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第2章
番外編 あなたをもっと知りたくて
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春の陽差しが差し込む、皇太宮の寝殿。
窓の外では柔らかな風が木々を揺らし、寝殿の中にも静かな時間が流れていた。
アスカは朝、目を覚まし、またここで眠ってしまった……と体を起こした。
すぐ近くでは既に起きていたリオールが、なにやら書類を読んでいる。
ふと彼が顔を上げ、視線が交わった。
「アスカ、おはよう」
「はい……おはようございます。すみません、昨日も、寝てしまったようで……」
「構わない。疲れていたんだろう」
夜の散策を終えたあと、皇太宮でふたりきりで言葉を交わすのが、いつの間にか習慣のようになっていた。
そして時々、アスカは眠気に襲われてそこで眠ってしまうことがあるのだ。
「殿下……私は今後ここで眠ってしまわないように、ここに来るのを控えようと思います……」
「!」
それをアスカは申し訳なく思っていた。
自分が寝台で眠っているということは、彼はここで眠れていないということだ。
きっと以前そうしたように、椅子に座ったまま目を閉じていたに違いない。
「な、どうしてだ……? ここでは、寝心地が悪いのか……?」
「違います。申し訳がなくて……」
「どうしてそのように思うんだ。私はそなたがここで穏やかに眠っている姿を見て、安心するというのに……」
「……」
そう言われても、中々うなずけない。
なぜなら、彼は自分よりも年下で、弟と同い年なのだ。
そんな彼を椅子に、そして自分は寝台に……だなんて、やはり罪悪感の方が強い。
「殿下は、私よりも年齢が若くあります」
「……? それが、何だ?」
「私の弟と、同じお年です」
「……」
「それなのに、私が寝台で寝て、殿下は椅子でお休みになられるなんて……申し訳が立ちません……」
シュンとするアスカに、リオールは目を瞬かせた。
彼はそのように感じてしまうのか、と思って。
リオールは幼い頃から時期国王として育てられているので、他の子供と同じような扱いを受けたことは無い。
それを無礼だというものが多いので、まるで大人と同じように接されることばかりだ。
「──アスカは私を、弟と同じように思っているのだな」
「ぁ……す、すみません……」
「いいや、構わない。だが、そなたの弟とは、どんな子なのだ? ……私は、そなたの家族について、まだ何も知らない」
アスカの家族とは、手紙を送りあっているが、しかし文字ばかりで性格を知らない。
そして、どのような暮らしをしていて、アスカがどうやって過ごしていたのかを、知らないのだ。
「弟、ですか……?」
「ああ。それに、そなたの村のことも知りたい。私は、アスカについて、まだあまり知らない」
リオールはそう言って、寝台に座るアスカの隣に腰を下ろした。
「そうですね……言われてみれば、ちゃんと話したことは、なかったかもしれません」
「どんな場所だったんだ?」
アスカは、故郷を思い出して、愛おしそうに目を細めた。
「……あまり特別なところでは無いですが、小さくて、山の近くにあって。冬は寒くて、でも春になると、花がいっぱい咲く、いい所です」
どこか遠くを見つめるような顔には、笑みが浮かんでいる。
「隣の家に友人がいまして、名前はルカと言います。彼は……いつも朝になると勝手にうちに入ってきたりして、母に怒られながら朝食を食べていました。しかも、自分の家より美味しいって言うんです」
「ふふ、可愛らしいな」
「はい。同い年ですが、弟の──アレンと仲が良くて、ルカもまるで弟のようでした。アレンとルカと、よく一緒に木に登って、落ちて、怒られたりもして……」
アスカの声には、懐かしさと、少しの寂しさが混ざっていた。
リオールは黙ってその横顔を見つめる。
「アレンは、殿下とは違って……すごく騒がしい子でしたよ。こう……動作が大きいと言いますか……」
「動作が?」
「はい。話が大好きな子で、私は大抵聞き役になってました」
「そうなのか?」
「はい。アレンの下にはアキラという弟がいますが、アレンが話しすぎるので、飽きて無視することもあって……そこからは、よく喧嘩が始まってました」
くくっと小さく笑うアスカに、リオールは穏やかな笑みを浮かべる。
「アスカが、そんな日々を過ごしてきたと知れて、嬉しい」
「……え?」
「今、アスカがここにいてくれることが、とても尊く思える」
不意に、胸があたたかくなる。
アスカは何も言わず、そっと口角を上げた。
「こうして、思い出話を聞くのは、嫌ではありませんか?」
「全くそうは思わない。もっと話してくれてもいいぞ。私はアスカを知りたいんだ」
「っ……」
思わぬ言葉に、胸がじわりと熱くなって、思わず彼を見つめ返してしまう。
ふいに彼の手が伸びてくる。
しかし、その時──
「──殿下、そろそろ政務に向かいませんと……」
陽春に声をかけられ、二人はビクッと大きく肩を揺らした。
リオールですら頬を赤くし、手は伸ばされたまま固まっている。
「で、殿下、政務……私が、話しすぎて……すみません……っ!」
「いや、いいんだ。うん。ありがとう、話を聞かせてくれて」
リオールは『陽春め……』と思いながらも、腰を上げる。
「私はもう行くが、アスカは好きにしていて構わないからな」
「は、い……ありがとうございます」
「ああ。では──」
「いってらっしゃいませ」
深く頭を下げたアスカに、リオールは柔く微笑む。
