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第150話

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 そんな日から一週間が経った。

 特に何事もなく、いつもの日常を過ごしている。
 けれど、珍しい事に凪さんが会社に持っていくはずの書類を家に忘れていったことでそれが変わった。


 今はどうしても手を離せないらしく、頼まれて書類を届けに行く。
 人通りの多い道を通って会社の前に着いた。
 ビルのドアを潜り、エレベーターのボタンを押そうとしたところで、着ていた服の襟首を掴まれる。


「久しぶり」
「っ!」


 本当に、久しぶりに聞いた声。
 驚いて振り返ることも、ボタンを押すこともできずに固まる。


「ずっと逃げ回りやがって。こんなにぎっしり番の歯型付けたオメガのくせに」
「っ!離せよ!」


 番がいる証を見られたことに羞恥心が湧いてくる。
 俺を見て苛立っているのか、襟首を掴む三森の声は僅かに震えているように思う。


「ちょっとツラ貸せ。」
「ぅ、離せってば……」
「ていうかお前、オメガなのに何でまだここにいるんだよ。アルファじゃなくなったお前をこの大企業が必要としてるのか?そんな訳ないだろ。」


 ぐっと後ろに引かれ、仕方なく三森について行く。
 凪さんに書類を届けるのが遅くなりそう。すぐに必要な物かも知れないのに。


「おい、三森。話があるなら聞くから、先にこれを届けに行かせてくれ。」
「嫌だね。俺の言うこと聞け。じゃないとお前、番じゃない奴に抱かれることになるぞ。」
「っ、な、何、言って……」
「大人しく着いてこい」


 それが例え出鱈目だとしても、恐怖心を煽るには十分な言葉だ。
 凪さんの所に行くのは諦めて、三森に着いていく。
 足取りは重たくて、気がつけばビルを出て人通りの少ない細い道に来ていた。


 三森に押され、壁に背中がトンとつく。
 じっと睨むように三森を見ていると、目の前に顔が迫った。


「なあ、何でお前はオメガなんかになったんだよ。」
「……」


 息がかかるほどの至近距離。
 顔を逸らせば、頬を挟むようにして顔を掴まれ、視線を無理矢理合わされる。


「いつだって成績優秀の、誰からも頼りにされる堂山が……。可哀想にな」


 ぐっと拳を握る。
 そんなこと他人に言われなくたって、オメガになって最初に自分自身に思ったことだ。


「もう、やめてくれないか。こういうこと。」
「はあ?可哀想なお前を慰めてやってんだろ」
「必要ない。仮にそう思っていても『可哀想』なんて言わずに、励ましてくれる人が居るから。」
「ははっ、お前の番のことか?どうせ体が目当てなんだろ。発情したオメガは最高らしいな。それでなくてもイイって聞くぞ。」


 違う。
 彼は俺自身を見て好きでいてくれている。
 そう言えるだけの自信がある。



「あーあ、話すだけにしようと思ったけど……。一々腹が立つこと言うよな、お前。」
「っう……」
「知ってるか?オメガは何も出来ない癖に貴重だから、一晩でも高く売れるんだ。」


 突然、襲ってきた圧迫感。
 首を絞められて、呼吸が出来なくなる。
 三森の腕を掴み、離させようとひっかいても、酸素が回らなくて上手く力が入らず、虚しくも無意味に終わる。
 俺が意識を飛ばしている間に、何をする気だ。


「っ、は、ぐ……っ」


 生理的に溢れる涙で視界がぼやける。
 意識を保っていられなくて、目の前が真っ暗になった。

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