、容疑者候補3人のうち2人は、行方不明である。洋平と六田の捜査をする刑事達は、まず彼等の足取りを追い、居場所を突き止める必要があった。
3人の容疑者候補について調べるため、捜査本部の刑事達は、ごく少数を除き3班に分けられた。各班に所属する刑事達が、通常通り、2人1組で行動するのだ。
前原とさくらは、1班――洋平の足取りを追う班となった。
また、どの班にも所属しない少数の刑事達が、3人以外の容疑者候補について調べることとなった。
洋平は、自分の願いが通じたような気分になっていた。美咲が容疑者候補から外れたわけではないが、候補の中でも下位に位置している。洋平や六田の行方が明らかにならない限り、美咲に対して徹底した捜査は行なわれない。洋平や六田が埋められている建設現場の施行が進めば、2人の遺体が発見されることもなくなる。
容疑者候補の筆頭である2人の遺体が発見されなければ、捜査は手詰まりとなる。事件が迷宮入りする可能性が高くなる。
――問題は……。
洋平は考えを巡らせた。
問題は、五味と一緒に洋平を殺した2人だ。七瀬と八戸。
あの2人が洋平殺しについて口を割れば、必然的に、洋平は容疑者から外れることになる。それだけではなく、五味が洋平を殺したと判明すれば、美咲が容疑者候補筆頭となるだろう。恋人の仇を討つために五味を殺した――十分過ぎるほどの動機と言える。
七瀬と八戸の口を封じることで、美咲が捕まる可能性が低くなる。さらに、七瀬や八戸が姿を消すことで、彼等も、五味殺害の容疑者候補となるかも知れない。
「美咲があの2人を殺して、俺や六田と同じように、建物の下敷きになるように埋めてくれれば……」
そこまで考えて、洋平は、自分の発想に恐怖を覚えた。ゾワッと、震えるような寒気が走った。もし体があったなら、全身に鳥肌が立ち、身震いしていただろう。
美咲の犯罪が迷宮入りになることを願っている。それだけならまだいい。しかし、美咲が、七瀬と八戸を殺すことも期待している。そんな自分の発想が、恐くなった。
美咲が人殺しになることを、あんなに止めたかったのに。美咲が平穏で幸せに生きることを、望んでいたのに。
もしかして、自分も狂ってしまったのだろうか。美咲が狂っていく姿を目の当たりにして。美咲が自分以外の男に抱かれ、悶え苦しんで。美咲が、人を殺す場面を突き付けられて。絶望と苦痛のあまり、狂ってしまったのか。
心に浮かんだその考えを、洋平はすぐに否定した。
「違う」
自己弁護のように、洋平は呟いた。音にならない声で。
自分は冷静に考えている。そうだ。美咲が五味を殺す前は、彼女が殺人を犯すことを止めたいと思っていた。けれど今は、あのときとは状況が違う。今の状況で美咲が犯罪者にならないためには、七瀬と八戸を殺すしかないんだ。
「そうだ。仕方ないんだ」
もとはと言えば、殺人に加担した七瀬や八戸に原因がある。美咲を狂わせた一因なのだから。殺されたところで、文句など言えないはずだ。
美咲を狂わせたのだから、せめて美咲のために死ねばいい。
洋平は、自分の発想に恐怖を覚えていた。反面、美咲のことを考えるなら、七瀬と八戸の口を封じるべきだとも理解していた。
板挟みの気持ち。逃げ場のない心。洋平は、言い訳のように繰り返した。
「仕方ないんだ」
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