囚われ王子は焔の王に寵愛される

ノガケ雛

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第一章

第25話

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 体を包む体温があたたかい。
 ノアリスはぼんやりと宙を見ながら、体に回る腕を掴み、このままでいて欲しいと暗に伝えていた。
 
 突然襲った恐怖に頭が混乱してしまった。
 ここがどこかも、彼が誰かもわからなくなって、きっと情けなくて愚かな姿を見せてしまった。
 それに……吐瀉物で汚れた姿だって。


「……カイゼル様」
「ああ。どうした」


 名前を呼べば、必ず返事をしてくれる。
 ノアリスはゆっくりと顔を上げて、彼を見つめた。


「情けない姿を、お見せして、申し訳ございません……」
「情けない? 全くもって、そんなことは無い。何も気にしなくていい。……むしろ俺の方こそ、そなたの異変に気づけなかった。すまない」
「そんな……」


 ノアリスは驚いて目を見張る。
 そんなふうに、全てを受け止めてくれる人がいるのだとは、知らなかった。


「俺には想像できないほどの苦痛なのだろう。だから、全てをわかってやれないのが、申し訳ない」
「……か、カイゼル様がそのように思う必要は無いのです……!」
「いいや、しかし、俺がそなたを守ると決めたのに」
「っ!」


 カイゼルの言葉にノアリスはつい俯いた。
 これまで、信じていなかった訳では無い。
 しかし、やはり、彼の本心を知っている訳では無いので、信頼することはできなかった。

 それが、彼は、他国の形だけの王子である自分を、守ると言ってくれたのだ。
 そして、今も、呆れることなく傍にいてくれる。


「カイゼル様、あの──」
「──失礼します」


 ノアリスが続けて言葉を紡ぐより先に、イリエントが扉を開け、部屋に入ってきた。


「お二方とも、少しよろしいですか」
「ダメだ。今、ノアリスが話そうとしていた。邪魔するな」
「ええ、そうですか。ですが、外で心配そうに主を待っている健気なロルフはどうするおつもりで?」
「あ──、ロルフ」


 名前を呼ぶ。
 すると開かれた扉からトボトボと部屋に入ってきたロルフ。
 どうやら、かなり不安な思いをさせてしまったらしい。


「ごめんね」


 そう言って手を振れば、ロルフは控えめに尻尾を揺らし、傍に寄ってきて、そっと差し出した手をぺろり舐められる。


「──さて、少し落ち着いたのなら……、二人ともお着替えを。汚れてしまっているので、湯浴みを済ませてもらう方がよろしいかもしれませんね」


 イリエントの言葉が少し厳しい気がする。
 ノアリスは首を竦め、カイゼルの腕に少しだけ顔を隠した。


「それから──ノアリス様」
「っ、は、はい……」
「医者を呼んでいます。診察を受けてください」
「っ!」


 医者という言葉に嫌な思い出しかないノアリスは、また鼓動が速くなりだすのがわかった。
 

「……おい。ノアリスが落ち着いてからでいいだろう。そう急かすな」
「しかし、医者はもう扉の前に控えております。陛下がお呼びになったのでしょう。しっかりと診てもらわなくては、ノアリス様のお体に何かがあってからでは遅い」


 イリエントはそう言うが、しかし、怖いものは怖い。


「……ぁ、い、医者、は……」
「……。診察は、内容をすべて説明させてから行います。そして、おかしなことはしないよう、陛下も私も、傍を離れません」


 顔を上げる。
 カイゼルと目が合うと、彼は「無理はしなくていい」と頭を撫でてくれる。


「ノアリス様。よくお考え下さい。もしも、貴方様が何かしらの菌を持っていたとしましょう」
「おい!」
「……早く診てもらっていれば、何にもならなかったのに、それが陛下に伝染れば、どうします?」
「!」


 思わず目を見張った。
 そんなこと、あってはならない。
 『もしも』の話だとしても、イリエントのそれは十分な効果を発揮し、ノアリスはゆっくりと頷いた。


「……診て、もらいます」
「よかったです。では、入ってもらいますから、それが終わり次第先程伝えたとおり、湯浴みか、お着替えを」


 ノアリスはぎゅっとカイゼルの腕を掴み、部屋に入ってきた医者を不安な目で見つめた。



 医者の診察は丁寧だった。
 一つ一つ、何かをする前に説明をしてくれる。


「──ですので、一度、喉を見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「……は、い」


 カイゼルに手を握ってもらいながら、おずおずと口を開ける。
 それから、お腹を服の上から軽く触られたりしたけれど、後はいくつか質問をされて、それに答えれば思っていたよりも簡単に終わった。


「おそらく、環境が変わりお身体に疲労が溜まっているのでしょう。少しお休みになってください」
「……はい」
「夜は眠れていますか?」
「……」


 嫌な夢を見たことを思い出し、むぐっと口を噤む。
 すると医者はひとつ頷いた。


「薬湯を出しましょう。夜、ベッドに入られる前に、お飲みください。御心が落ち着いて穏やかに眠れると思います」
「……」
「味は独特ですので……薬湯を飲んだあとは、御口直しに蜂蜜などをお召し上がりください」
「……はちみつ」


 ノアリスは一言、口にする。
 蜂蜜だなんて、塔に閉じ込められて以来、一度も食べていなかった。
 あれは高級品である。ただの卵を産む道具に、そんな高価なものをあたえる気は、きっと無いに決まっているのだ。

 だからこそ、もしもあの美味しいものを食べられるのなら、独特な味がするらしい薬湯も、我慢出来るかもしれない。


「はい。──陛下、よろしいでしょうか」
「ああ。なんでも構わない」
「! い、いいのですか、そのように、高価なものを私なんかが……」
「ノアリスだから、だ。お前の望むものは何でも与えよう。だから、早く元気になってくれ」
 

 大きな手のひらが、ノアリスの頭を優しく撫でる。
 医者は早々に退室し、カイゼルはノアリスを抱き上げると湯浴みのため、湯殿に向かった。


「ノアリス、新しい肌衣は置いてあるから、今着ているものは全て脱いで、そっちに着替えてくれ。着替えが終わったら呼んでほしい。俺も湯にはいるから」
「ぁ、はい……」
「一人でできそうか?」
「で、できます。大丈夫です」


 ノアリスが慌てた様子で言うので、カイゼルは壁の方を向き目を閉じた。

 そろそろと衣擦れの音がする。
 ちゃんと着替えられているらしい。ふらついていたのでちゃんと立てるか心配していたのだが、問題なかったようだ。


「着替え、ました」
「ああ。じゃあ目を開けるぞ」
「はい」


 目を開けて振り返る。
 ノアリスが無事着替えを終えているのを確認し、カイゼルも大胆に服を脱いで腰に布を巻く。


「ノアリス、おいで」
「は、はい」


 手を取り、ゆっくりと歩いて湯船に向かう。
 一度お湯を体にかけてから、そっと湯に浸かると、ノアリスはホッと息を吐き、体から力を抜いた。


「ノアリス、手を貸してくれるか」
「ぁ……はい」


 カイゼルに言われ右手を差し出すと、その手を掴んだ彼が優しく微笑んだ。


「ここに、そなたを傷つける者はいない。もし居たのなら、俺がなんとしてでもそのものを見つけ出して制裁を下そう。だから、無理することなく、辛い時は辛いと、体調の悪い時はしんどいと、教えてくれないか」
「……ですが、それは、ご迷惑に……」
「ならない。だからどうか、無理をしてくれるな」


 今回ノアリスが倒れたのは、環境の変化が一番の原因であると思うが、しかしそれに気付けないまま辛い思いをさせたくない。
 カイゼルは真剣にそう伝え、手を握る。
 少し戸惑ったノアリスだが、彼の表情にきゅっと胸が詰まるような気がして、けれどそっと頷いた。


「わ、かりました。……努力、します」
「ああ」


 髪をひと房撫でられる。
 二人だけのこの湯船に浸かる時間は、ノアリスにとって、少し癒しの時間となったのだった。




第一章 完
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