そうして、あらたな一日が始まった。
【あなたをもっと知りたくて】 完
窓の外では柔らかな風が木々を揺らし、寝殿の中にも静かな時間が流れていた。
アスカは朝、目を覚まし、またここで眠ってしまった……と体を起こした。
すぐ近くでは既に起きていたリオールが、なにやら書類を読んでいる。
ふと彼が顔を上げ、視線が交わった。
「アスカ、おはよう」
「はい……おはようございます。すみません、昨日も、寝てしまったようで……」
「構わない。疲れていたんだろう」
夜の散策を終えたあと、皇太宮でふたりきりで言葉を交わすのが、いつの間にか習慣のようになっていた。
そして時々、アスカは眠気に襲われてそこで眠ってしまうことがあるのだ。
「殿下……私は今後ここで眠ってしまわないように、ここに来るのを控えようと思います……」
「!」
それをアスカは申し訳なく思っていた。
自分が寝台で眠っているということは、彼はここで眠れていないということだ。
きっと以前そうしたように、椅子に座ったまま目を閉じていたに違いない。
「な、どうしてだ……? ここでは、寝心地が悪いのか……?」
「違います。申し訳がなくて……」
「どうしてそのように思うんだ。私はそなたがここで穏やかに眠っている姿を見て、安心するというのに……」
「……」
そう言われても、中々うなずけない。
なぜなら、彼は自分よりも年下で、弟と同い年なのだ。
そんな彼を椅子に、そして自分は寝台に……だなんて、やはり罪悪感の方が強い。
「殿下は、私よりも年齢が若くあります」
「……? それが、何だ?」
「私の弟と、同じお年です」
「……」
「それなのに、私が寝台で寝て、殿下は椅子でお休みになられるなんて……申し訳が立ちません……」
シュンとするアスカに、リオールは目を瞬かせた。
彼はそのように感じてしまうのか、と思って。
リオールは幼い頃から時期国王として育てられているので、他の子供と同じような扱いを受けたことは無い。
それを無礼だというものが多いので、まるで大人と同じように接されることばかりだ。
「──アスカは私を、弟と同じように思っているのだな」
「ぁ……す、すみません……」
「いいや、構わない。だが、そなたの弟とは、どんな子なのだ? ……私は、そなたの家族について、まだ何も知らない」
アスカの家族とは、手紙を送りあっているが、しかし文字ばかりで性格を知らない。
そして、どのような暮らしをしていて、アスカがどうやって過ごしていたのかを、知らないのだ。
「弟、ですか……?」
「ああ。それに、そなたの村のことも知りたい。私は、アスカについて、まだあまり知らない」
リオールはそう言って、寝台に座るアスカの隣に腰を下ろした。
「そうですね……言われてみれば、ちゃんと話したことは、なかったかもしれません」
「どんな場所だったんだ?」
アスカは、故郷を思い出して、愛おしそうに目を細めた。
「……あまり特別なところでは無いですが、小さくて、山の近くにあって。冬は寒くて、でも春になると、花がいっぱい咲く、いい所です」
どこか遠くを見つめるような顔には、笑みが浮かんでいる。
「隣の家に友人がいまして、名前はルカと言います。彼は……いつも朝になると勝手にうちに入ってきたりして、母に怒られながら朝食を食べていました。しかも、自分の家より美味しいって言うんです」
「ふふ、可愛らしいな」
「はい。同い年ですが、弟の──アレンと仲が良くて、ルカもまるで弟のようでした。アレンとルカと、よく一緒に木に登って、落ちて、怒られたりもして……」
アスカの声には、懐かしさと、少しの寂しさが混ざっていた。
リオールは黙ってその横顔を見つめる。
「アレンは、殿下とは違って……すごく騒がしい子でしたよ。こう……動作が大きいと言いますか……」
「動作が?」
「はい。話が大好きな子で、私は大抵聞き役になってました」
「そうなのか?」
「はい。アレンの下にはアキラという弟がいますが、アレンが話しすぎるので、飽きて無視することもあって……そこからは、よく喧嘩が始まってました」
くくっと小さく笑うアスカに、リオールは穏やかな笑みを浮かべる。
「アスカが、そんな日々を過ごしてきたと知れて、嬉しい」
「……え?」
「今、アスカがここにいてくれることが、とても尊く思える」
不意に、胸があたたかくなる。
アスカは何も言わず、そっと口角を上げた。
「こうして、思い出話を聞くのは、嫌ではありませんか?」
「全くそうは思わない。もっと話してくれてもいいぞ。私はアスカを知りたいんだ」
「っ……」
思わぬ言葉に、胸がじわりと熱くなって、思わず彼を見つめ返してしまう。
ふいに彼の手が伸びてくる。
しかし、その時──
「──殿下、そろそろ政務に向かいませんと……」
陽春に声をかけられ、二人はビクッと大きく肩を揺らした。
リオールですら頬を赤くし、手は伸ばされたまま固まっている。
「で、殿下、政務……私が、話しすぎて……すみません……っ!」
「いや、いいんだ。うん。ありがとう、話を聞かせてくれて」
リオールは『陽春め……』と思いながらも、腰を上げる。
「私はもう行くが、アスカは好きにしていて構わないからな」
「は、い……ありがとうございます」
「ああ。では──」
「いってらっしゃいませ」
深く頭を下げたアスカに、リオールは柔く微笑む。
そうして、あらたな一日が始まった。
【あなたをもっと知りたくて】 完
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