囚われ王子は焔の王に寵愛される

ノガケ雛

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第二章

第39話

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「わ、私……少し、考えたんです」
「うん? 何をだ?」


 ノアリスは胸の奥を探るように、そっと言葉を紡ぐ。


「……妾妃様のことをイリエントから聞いたとき、胸が痛くなりました。陛下が彼女たちのもとへ向かわれる姿を想像したら……遠くへ行ってしまうようで、嫌で……。もしかしてこれは、『好き』ということなのだろうと……」


 恐る恐る視線を上げると、カイゼルはわずかに目を瞬かせ──すぐに柔らかな微笑みへと変わった。


「……そうか」
「それに……貴方様に『好き』と言っていただいた時、とても……嬉しかったのです。私にそんな資格はないとわかっていますが、もし許されるなら……そばにいたいと思って」


 ノアリスは膝の上で自分の手をぎゅっと握る。
 その上から、温かく大きな手が重なった。


「ノアリス」


 低く穏やかな声。胸の鼓動が跳ね上がる。


「俺も、もしノアリスが誰かの元へ行くと想像したら……嫌で仕方がない。それは、好きだからだ。きっと同じ気持ちだ」
「……同じ……」


 その一言が心に沁み、胸の奥に広がる温もりが不安を溶かしていく。


「余計なことは考えなくていい。俺もただ、そなたのそばにいたい」


 ノアリスは頬を赤らめ、小さく笑みを浮かべた。


「そもそも、そなたは俺の妻としてルイゼンへ連れてきた。資格なら誰よりもある」
「っ!」
「もちろん、あの時はフェルカリアから救うためでもあった。……だが本当は──初めて会った時から惹かれていた」
「え……?」
「知れば知るほど、守りたいと思った。だから……この先もずっと、俺に守らせてはくれないか」


 頬に触れる手。導かれるように目が合い、逸らせない。
 ノアリスはまだ不安を抱えていたが、彼に導かれるように、そっと頷いた。


「……ありがとう」
「……私のほうこそ」


 俯こうとしたとき、彼の指先が唇に触れる。
 不意の感触に胸が跳ね、視線が泳いだ。


「ノアリス、キスをしてもいいだろうか」
「キ、キス……っ?」
「ああ。キスしたい」


 頬が熱くなる。
 恐れよりも、その言葉が嬉しかった。


「っ、き、キスは……どうすれば……」
「怖くないなら、目を閉じてみて」


 ごくりと唾を飲み、ぎこちなく目を閉じる。


「こ、こう……ですか?」
「ああ。上手だ」


 気配が近づく。顎をそっと上げられ──柔らかな唇が触れた。

 触れただけの唇はすぐに離れる。
 あまりに一瞬で、それなのに鼓動はこんなにも速い。


「ノアリス、大丈夫か?」


 囁くように気遣ってくれる声に、胸が震えた。


「はい、とても……優しいもの、ですね」
「はは。そうだな」


 視線を逸らそうとしても、顎を支えられ、逃げられない。
 真剣に見つめる瞳が熱を帯び、体中に広がっていく。


「もう一度、いいか」
「っ……」


 迷う気持ちより、期待のほうが大きくなっていた。
 小さく頷くと、再び唇が重なる。今度は少し長く、温度が伝わってくる。


「……ふ……っ」


 かすかな吐息が混ざる。
 指先に力が入り、彼の服をつかんでしまった。


「可愛いな」


 離れた瞬間、熱のこもった声が耳をくすぐる。
 ノアリスは顔を真っ赤にして、どうにか視線を逸らしたのだった。


 思わず口元をほころばせたカイゼルは、真っ赤に染まった可愛らしいその顔に目を奪われていた。
 こんなにも、愛らしい存在があるのか。

 ちらりと向けられた視線。目が合った途端、ノアリスは慌てて逸らす。


「……可愛い」
「っ……お、おやめください……」
「好きだ」
「……もう、恥ずかしいです……」


 段々と小さくなっていく声。
 その手をそっと取って、指先を撫でる。愛しい人を前に、ただ夢中でいられるひとときだった。

 ――はずなのに。

 不意に扉を叩く音が響き、空気が破られる。


「ノアリス様、失礼します」


 イリエントの落ち着いた声が差し込んだ。
 直後、短い舌打ちが響き、ノアリスはびくりと肩を揺らす。
 目の前の彼は明らかに不機嫌そうに顔をしかめ、渋々といった様子で「……入れ」と吐き捨てた。

 重々しく扉が開かれる。
 イリエントが姿を見せた。


「――ああ陛下、やはりここに居ましたね。ブラッドリーが帰還しましたよ」
「知っている」


 カイゼルが短く答えると、彼は少し眉を上げた。


「あら、ご存じでしたか。……それは失礼」


 軽く肩をすくめたかと思うと、彼はちらりとノアリスに視線を移す。


「ところで――ノアリス様。お顔がずいぶん真っ赤ですが……医者を呼びましょうか?」


 からかいを含んだ声音に、ノアリスは「っ……!」と慌てて両手で顔を隠そうとする。
 しかしその前に、カイゼルが腕を伸ばし、自分の肩へと彼の頭をぐいと押し付けた。


「必要ない。出ていけ」
「はいはい」

 イリエントは呆れたようにため息を洩らす。


「少し休憩されたら、ちゃんと政務に戻ってきてくださいよ」


 半ば皮肉めいた声音を残して、彼は扉を閉めた。

 部屋には再び静寂が落ちる。
 カイゼルはノアリスの髪に指を滑らせながら、意地の悪い笑みを浮かべた。


「……もう誰も見ていない」
「っ、お、お忙しいのでしょう……? そろそろ、お戻りに……。ここまで、運んでくださって、ありがとうございます」
「いいんだ。俺がこうしたかった」


 チュッと額に唇が触れる。
 ノアリスの胸の中にあたたかいものがポポポッと芽生えたのだった。
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