囚われ王子は焔の王に寵愛される

ノガケ雛

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第一章

第8話

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 ノアリスの瞳が濡れている。羞恥か、怒りか、それとも──諦めか。
 カイゼルは、すぐに言葉を返すことができなかった。
 胸の奥を、何か鋭いもので貫かれたような感覚だけが残る。


「それは……知らなかった。おそらく、貴殿と卵には何かしらの関係があるとは思っていたが、まさか──」


 産み出していたとは。
 カイゼルは出方を誤ったか……と思ったが、どうにかして立て直さなければと、頭を回転させる。


「だが、それを知っても、俺の気持ちは変わらない」
「な、ぜ」
「私は、卵が欲しいわけではない。……いや、初めは欲しかった。我が国は疫病で命を落とす民もいる。それを解決できるのならばと思った。しかし……それよりも──貴殿を一目見た時に、惚れてしまったようだ」
「!」


 一歩退いたノアリスは、悔しそうに顔を歪める。


「私、だって……この塔から出たいと思っております。……しかし、陛下達は許さないでしょう。私は卵を産む器。もはや王子などただの名称であって、尊厳はありません」
「……」
「近々、戦が起きると、聞きました。つまり……私はまた、何度も卵を産み落とすこととなるでしょう。卵は……精を注がれることにより、できます」
「なに……?」


 黙って話を聞いていたカイゼルだったが、ノアリスの言葉に、つい反応をしてしまった。


「精を注がれて、数日経てば、卵は産まれます。……しかし、私は……私は、とても、苦しいのです……。痛みが、おおきくて……っ」
「っ、」
「それを、戦の間は、休む間もなく、何度も繰り返すことになる……っ」


 目に涙を浮かべたノアリスが、力をなくしたように床に座り込む。
 その背中を撫でようにも、カイゼルは罪悪感からそれができなかった。

 自身も、一時は卵を欲した者。
 まさか、そんなふうに万能薬が作られているとは思いもしなかったのだ。


「た、まごは……貴殿の、苦痛から、できている、と……?」
「っ、ですから……私はきっと、この塔から出ることは叶わないのです……。この命が尽きるまで……そうして、搾取される運命」


 はらはらと大きな瞳から涙が散る。
 カイゼルは奥歯をギリっと噛み締めた。
 拳を握りしめる。
 今すぐにでも剣を抜いて、この塔を破壊してしまいたかった。
 けれど、それでは彼を連れて帰ることはできない。


「……ノアリス王子。貴殿の苦しみを、俺は知らなかった」
「……」
「知った今、俺はもう、見て見ぬふりなどできない。貴殿を助ける。そのために、何を犠牲にしても、構わないとすら思っている」


 ノアリスが顔を上げる。その目には、まだ不信が宿っていた。


「……そんな、言葉だけなら……誰だって、言えるのです……」
「言葉だけではない。──行動で示そう」
「……?」
「……ひと月だけ、耐えてくれ。我が国に戻る時に、かならず貴殿を共に連れ帰る」
「っ、」


 カイゼルは苛立ちと罪悪感で僅かに震える手を、そっとノアリスの頭に乗せる。
 ぴくりと小さく震える体を、安心させるようポン、ポン、と叩くと、それ以上は何もせずに立ち上がった。


「約束しよう。必ずだ」


 護衛から「そろそろ」と声がかかる。
 カイゼルは柔らかく微笑み、ノアリスの頬に流れる涙をそっと拭った。


「俺がここに来たことは、どうか内密に」


 そうして扉の方に足を向け、塔を後にした。


 客間に戻ったカイゼルは、優雅に紅茶を飲んで待っていたイリエントを睨みつけ、ドサッと椅子に腰かける。


「──それで、王子はいかがでした?」
「ああ。──最悪だ。王子が卵の正体であるとは睨んでいたが、まさか……産まされているとは、知らなかった」
「産……っ!?」
「それも、かなり酷い。俺は──初めに卵を欲したことを恥ずかしく思う」


 カイゼルは額に手を付き、深く息を吐いた。
 この王がここまで落ち込んだ姿を見るのは初めてだ。
 イリエントは、それがどれほどの物なのかは想像がつかなかったが、決して許されるようなことでは無いと理解した。


「──どうするおつもりですか」
「……少しだけ、耐えてくれと、伝えた」
「では……」


 力の宿る目で、カイゼルはイリエントを見つめる。


「連れ帰る。必ずだ」


 カイゼルは約束を違えることはしない。
 イリエントはそれを知っている。
 であるからこそ、彼は本気なのだとわかった。


「わかりました。──では、早速、策を練りましょう」
「ああ」


 躊躇いのない、力強い王の声は、側近の心をも奮い立たせた。


「しかし、どういたしましょうか。フェルカリア側が交渉に値する十分なものを提示できなかったので、交渉決裂という風に進めますか?」
「それが一番平和に解決出来る手段ならば、それで良い。──ただ、どう連れ出すかだ」
「……帰国する際、何かしらの混乱を起こす他に何かあります?」
「……」


 帰国の際に混乱を起こそうと思えば、それは簡単だろうが、しかし。


「おそらく、フェルカリアは警戒するはず。まずは我らが卵を奪おうとしていると疑い、王子のもとに向かうだろうな。そして──今度は見つけにくい場所に隠される」
「……なるほど。それは確かに、そうですね」
「で、あるならば……帰国してすぐ、フェルカリアに攻めいればいい」
「……は?」


 イリエントは全く意味がわからないというふうに声を漏らし、そして首を振る。


「い、戦を、起こすつもりで!?」
「どうせフェルカリアは他国との戦を控えているのだろう。だから武力が欲しいと我らに同盟の呼び掛けをした。ならば、戦をすることに変わりはない。相手が少し武力の高い国に変わっただけよ」
「……」
「なんだ」
「……あまりにも、単純なお考えで、流石陛下だと思っただけです」


 イリエントの言葉にカイゼルの眉が寄る。


「皮肉は要らん」
「では……国が無くなれば、王子は悲しみませんか」
「……」
「少なくとも、生まれ育った故郷が血で染まるのは、望まれないのでは」
「……どうしろというのだ」


 問いかければ、彼はしばらく黙ったあと、ふっと目を細めた。

「──陛下。ご自身の手で奪おうとするから、無理が出るのです」
「……何が言いたい」


 イリエントの瞳がキラリと光る。
 よほど、自信のある策なのだろう。


「王子自身に“逃げる意志”と“手段”を与えればいいのです」
「逃げる、だと?」
「はい。塔に囚われているとはいえ、王子はまだ精神を失っておりません。そして、自ら逃げ出そうともしていない。であるなら──『逃げてもいい』という選択肢が、王子には与えられていないだけかもしれません」


 カイゼルは腕を組み、目を細める。


「……つまり、お前はこう言いたいのだな。俺が手を出せば、外交的な正当性は失われる。だが、王子自身が塔を抜け出せば、それはフェルカリアの落ち度になると」
「その通りです。我々は、逃げ出した王子を“保護”しただけに過ぎない。──これなら、フェルカリアは、我らに対し、罪を問うことはできない」
「……逃げ道を用意してやると?」
「ええ。王子が自らの意思で歩けるよう、“道”と“灯り”を準備するのです。……陛下しかできない方法で」


 カイゼルはしばらく沈黙した。そして、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。


「──やはり、お前は頼れるな、イリエント」
「光栄です」


 ニコリ、微笑んだイリエントに、王は静かに頷いた。
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