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第一章
第7話
しおりを挟む決行の時が来た。
カイゼルは目立たない衣装に着替え、護衛とともにヒソヒソと塔に向かう。
辿りついた塔を静かに登り、二人の見張り番の様子を確認すれば、彼らはしっかりと眠ってくれていた。
護衛に鍵を探させる。
その間に、カイゼルは目の前に立つ扉をコン、コンとノックした。
僅かに聞こえる衣擦れの音。
中に王子がいるのは、間違いなさそうだ。
「中にいるのだろう。ノアリス王子」
「っ、」
威圧感を与えないよう、静かに、そして穏やかに話しかける。
「初めまして。隣国ルイゼンの王、カイゼルだ」
足音は聞こえない。
驚いて固まっているのか、外からの声には反応しないよう、言われているのか。
「先日、少しだけ会ったな」
「っ、は、はい」
しかし、返事があった。
カイゼルは短く驚き、しかしすぐに会話を続ける。
「貴殿と少し、話がしたい。入ってもいいだろうか」
「ぁ……」
戸惑っている様子が伝わってくる。
少しの間待ったが、なかなか返事がない。
──仕方がない。会うことは叶わないが、ここでこのまま、少し話をするか。
そう思い、再び口を開こうとした時、微かな足音が聞こえた。
そして──コン、コンと静かなノックが返される。
これは『良い』という事なのだろうか。
己の口からそれを口にするのは怖くて、しかし行動で示してくれたのだろうか。
護衛から鍵を預かり、そっと解錠する。
そして、重たい扉を開けると、そこには驚きで目を見開いている金の姿が。
「会うのは、二度目だな。再び会えたこと、嬉しく思うぞ」
「っ、ぁ、」
「怯えずとも、良い。俺がここに来たことは誰にもバレていない。それに……見張り番は疲れていたんだろうな。眠ってしまってる」
「……」
チラリと眠る見張り番達を見たノアリスが明らかにホッとするのを見て、カイゼルは目を細めた。
やはり、その姿は聖女のように美しかった。
日焼けを知らない真っ白の肌に、桜色の唇。
スーッと通った小さな鼻と、大きな瞳。
王子だ、男だと言われなければ、女性にも見えるような儚さ。
「……? カイゼル、陛下……?」
「……ああ、すまない。見蕩れてしまった」
「!」
ほんのり頬を赤らめる姿も、愛らしい。
カイゼルは数歩ノアリスに近づき、怖がらせないように膝をついた。
「っ! な、何を……おやめ下さい。私などに、そんな……畏れ多いことを……!」
「俺がそうしたいと思った。それに、こうすれば、目線の高さも近くなるだろう」
「ぁ……」
背中をかがめることもできたが、しかしそれで話をするのは些か体勢が辛い。
なのでカイゼルは国王陛下だという矜恃など放って、膝をついた。
これにはノアリスが顔を青くし目を逸らしたのだが、カイゼルはただ、静かに微笑んだ。
そして思う。
──これ以上、惹かれたらどうしようか、と。
しかし、ノアリスはどこか怯えているように見えて、カイゼルはそのまま静かに口を開いた。
「ここには外交で来たのだ。……フェルカリアには国王陛下と、王子が二人いると聞いていた。しかし……いざ謁見の場に行けば、皇太子しかいない」
「っ、」
「そこで、王子はと尋ねた。すると、療養中だと聞いてな。──だが、この部屋、療養中にして些か殺風景が過ぎる」
「ぁ……」
「……四年も前から、囚われているのだな?」
ノアリスの肩がピクリと震える。
だが、彼は何も言わなかった。否定も肯定もせず、ただ、押し黙ったまま。
その沈黙に、カイゼルはため息をつく。
責めるためではなく、哀しむように。
「俺は……なぜ、こんなにも貴殿のことが気になるのか、自分でもわからない」
「……っ」
「最初は、ただの興味だった。塀の向こうにいた貴殿の姿が忘れられなくて。だが、今は──それだけではない」
真っ直ぐにノアリスを見つめる。
すぐに逸らされた視線。しかし、彼は逃げることを知らないのか、はたまた、逃げ方が分からないのか、何を言うことも、することもしない。
「……貴殿を、助けたいと思った。力になりたいと、思ってしまった」
カイゼルの真っ直ぐな思いが、届いたのだろうか。ノアリスの頬が、ほんのりと紅く染まっていく。
「ここに囚われる生活で満足ならば、助けようなんて傲慢なことは、もう言わない。しかし、望んでいないのなら、俺の話に少しでもいい。耳を傾けてくれ」
「……」
「フェルカリアは、万能薬があると聞いた」
「っ!」
『万能薬』と口にした途端、ノアリスの顔色が変わる。
カイゼルは考えが的中していると思い、僅かにまゆを顰めた。
「それは、卵だと」
「ぅ……」
「その様子だと、何のことか知っているな?」
「……貴方も、卵を、お望みかっ」
突然、ノアリスは大きな声を出したが、カイゼルはそれでも静かに彼を見つめるだけだ。
「ああ。我らはフェルカリアに武力を差し出す。その対価を貰わねばならん。それが取引というものだ。──だが、その卵はどうしても無理だと言われてしまった。だから、私は、王子、貴殿が欲しい」
「なっ──そ、それは、私こそが、卵を産み出すと、承知の上で仰っているのですか……っ?」
「!」
明かされた真実に、カイゼルは僅かに目を見張った。
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