囚われ王子は焔の王に寵愛される

ノガケ雛

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第二章

第30話

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 カイゼルの腕に抱かれていると、少しずつ胸が安らいでいった。
 涙は止まり、ふっと息を吐く。


「すみません、突然、押しかけて」
「いや、構わないさ。むしろ、来てくれてよかった。不安で一人泣きながら過ごしてしまうより、ずっと」


 優しい表情で、穏やかな声で、そう言ったカイゼルに、ノアリスはふとイリエントから聞いた彼の過去を思い出した。

 彼が一人になった時、誰がその不安な心を安心させてあげたのだろうか。


「カイゼル様……」
「ああ。眠たくなってきたか?」
「いえ……」
「今日は俺のベッドで眠るといい。ロルフも、おいで」


 執務室の奥にあるベッドに案内される。
 大きなそれに横になるけれど、彼は隣りに腰掛けるだけ。


「カイゼル様は……?」
「……共に眠ってもいいのか?」


 思いがけない問いかけに、ノアリスは胸が跳ねる。
 こんなにも優しく自分の気持ちを伺ってくれることが有難くもあるが、少し照れてしまう。


「ぁ……も、もちろん、です。ここは、カイゼル様のベッドであって、私や、ロルフのものではありません……っ」


 慌てて言い切ったものの、耳の奥が熱を持ってじんじんする。
 カイゼルは、そんなノアリスを見つめ、静かに微笑んだ。
 隣りに横になったカイゼルとの距離が、とても近い。


「っ、あ、あの……カイゼル様」
「うん?」
「ぅ……」
「……今日は、夢を見ないように俺が傍にいて見守っていよう」


 少しトーンが落とされて、静かに落ち着いた声が心地よく鼓膜を揺らす。
 

「安心して眠るといい。ロルフも傍にいる。ノアリスが起きるまで、ずっとだ」
「……迷惑じゃ、」
「そんなことないさ」


 右手を優しく包まれる。
 そのあたたかさにホッと力が抜けた。


「カイゼル様は……」
「ああ」
「……不安な時、どうしているの、ですか」
「不安な時、か……」


 何かを思い出すように、視線を斜め上に向けた彼は、しばらく考えた後に苦笑を零す。


「ずっと前に、そんな時もあったが……忘れてしまったな。ただひたすら、前を向いていたような気がするが」
「……今は、何も、不安なことも、怖いことも、無いのですか……?」


 そっと彼を見つめ、包んでくれている手を柔く握る。


「……いいや、あるさ。不安なことは、そなたが一人で何もかもを抱え込まないかということだな」
「え……」
「怖いことは……そなたが、抱え込んだ不安に押し潰されてしまうことだ」


 眉を八の字に下げたカイゼルは、そう言ってノアリスの小さな頭を撫でた。


「何かがあったなら、教えてくれ。俺はそなたを傷つけたくない。何かがなくても、気になったことや、疑問に思ったことは聞いてくれて構わない。答えられることは何でも答えよう。そうすればきっと、知らないことに対する不安は薄れていくだろう」


 一国の王が、自分のために時間を割いてくれる。
 それも、迷惑では無いと言って。
 ノアリスは胸がキュッと締まるような苦しさを感じて、つい顔を顰めた。

「ノアリス?」
「……カイゼル様は、どうして、私にこれほどまで、優しくしてくださるのですか……? 私は、何もできない、何の価値もない人間です。フェルカリアでは王子でしたが、それも名ばかりで、何の権限もございません」


 それなのに、どうして。
 エメラルドグリーンの瞳を見つめると、彼はその目を細め穏やかに微笑んでいた。

 カイゼルはそっとノアリスの頬に触れ、ためらいなく言葉を落としていく。


「ノアリス。そなたが自分をどう思おうと……俺にとっては、大切だ」


 低く柔らかな声音が、胸の奥に染みわたる。
 ノアリスは瞬きを繰り返す。信じられないとでも言うように首を横に振った。


「……私が、大切……?」
「そうだ」


 カイゼルと繋いだままの手が、きゅっと強く握られる。
 

「理由が要るのか? そなたがそこにいて、笑ったり、時に怯えたり……その全部が、俺の心を動かす。だから守りたいと思う」


 あまりにまっすぐな言葉に、ノアリスの胸は痛いほど締めつけられる。
 何も返せない。何もできない。
 それでも──彼は確かに、望んでくれている。


「わ、私、も……」
「ノアリスも?」
「っ、私も、カイゼル様を、大切に、思っています」
「それは……嬉しいな」
「……だ、抱きしめても、よろしい、ですか……?」
「! ああ、もちろんだ」


 少し緊張しながら、カイゼルに擦り寄ったノアリスは、その逞しい体に腕を回す。腕に力がこもり、ぎゅっと抱きしめると、カイゼルの胸から温かな鼓動が伝わってくる。
 その音は、ひどく穏やかで、心を落ち着かせる子守歌のようだった。


「カイゼル様の……鼓動、落ち着く……」
「ああ。そなたの震えも、少しずつ治まってきたな」


 囁く声に、ノアリスは小さく頷く。
 背中に回された手が、優しくそこを撫でた。
 まぶたが重くなっていくのを感じる。


「カイゼル様……このまま、離れたく、ありません……」
「……なら、このままでいよう。安心して眠りなさい」


 髪を梳かれる。その手つきは壊れ物を扱うかのように柔らかくて、気がつけばノアリスは深い眠りに落ちていたのだった。





 浅い寝息が規則正しく響き始めると、カイゼルは静かに目を伏せた。

 ──まだ、囚われている。
 フェルカリアでの環境から、自分に価値がないと思ってしまっている。
 その言葉を聞くたびに、胸が痛むのだ。

 しかし、一歩前進したのは、大切に思っているということが、伝わったこと。
 そして、ノアリス自身も、同じ思いだと教えてくれたこと。

 自ら腕の中に入ってきて、離れたくないと言い眠っている。
 それがカイゼルにとって、どれだけ嬉しいことであるかを、ノアリスは知らない。


 「……こんな感情を抱くのは、初めてだ」


 かすかな声で呟く。眠る彼には届かないと分かっていながら。
 それでも言葉にせずにはいられなかった。

 初めて見た時から、惹かれていた。
 あの時はただ興味があっただけ。しかし、この壊れそうな美しい人を、どうにか守りたいと思った。
 いつか、満面の笑みを見せてほしいと。


 カイゼルは横たわるノアリスの髪を指先でそっと払うと、静かに目を閉じる。
 今はただ、彼を包む夜が優しいものであることを願いながら。
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