6 / 40
第一章
第6話
しおりを挟む「──陛下の予想通りでした」
「ほぉ」
イリエントに情報収集を命令した翌朝のこと。
早速忍ばせていた者から返事があったようだ。
「まず、あの塔には王子が囚われています。それも、四年前からのことです」
「……十四の頃からか」
「はい。詳細は伏せられていますが、その年に城内で大きな事件があった形跡があるとのことです。同年に王妃陛下もお亡くなりになられておりました」
カイゼルは紅茶を口にしながら、事件の時系列を静かに頭の中で組み立てていた。
「毎日、朝昼晩と食事は城の調理場から運ばれるそうです。湯浴みは七日間に一度。塔の見張りは、階段を昇った先にある王子の監禁された部屋の前に二人」
「女官が出入りする時間は」
「はい。朝昼は出入りが多いようですが、夜は食事を届けたあとは無いようです。夜の食器は朝に回収するとか」
カイゼルは眉間に深い皺を寄せ、唇の端をぐっと噛んだ。
それは彼にしては珍しい、感情の揺れだ。
続く報告も、カイゼルを苛立たせる物にしかならず、ある程度話を聞くと、静かに手を挙げて止める。
「俺があそこに入り込める時はいつだ」
「はい。夜、食事が運ばれたあとが最も警備が薄くなります。見張りは二人。当日当番の物の食事に、眠り薬でも混ぜれば、見張りの途中で眠ってくれるでしょう」
「……簡単に混ぜられるのか? それに、扉の鍵はどうする? おそらく、かけられているだろう。それも、内側からでは開けられないものが」
指摘すれば、イリエントはニィッと笑う。
嫌な笑みに、カイゼルは口元を引き攣らせた。
「眠り薬を混ぜることなど簡単です。すぐに指示を出し、そのように致しましょう。鍵はおそらく、見張り番が持っているはず。眠ったところを拝借すれば問題ありません」
「……」
「褒めてもいいのですよ」
「褒めるなら、お前の命令を聞き、全てを無事に遂行している者を褒めよう」
「なぜ!?」
「お前はすぐに調子に乗るから」
あからさまに『納得できない』といった表情をするイリエントを、鼻で笑う。
実行は、今日の夜。
──また、あの金の姿を見られる。
カイゼルはこの後に控えている会談のことを忘れ、ノアリスに会えることだけを楽しみに、再びカップを傾けた。
◇
会談は相変わらず停滞していた。
昨日は居た王はおらず、代わりに宰相サハルが皇太子と共に着席している。
「何度も伝えているが、こちらは貴国が差し出すものが、対価として遜色なければすぐに受け入れると言っているだろう」
「……ですから、」
「医療の知識と技術? ──そんなもの、提供するのは当たり前だ。我らが差し出すものの足元にすら及ばん」
肘掛けを指先でコンコンと叩く。
いつまでこの下らない言い合いをしなければならないのか。
「万能薬など、ございません」
「はは、そう来たか。そんな浅ましい嘘で俺を欺けるとでも?」
「……」
「これは、遊びではない。──国の命運をかけた取引だ。もっと慎重に言葉を選ぶことだな」
カイゼルは苦笑するイリエントを盗み見て、「ああ、そうだ」と思いついたかのように口を開けた。
「万能薬が嫌だと言うのなら、ノアリス王子を我が国に迎えよう」
「なっ──」
皇太子は息を飲み、そして深く息を吐く。
「ノアリスは療養中です。とても、外には出れますまい」
「だが、時の気分転換は必要だろう。それに、今直ぐにとは言わない。もちろん、回復するのを待つさ。そして、我が国に連れていく」
「な、ぜ……? 貴国に連れ帰るメリットなど、ひとつもないでしょう」
「いや、ある。──噂ではさぞ美しい王子だと聞いた。俺は美しいものが好きだ。連れ帰り、妻として迎えよう」
にっと口角を上げたカイゼルに、皇太子は絶句した。
「……ノアリスは、男だ」
「ああ。しかし、関係あるまい。俺にとって性別はどうでも良い」
これにはイリエントも小さく溜息を吐いているが、しかし、カイゼルの考えは変わらない。
「そなたらは武力が欲しい。俺は万能薬か王子が欲しい。二つに一つだ。選べ」
「っ」
皇太子は苦虫を噛み潰したように顔を歪め、サハルに関しては静かに俯き、何を言うこともない。
──一手、優位には立った。だが、まだ気は抜けない。
平和に解決したい問題だが、まだ気を弛めることはできそうにない。
皇太子の目が、鋭くカイゼルを睨みつけていた。
本日の会談を終え、イリエントと話すのは今夜のこと。
「見張り番の人間も見つけました。眠り薬は確実に飲ませます。ですが、念の為、護衛を二人つけてください」
「わかった」
「護衛には、扉の前で待機させます。何かあったら、すぐに知らせるように」
カイゼルは頷き、イリエントの名前を呼んだ。
「今日は、会うだけだ。会って、話をする」
「ええ。連れ去ってくるとは思っていませんが、そのような事があれば私は辞職します」
「はは。潔がいいな」
「浅はかな王について行く臣下は居ないでしょ」
「よかったな。浅はかな王ではなくて」
イリエントはあからさまに口をへの字に曲げているが、カイゼルはそんなもの気にもかけない。
ただ、あの金の姿が見たい。
「そこまで長い時間は、あの塔に居られないと思いますよ」
「だろうな。少しでも違和感を感じられたら次はないだろうし。その点で言えば眠り薬も危ういが」
「人間ですよ? 眠らない人間はいないでしょう」
「二人同時に眠くなって寝ちまうような見張り番がもしも居たなら、俺はそいつらをクビにするね」
「仕方ないでしょう。薬を盛られることに対して、彼らに落ち度は無い」
「薬を盛られてることに気づかないことが問題だ」
何の感情も乗っていない表情に、イリエントは苦笑する。
「その時がきたら、お知らせします」
「ああ。俺はこれから王子と会って何を話すか考える」
「え、考えてなかったんですか」
「? ああ。結婚の話を持ち出すか」
「いきなりですか? ……きっと引かれますよ」
「ああ、俺に惹かれるだろうな」
「そのひかれるではありませんが……」
苦笑をこぼすしかないイリエントだが、何を言ったとて、自身の王は一度決めたことを変えることはしない。
「どうか、王子様を傷つけるようなことはなさらないように」
「そんなことするわけがないだろう。俺の妻になる人間を傷つけてどうする」
「……」
「なんだその顔」
「あ、いえ。失礼しました」
カイゼルは顔を逸らした側近にそれ以上何を言うこともなかった。
今夜のことで、心が踊っている。
「会えるのが、楽しみだ」
そう呟いた唇には、笑みが浮かべられていた。
82
あなたにおすすめの小説
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。
水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。
国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。
彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。
世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。
しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。
孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。
これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。
帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。
偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました
水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。
その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。
整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。
オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。
だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。
死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。
それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。
「見つけた。俺の対になる存在を」
正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……?
孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。
星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる