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第二章
第29話
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夕食はいつものように、一人部屋でとった。
カイゼルは政務で忙しいらしい。
しかし部屋にはロルフがいるので、ノアリスはあまり寂しくはなかった。
けれど夕食も終わり、夜眠る時間になっても、一度もカイゼルと会うことはなかった。
いつもは夜にもう一度会えているのに。
その事実が、胸の奥でじわじわと抱えていた不安を膨らませる。
それは膨れる一方で、いつの間にか不安はまたあの夢を見るかもしれないという予感にかわり、冷たい手で心を掴んで離さなくなっていた。
窓の外は静まり返り、風の音さえない。
ただ夜の重さだけが部屋に降り積もり、ノアリスを押し潰そうとする。
「っ、ろ、ロルフ、ロルフ……」
「クゥン」
呼ぶ声に応えるように、ロルフが鳴いて擦り寄ってくれる。
そんな彼を抱きしめるけれど、震えが止まってくれない。
涙が溢れてきて、ロルフの毛並みを濡らしてしまった。
「ぁ……ど、しよ……ロルフ……」
「クゥン、」
「は……あ、あの、カイゼル様……、カイゼル様のところ、行ったら、迷惑、かなぁ……」
間違いなく、そう思われるだろう。
きっと政務でお忙しいのに、押しかけるだなんて。
けれどこの不安に、一人で耐えられそうにもない。涙を拭っても震えは止まらない。
ノアリスはしばらく迷った末、そっと寝間着の裾を握りしめた。
「……少しだけ……。せめて、お顔を……見れたら」
自分に言い訳のように呟いて、そろりと立ち上がる。
ロルフも、不安そうにそれでもついてきた。
「ロルフ、カイゼル様の居場所、わかる……?」
「わふ!」
廊下は夜の静けさに包まれていて、足音さえ響くのが怖い。けれど、引き返すことはなかった。
ノアリスの胸には「迷惑かもしれない」という思いと、「それでも会いたい」という衝動が絡み合い、ぎゅうっと締め付けていた。
ロルフに案内されるがまま、気づけばもう、カイゼルの部屋──執務室のすぐ側まで来ていた。
扉の前には警護の兵士が二人立っていて、近づくには勇気がいる。
やっぱり引き返そうか。
そう思っているとロルフが一度「ガウッ!」と鳴いた。
驚いた兵士が手に持っていた槍の切先をこちらに向ける。
ドッと汗をかいて、ロルフを抱きしめると、カイゼルの部屋の扉が開いた。
「──ロルフ? ロルフが鳴いたのか?」
「陛下! わかりません、突然鳴き声が」
「ロルフ、おいで」
カイゼルに呼ばれたロルフが駆けていく。
ノアリスは手を伸ばすが、彼は行ってしまい、震える手は宙に浮いたままだ。
「ロルフ、どうした。ノアリスは?」
「クゥン……」
「うん? なんだお前、濡れてるのか?」
ロルフを撫でたカイゼルの手が、濡れた毛並みに触れたらしい。
「……まさか、ノアリスが泣いてるのか?」
「わふっ!」
カイゼルはスッと顔を上げた。
そしてロルフを連れて廊下を歩いてくる。
ノアリスはつい体を物陰に隠した。そして息を潜める。
心臓がうるさいほどに鳴り、今にも見つかってしまいそうだった。
「……ノアリス?」
低く、それでいて驚きを含んだ声が廊下に落ちる。
ノアリスの肩が小さく跳ねた。
見つからないはずがなかった。
カイゼルの視線はすぐにこちらを射抜き、迷うことなく歩み寄ってくる。
「なぜ、こんな時間に……泣いていたのか?」
真正面に立たれると、もう誤魔化すことも逃げることもできなかった。
ノアリスは唇を噛みしめ、けれど言葉は喉に詰まって出てこない。
あたたかい時期なのに寒い。
俯いて震える体を小さくした。
次の瞬間、カイゼルの腕が伸び、ノアリスを胸元へと抱き寄せた。
「どうした。……何が怖い?」
低い声が耳元で優しく響く。
抱きしめられた温もりに、張り詰めていた涙が一気に零れた。
「か、いぜる、さま……っ」
「ああ。大丈夫だ。おいで。部屋に入ろう」
抱き上げられ、カイゼルの執務室に運んでもらったノアリスは、ソファーに腰を下ろし、涙を止めようと一生懸命手の甲で頬を拭った。
「ああ、そんな風にしたら腫れてしまうぞ」
「っふ、ぅ……」
「大丈夫だ。ほら、顔を上げて」
促されるまま顔を上げると、柔らかい布で涙を拭われた。
「あ、カイゼル、様……」
「ああ。どうした」
「っ、こ、こわい……夢が……、夢を、見そうで……」
震える告白を、カイゼルは黙って受け止めた。背をゆっくり撫でながら、彼は再び強く抱きしめる。
「大丈夫だ。今夜は俺がそばにいる。……だから安心しろ」
その言葉に、ノアリスはようやく張り詰めていた心の糸が、ひとつひとつ解けていくようだった。
カイゼルは政務で忙しいらしい。
しかし部屋にはロルフがいるので、ノアリスはあまり寂しくはなかった。
けれど夕食も終わり、夜眠る時間になっても、一度もカイゼルと会うことはなかった。
いつもは夜にもう一度会えているのに。
その事実が、胸の奥でじわじわと抱えていた不安を膨らませる。
それは膨れる一方で、いつの間にか不安はまたあの夢を見るかもしれないという予感にかわり、冷たい手で心を掴んで離さなくなっていた。
窓の外は静まり返り、風の音さえない。
ただ夜の重さだけが部屋に降り積もり、ノアリスを押し潰そうとする。
「っ、ろ、ロルフ、ロルフ……」
「クゥン」
呼ぶ声に応えるように、ロルフが鳴いて擦り寄ってくれる。
そんな彼を抱きしめるけれど、震えが止まってくれない。
涙が溢れてきて、ロルフの毛並みを濡らしてしまった。
「ぁ……ど、しよ……ロルフ……」
「クゥン、」
「は……あ、あの、カイゼル様……、カイゼル様のところ、行ったら、迷惑、かなぁ……」
間違いなく、そう思われるだろう。
きっと政務でお忙しいのに、押しかけるだなんて。
けれどこの不安に、一人で耐えられそうにもない。涙を拭っても震えは止まらない。
ノアリスはしばらく迷った末、そっと寝間着の裾を握りしめた。
「……少しだけ……。せめて、お顔を……見れたら」
自分に言い訳のように呟いて、そろりと立ち上がる。
ロルフも、不安そうにそれでもついてきた。
「ロルフ、カイゼル様の居場所、わかる……?」
「わふ!」
廊下は夜の静けさに包まれていて、足音さえ響くのが怖い。けれど、引き返すことはなかった。
ノアリスの胸には「迷惑かもしれない」という思いと、「それでも会いたい」という衝動が絡み合い、ぎゅうっと締め付けていた。
ロルフに案内されるがまま、気づけばもう、カイゼルの部屋──執務室のすぐ側まで来ていた。
扉の前には警護の兵士が二人立っていて、近づくには勇気がいる。
やっぱり引き返そうか。
そう思っているとロルフが一度「ガウッ!」と鳴いた。
驚いた兵士が手に持っていた槍の切先をこちらに向ける。
ドッと汗をかいて、ロルフを抱きしめると、カイゼルの部屋の扉が開いた。
「──ロルフ? ロルフが鳴いたのか?」
「陛下! わかりません、突然鳴き声が」
「ロルフ、おいで」
カイゼルに呼ばれたロルフが駆けていく。
ノアリスは手を伸ばすが、彼は行ってしまい、震える手は宙に浮いたままだ。
「ロルフ、どうした。ノアリスは?」
「クゥン……」
「うん? なんだお前、濡れてるのか?」
ロルフを撫でたカイゼルの手が、濡れた毛並みに触れたらしい。
「……まさか、ノアリスが泣いてるのか?」
「わふっ!」
カイゼルはスッと顔を上げた。
そしてロルフを連れて廊下を歩いてくる。
ノアリスはつい体を物陰に隠した。そして息を潜める。
心臓がうるさいほどに鳴り、今にも見つかってしまいそうだった。
「……ノアリス?」
低く、それでいて驚きを含んだ声が廊下に落ちる。
ノアリスの肩が小さく跳ねた。
見つからないはずがなかった。
カイゼルの視線はすぐにこちらを射抜き、迷うことなく歩み寄ってくる。
「なぜ、こんな時間に……泣いていたのか?」
真正面に立たれると、もう誤魔化すことも逃げることもできなかった。
ノアリスは唇を噛みしめ、けれど言葉は喉に詰まって出てこない。
あたたかい時期なのに寒い。
俯いて震える体を小さくした。
次の瞬間、カイゼルの腕が伸び、ノアリスを胸元へと抱き寄せた。
「どうした。……何が怖い?」
低い声が耳元で優しく響く。
抱きしめられた温もりに、張り詰めていた涙が一気に零れた。
「か、いぜる、さま……っ」
「ああ。大丈夫だ。おいで。部屋に入ろう」
抱き上げられ、カイゼルの執務室に運んでもらったノアリスは、ソファーに腰を下ろし、涙を止めようと一生懸命手の甲で頬を拭った。
「ああ、そんな風にしたら腫れてしまうぞ」
「っふ、ぅ……」
「大丈夫だ。ほら、顔を上げて」
促されるまま顔を上げると、柔らかい布で涙を拭われた。
「あ、カイゼル、様……」
「ああ。どうした」
「っ、こ、こわい……夢が……、夢を、見そうで……」
震える告白を、カイゼルは黙って受け止めた。背をゆっくり撫でながら、彼は再び強く抱きしめる。
「大丈夫だ。今夜は俺がそばにいる。……だから安心しろ」
その言葉に、ノアリスはようやく張り詰めていた心の糸が、ひとつひとつ解けていくようだった。
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